アオハル*トライアングル

一視信乃

1 罰ゲームと愛の告白

「――ったぁ、上がりぃっ!」

あかりちゃん、よっわーい」

「あー、うん。そーなんだ。わたし、トランプもジャンケンも弱くって」


 エヘヘと、作り笑いを浮かべるわたしを、みんなは本気で笑ってる。

 中でも一番楽しそうなのは、はやしさんだ。


「ってことは、燈があたしのメイドさんってことか」


 大富豪――別名・大貧民ともいうトランプゲームが、なぜか今、クラスで流行は やってて、わたしたちも教室でお昼を食べたあと、いつものように一勝負始めたんだけど、今日は「大貧民の人が大富豪の人のメイドとして言うことを一つ聞く」という罰ゲームが追加され、その結果、大貧民がわたし・坂東ばんどう 燈で、大富豪が林 はるさんということになってしまった。

 でも、これでよかったのかもしれない。

 林さんたちに何か命令しろって方が、よっぽど苛酷な罰ゲームだもの。


 高校生になっておよそひと月。

 同中おなちゅうの子が一人もいない教室で、最初に声かけてくれたのが、前の席の林さんで、それからなんとなく彼女を中心に出来たグループに所属してるけど、本当はタイプ的に真逆というか、みんなのノリにイマイチついてけないんだよね。

 でも、今さら他のグループにも入りづらいし、ボッチになるのもイヤだから、結局こうして一緒に遊んでるワケだけど。


「じゃあ、さっそく命令するわね」


 腰に手を当て、林さんはいった。


「あたし今、好きな人いるんだけど、彼と上手くいくよう協力して」

「えっ?」

「えーっ、誰? うちのクラス?」

「教えてよ、あーしも手伝うから」


 わたしの上げた声は、他の子の声にかき消されてしまう。

 いつものことだ。


「ヒミツ。上手くいったら、教えてあげる。あ、燈はこっち来て」


 そうして、わたしは半ば強制的に、廊下へと連れ出された。

 それにしても――キレイにセットされた短めの髪に、意思の強そうな整った顔立ちで、同じ白いシャツに濃紺のスカートでも、わたしとはまるで印象が違う、すらりと背が高くて、スポーツも勉強も得意な、カッコいい女の子である――林さんが好きになる男子って、一体どんな人かすごく気になる。

 近くに人がいないのを確かめ、林さんは小声でいった。


「わたしが好きなのは、なかむらりょうすけよ」


 なんか、どこかで聞いたことあるような名前だ。


「何組の人?」

「同じクラスなんだけど」

「ごめんっ。男子の名前、よく覚えてなくて」


 急いで謝ると、彼女は怒るどころか声を立てて笑い出す。


「いいよ、別に。ありふれた名前だし、これから覚えてやってくれれば。でさ、とりあえず、好きな人いるか聞いてきてくれない、中村に」

「えっ? わたしが?」

「言うこと聞く約束でしょ。いつでもいいけど、なるべく早くお願い」


 いうだけいって、さっさと戻ろうとした林さんが、急に真顔で振り返った。


「そういえば、燈は好きな人いる?」


 なんで今、そんなこと聞くんだろう。

 そう思いながら、正直に答える。


「いないよ」

「本当に?」

「うん。今は特に」

「そっか、よかった。じゃあ、よろしくね」


 何がよかったなのか、さっぱりわからないけど、今度こそ彼女は教室へ戻っていった。

 わたしもその後を追い、ついでに座席表で中村君の席を確認する。

 あれっ? これって、わたしの斜め前、林さんの隣の席じゃない。

 こんな近くにいた人だなんて、びっくりだ。

 掃除の班も一緒だし、確かにそんな名前だったかも。

 それで、どんな顔してたっけ?

 思い出そうとしたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 散り散りになっていた生徒たちが、一斉に戻ってくる。

 わたしも自分の席に着くと、斜め前に注目した。

 するとさっそく、そこに座ろうとする男子が――。


「……っ!」


 思いっ切り目が合ってしまい、わたしは慌てて下を向いた。

 変に思われなかったかな。

 顔を上げ様子をうかがうと、彼はすでに前を向いて座っている。

 よかった。

 それにしても予想と違い、全然普通の人だったな。

 髪形もありふれた感じだし、体格も平均的。

 わたしもヒトのこといえないけど、あれじゃあモブだよ、村人Aだよ。

 林さんみたいなイケてる女子とは、ぶっちゃけ釣り合わない気がする。

 わざわざ協力しなくたって、林さんが告れば即OKするんじゃないの?


 授業中、密かに彼を観察してみたけど、後ろからということもあってか、さっぱり魅力はわからなかった。

 でも、あれくらい普通じゃないと話しかけづらいから、ちょうどいいか。

 掃除も終った放課後。

 廊下で偶々たまたま中村君の姿を見かけたわたしは、さっそく聞いてみることにした。

 どうせやらなきゃいけないなら、とっとと済ませてしまおう。


「中村君。話があるんだけど、ちょっといいかな?」


 呼び止めたら、ものすごく驚いた顔されてしまった。

 まあ、無理もないよね。

 今まで口利いたことないし。


「何、話って?」


 あ、声はなかなかカッコいいかも。

 高校生にしては重厚な感じの低音で、耳に残る響きは明るい。


「ここじゃアレなんで、どっか人気のない場所で」


 そういうと、彼はちょっと考えてから、廊下の突き当たりにある非常口のドアを開けた。

 そのまま非常階段に出ると、ここは二階だから、緑のネットに囲まれた校庭と、その向こうにあるごみごみとした近隣の家並み、そして遥か彼方に連なる山の稜線までしっかり見える。

 でも、確かに人気はなくて、校庭では部活動が始まろうとしているけど、この距離ではわたしたちの顔を判別するのも難しいだろう。

 今日は天気がとてもよく、5月とは思えぬ暑さになったが、ここは日陰だし、そよ吹く風が心地いい。


「で、話って?」


 もう一度聞かれ、覚悟を決めた。

 所詮他人事だから、気持ちも軽い。


「中村君、好きな人いる?」


 ズバリ尋ねると、彼はまた驚いた顔をした。

 そして、しばらく躊躇ためらうような素振りを見せてから、小さくうなずく。


「……いる」

「そっか。残念」


 あ、でも、それが林さんだって可能性もあるよね。

 隣の席だし。

 好きな人誰って聞いたら、教えてくれるかな?

 迷っていたら、先に彼が口を開いた。

 少し早口で、さらりと答えをくれる。


「オレが好きなのは、坂東だ」


 そうか、坂東さんかって、えっ!?


「今、なんて?」


 聞き返すと、真剣な眼差しでわたしを見下ろし、中村君はいった。

 あの、素敵な声で、きっぱりと。


「オレは坂東が――キミが好きだ」

 

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