3 恋バナとお手伝い

「で、次は何をすればいいの?」


 翌朝、林さんと廊下で顔を合わせたとき、思わず自分から尋ねてしまった。

 こんな面倒なこと、とっとと終わりにしたいと思ったからだ。

 さすがに昨日は中村君に「一緒に帰ろう」とはいわれなかったけど、もし本気で誘われたりしたら厄介だし。

 やや驚いた顔したあと、彼女は真剣に考え出す。


「うーん、とりあえず今は様子見かな。種いて水やったら、芽が出てきたってとこだから」

「何それ?」

「別に。どんな花咲くのか楽しみだわ」


 何がいいたいのかさっぱりわからないけど、わたしたちはそのまま廊下で話を続けた。


「そういや、こないだ好きな人いるか聞いたとき、今はいない的な言い方してたから、前はいたってことだよね。どんな人?」

「えっ? あー、中学のとき同じクラスだった、づみ君って人なんだけど」


 同じ中学から来た人はいないし、名前出してもわからないよね。

 穂積東吾あずま君のこと、誰かに話すの初めてだ。


「なんていうか、クラスの人気者で、少女マンガのヒーローみたいな人だったよ。面白くて優しくて、カッコよくて可愛いの」

「可愛い?」

「背が低くて――まあ、わたしよりは一応高いけど、顔も可愛い系なんだ」

「へぇ。そういうのがタイプなんだ。中村と全然違うじゃない。人気者どころか存在感ゼロだし、目付き悪くて少しも可愛くない」


 なんでここに、中村君が出てくるの?


「それで、その人とはどうなったの?」


 興味津々といった顔で、彼女はなおも聞いてくる。


「どうもこうも、ただの片想いだもん。卒業と同時にあきらめたよ」


 本当は第二ボタン欲しかったけど、もらいに行く勇気がなかった。

 まあ、行ったところで、この恋が実ることはなかっただろうけど。


「そっか。それなら、これから新しい恋をすればいいよ。高校生になったんだし、好きだっていってくれる人とかいたら、試しに付き合ってみたりさ」


 その言葉に中村君を思い出してしまい、わたしは慌てて話題を変える。


「そういえば、林さんは、中村君のどこが好きなの?」

「へっ? どこって、やる気なさそーに見えて、意外と行動力あるとこかなぁ。あと、気持ちが真っ直ぐなとことか、それに結構面白いとこもあるのよ」

「あー、確かに」


 って、共感してどうする。

 それにしても、林さん、彼のことよく見てるんだなぁ。

 そんな風に関心していたら――


「あっ、りょー」


 何かいうが早いか、林さんは教室に消えてしまい、わたしは一人、廊下に取り残されてしまった。

 何なの、一体?

 戸惑っていたら、横から声をかけられた。


「おはよう、坂東」


 顔を見なくてもすぐわかる美声。

 中村君だ。


「何? ひょっとして、オレを待ってたとか?」

「それはないです」


 きっぱり否定したら、彼は「ひでー」といって笑う。

 わたしもつられて笑いそうになり、ふと、教室の方へ目をやると、ドアの陰に林さんがいた。

 じっとわたしを、ではなく、中村君を見つめてる。

 どこか嬉しそうに微笑みながら。

 わたしの視線に気付くと、笑みを隠すようにして引っ込んでしまったけど、今のでよーくわかった。

 林さん、彼のこと、本当に好きなんだ。

 ズキンと、胸が小さく痛んだのは、きっと後ろめたさのせい。

 わたしに協力を頼んできたとはいえ、わたしたちが親しげに話してるのを見るのは、内心面白くないだろう。


 急いで会話を切り上げ、自分の席に着く。

 友達なんていっちゃったけど、やっぱり中村君とは、あまり関わらないようにしなくちゃ。

 他の子とお喋りしてる林さんを見つめ、わたしは決意を固めた。


 そして、その日の放課後。

 今日こそ早く帰ろうと思っていたら、掃除も終わった教室で、一人机に向かう林さんの姿を見つけてしまった。


「あれ? 林さん、部活は?」


 確か、女バス――女子バスケットボール部で、放課後はいつも部活なはずなのに。

 声をかけると、彼女は机の上のプリントを示す。


「あるけど、これ集計して持ってかないと。あたし、日直だから」


 よく見ると、SHRショートホームルームのときやらされたアンケートだ。


「手伝おうか?」

「いいの? まだ半分以上あるから、すごく助かるけど」

「どうせ暇だし。なんなら林さんは、部活行ってもいいよ。あとやって、出しといてあげる」

「さすがにそれは悪いよ」

「大丈夫。任せて」


 そんな風にいってしまったのは、きっと中村君のせい。

 別にやましいことは何もないとはいえ、彼女の恋の邪魔をしてしまってるという負い目があるからかもしれない。


「じゃあ、明日は燈が日直だから、朝の仕事、代わりにやっとくよ。燈はいつもどおり、ゆっくり登校してきて。それじゃあ、ゴメンね、ありがとう」


 部活へ行く林さんを見送ってから、わたしは作業を開始した。

 やるといったからには、きちんとやらないと。

 プリントとにらめっこしていると、教室のドアが開いた。

 林さんが戻ってきたのかと思ったら、違う。

 中村君だ。


「何やってんだ? アンケートの集計?」


 いいながら彼は、林さんま えの席に、横向きに座る。


「手伝うよ。二人でやった方が早い」

「でも――」

「いいって。友達だろ、遠慮しない」


 わたしが断るより先にプリントを手に取ると、彼は回答を読み上げ始めた。

 自分で読みながら集計するより、作業は格段に早くなる。


「よし、これでおしまい。あとは出しに行くんだろ。持ってこうか?」


 今のでも充分過ぎるくらいなのに、中村君はさらにそういってくれる。

 無償の善意ではないのかもしれないけど、優しさが胸に痛い。


「ありがとう。大丈夫。だから……もうこんな風に、優しくしないで」

「何だよ。友達が困ってたら普通だろ」

「ダメだよ。林さんがいるのにっ」

「は? 林?」


 中村君はきょとんとした顔になった。


「林さんに悪いもの。元々、中村君に話かけたのだって、林さんに頼まれたからなのに」

「何だよ、それ」

「それはその、罰ゲームで……」


 さすがに人の気持ちを、勝手に打ち明けるわけにはいかない。


「最初は嫌々だったけど、中村君、優しいし面白いから、これ以上一緒にいたらわたしっ――」


 って、今、何をいおうとしたの?


「とにかく、ダメなの。林さんと約束したから。ゴメンなさい」

「坂東」


 うつむいたわたしの手首に、中村君がそっと触れた。

 そして、そのまま強く引っ張ってくる。


「悪いけど、一緒に来てくれ」

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