-5- 私にしかできない料理

「へぇ〜そんなことがあったのですか」


 私は今までのあらましを最上さんに説明していた。


 ガラガラッ


「いらしゃ、あ、お待ちしてました♪」


 暖簾から、話しをしていた田崎さんの顔が見えた。


「お久しぶりです、大将に富美子さん。今年もお邪魔させていただきます」


 トレードマークの二つ折りの帽子を取ると、初めて来た時と同じ席に座る。


「よぉ、久しぶり。どう田舎暮らしの方は?元気にやってる?」


「辰さんお久しぶりです。毎年これを楽しみにしてますから、意地でも元気でいますよ」


 辰さんが最上さんのことを紹介し、まるで昔からの旧友だったかのように三人は談笑しだす。


「はい、おまたせしました〜。お姉さんのひじきの煮物です」


 そう言うと私は、油揚げと人参の入ったひじきの煮物の小鉢を田崎さんの前へ置いた。


「それじゃ、早速いただきます」


 割り箸を割り、田崎さんはひとつまみ箸でつまむと、口の中へと入れた。


 目を瞑り、楽しむように、懐かしむように味わい。ゆっくり目を開く。


「あぁ〜姉ちゃんの味だ」


 田崎さんの目には薄っすらと涙を浮かべ、ハンカチを取り出し、それをそっと拭いていく。


「よかったらどうぞ」


 そういって私は二人にも同じものを出す。


「いただきます」といって、最上さんが一口口に入れる。


「大将のとは違って、このちょっと大人な味はなんだろ?」


 私はニッコリ微笑んでその正体を教える。


「その味の正体は『生姜』です」


 田崎さんのお姉さんの味の決め手、それは、生姜のみじん切りを入れることだった。


「あの日、階段から勢い良く駆け下りてきて、目を腫らしたとみが「お願いだから作らせてくれ」って言ったのは、今でも覚えているよ。あれからかな、とみの作る味が母親が作るみたいに優しい味になったのは」


 あの頃の私は、大将の味に少しでも近づくため、それこそロボットのように忠実に味の再現に没頭し続けていた。大将曰く、それがトゲトゲしい味だったのだという。


 ――― あなたにしかできない方法で、人を幸せにする料理を作ってあげてほしい ―――


 あの時、田崎さんのお姉さんに言われた言葉は今でも忘れない。


 私は、イタコとしても半人前で、料理人としても半人前。そんな私でも、誰かの為に笑顔になる料理を作ってあげられる。


 ドラマの女将さんに憧れ、大将の味に追いつこうとして、周りが見えなくなっていた私を、田崎さんのお姉さんは抱きしめて教えてくれた。お姉さんの命日のあの日、彼女に会えたことを今でも感謝している。


ガラガラッ!


「あいたかなぁ〜〜〜?」


 そう言って、純一さんがお店に入ってきた。


「もちろん、確保してありますよ♪」


 そういうと、私は席へと案内する。


「あ、やっぱり田崎さんだった。とみちゃん腕あげたんですよ。もう食べました?」


「私もいま来たばかりで、まだなんですよ。よかったら一緒にどうですか?」


「なんだなんだ?おまえら抜け駆けか?ゆるさねぇぞ」


「そうですね。大将には悪いですが、たまには、全部富美子さんの料理ってのもいいですね」


 思いもよらない展開にチラッと大将の方を見ると、「好きにしな」という笑みを浮かべ、他のお客さんの相手をしている。


「そ、それじゃ、お手柔らかにお願いします」


 そう言って、エプロンの帯をギュッと締め直すと、私を支えてくれる大切な常連さん達の為に、半人前の腕を振るうのでありました。

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とみちゃんと天国のレシピ 〜お姉ちゃんのひじきの煮物〜 黒猫チョビ @K-Yuna

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