2 チョコクッキーと友達宣言

「おはよう、燈」


 登校するなり昇降口で声をかけられ、わたしは心臓が飛び出そうになった。

 振り向くと、林さんが満面をほころばせ、待ち構えている。


「聞いてくれた?」


 主語もなくいわれた言葉に、黙って頷く。

 内心の動揺を気取られぬよう、細心の注意を払わねば。

 

「そう、よかった。それで、どうだった?」


 折悪しく、周囲に人がいなかったので、彼女はいきなり核心に触れた。


「いるっていってたよ。残念だけど」


 平静を装い、そう答えると、彼女はさらに問いを重ねる。


「誰だか聞いた?」


 キターッ!

 一番恐れてた質問。


「きっ、聞いたけど、誰にもいわないって約束しちゃったから、教えられない。ゴメンね」


 夕べからずっと考えてた答え、不自然にならないよう、いえただろうか。


 昨日、中村君に告白された。

 でも、そのあとのことは、よく覚えていない。

 頭が真っ白になって、とにかく「ごめん」とだけ謝って、そこから逃げるように立ち去った、ような気がする。

 それを彼がどう思ったかは知らないけど、そのときのわたしにはそれが精一杯だったのだ。


 林さんは「ふーん」といいながら、じっとわたしを見つめていたけど、やがて「そっか」と納得したように頷いた。

 誤魔化せたのかな。

 だとしたら、よかったけど。


「じゃあ、頑張ったメイドさんにご褒美あげるから手ぇ出して。ほら」


 いわれた通りにすると、林さんは持っていた手提げから出した何かを、わたしの手に載せた。

 見ると、可愛くラッピングされた小さなビニール袋の中に、茶色い一口サイズのクッキーがたくさん入っている。


「あたしの手作りチョコクッキーよ。評判は悪くないから安心して」


 いいながら彼女は、同じものをもうひとつ取り出した。


「で、こっちは、中村の分。渡してきてくれない?」

「えっ!?」


 何か今、恐ろしい一言を聞いた気が――。


「罰ゲームは、昨日で終わったんじゃ……」

「だって、上手くいくよう協力してっていったのに、まだ全然上手くいってないじゃない。なんなら、同じルールでもう一勝負してもいいけど」

「……いいよ、やらなくて」


 どうせ、またわたしが負けるに決まってるもの。


「じゃあ、これ、お願い。あ、あと、あたしからとか絶対いわないでね」

「えっ? せっかくの手作りなのに?」

「いいのいいの。あとで種明かしすればいいんだから」


 そういうものだろうか。

 ああ、でも、どうしよう。

 昨日の今日で、どの面下げて会えっていうの?

 まあ、同じクラスだから、嫌でも顔合わすことにはなるだろうけど。


「じゃあ、よろしく」


 そういうと林さんは、楽しそうに去っていった。

 押し付けられたクッキーの袋が、なまりのように重い。

 渡すなら、やっぱ放課後だよね。

 それまではなるべく顔を合わさないようにして――そう思っていたのに、何気なく振り向いたら、登校してきた中村君とばったり出くわしてしまった。

 向こうも、あっという顔付きで、わたしを見ている。

 どうしよう、すごく気まずい。


「あの、き――」

「昨日はごめんなさい。これ、おびにどうぞっ」


 何かいおうとした彼をさえぎり、クッキーの袋を一つ手渡すと、わたしは一目散に教室へ向かった。

 これで一応渡したことにはなったけど、本当にこんなんでいいのかな。

 でも、使命は無事果たしたんだし、今日はもう中村君とは極力関わらないようにしよう。


 今度こそ、そう強く思ったのに――その日の放課後、わたしは昨日と同じ非常階段で、中村君と向かい合っていた。

 急いで帰ろうとしたのに、話があると呼び止められてしまったのだ。


「クッキー、サンキュー。美味かった。オレ、チョコクッキー大好きなんだ」

「へー、そうなんだ。よかった」


 林さんは、彼がそれ好きなこと知ってて作ったのかな。

 だとしたら、本当に彼のこと好きなんだ。


「あれって、ひょっとして、坂東の手作り?」

「違うよっ。手作りだけど、わたしのじゃなくて、いただき物のお裾分け」


 今の、不自然じゃなかったよね。


「話って、それだけ? なら、そろそろ――」

「いや。聞きたいのは、昨日のことなんだけど」


 ですよねぇ。


「オレ、坂東に告白したわけだけど、その返事がごめんってことは、なんつうか、無理ってこと?」

「えっと、彼女として付き合うつもりは一切ないって意味です」


 その点だけは、はっきりしとかないと。


「そっか……。じゃあ、なんでオレに好きなヤツいるか聞いたんだ?」

「それは、その……友達になりたいと思って」


 これが、今日の授業中、ずっと考えてた言い訳。

 今後も林さんがらみで彼と関わらなきゃいけないなら、関係を断ち切るわけにはいかない。

 ちょっと苦しいかもしれないけど、林さんの名前を出さずに事を丸く納めるには、これしかないと思ったのだ。

 ああ、それにしても、今日は嘘ばっかいてる気がするわ。


「友達っ? オレとっ? それ好きなヤツ関係あるか?」

「中村君と親しくして、その子に誤解されたら申し訳ないから」

「……つまり、オレの彼女になる気はないけど、友達にはなりたいと?」

「うん、そう」


 納得してくれただろうか。

 しばらく黙していた彼が、再び口を開いた。


「友達ってことは、こうしてしゃべったりは出来るんだよな?」

「え? うん」

「本やCDの貸し借りしたり、一緒に帰ったり、休日どっか遊びに行ったりとかもするよな、友達なら」

「えっ?」

「するだろう、友達と」

「する、けど……」

「じゃあ、いいよ。ひとず友達でも。手ぇ繋いで一緒帰って、途中マックとか寄ってさ、ポテトをあーんって食わせてもらったり、シェイク一口頂戴ちょうだいつって間接キスは出来るわけだし」

「はぁっ?」


 何いってんの、この人。


「しない? 友達と」

「してるの? 友達と」

「……してないし、想像したらめっさキモいかも」


 思わず、プッと吹き出してしまう。


「面白いねぇ、中村君って」


 声を立てて笑ったら、彼はなぜか溜め息を吐いた。


「よかった、笑ってくれて」

「えっ?」

「朝からずっと、思い詰めた顔してたからさ」

「じゃあ、さっきのは冗談?」

「いや、おもっきし本気だけど」


 なんだかよくわからない人だ。


「まあ、坂東が友達になりたいっていってくれるなら、オレに異存はないので、とりあえずよろしく」


 かくして、わたしは中村君と友達になった――って、本当にこれでよかったのだろうか。

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