-4- 故人の願い

気づいたら、私は一人ぽつんと立ちすくんでいた。


周りを見渡すと、地平線の先まで続く草原と透き通った青空。虹色に光る蝶や、琴を奏でるかのように鳴く虫が、草原から飛び交っていた。


「ここって、もしかして」


「そうです。三途川です」


声のするほうに振り返ると、一人の女性が立っていた。そして、その女性のことを私は知っている。


「田崎さんのお姉さん…ですか?」


「はい。突然お呼び立てしてすいません。弟があなたのいるお店に行った時、あなたから特別な力を感じ、力になってくれるのではないかと思ったものですから」


以前おばあちゃんにも「とみこの霊力は温かいね」と言われたことがある。自分では実感がないのだが、おそらくそのことだろう。


お姉さんは続けて語る。


「実は、弟の為に作ってやってほしいんです」


作ってやってほしい?


「それって、お姉さんのひじきの煮物の事ですか?」


「はい」と、笑顔でお姉さんは答えた。


「私の味を追い求め、私と言う呪縛に縛られている弟を助けてやってほしいのです」


「でも、私の料理の腕はまだまだ半人前だから…」


まかないでは大将にいつも険しい顔をされるし、まして、お客さんに出せるようなちゃんとした料理を作れる自信など微塵もない。


「大丈夫。私はそこら辺にいるただの素人よ。あなたの素敵なお師匠さんが作るような料理をつくってほしいんじゃないの」


そう言うと、お姉さんは私の事をギュッと抱きしめてから、ニッコリ微笑む。


「あなたには、弟みたいな人達を笑顔にしてあげることができる力がある。料理の腕はまだまだかもしれないけど、あなたにしかできない方法で、沢山の人を幸せにする料理を作ってあげてほしいの」


――― 私にしかできない方法で、人を幸せにする料理を作る ―――


その言葉が頭のなかで、グルグルと渦巻いていく。


「よく聞いてね、私の味の秘密は…」


お姉さんはひじきの煮物のレシピを親切丁寧に教えてくれた。それが終わると「ばいばーい」といって、あるべき世界へと帰っていったのであった


そこで目が覚めた。何かとても大事なモノをもらったような気分がする。


枕元に置いておいたペンダントロケットを開けてみると、写真のお姉さんが、ニッコリ微笑んで頷いたように見えた。


私は急いで身支度を済ませると、お店の厨房へと降りて行った。

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