スタートの切符
頭に急な痛みが走り、私は我に返る。そして状況を整理する。
目の前は真っ暗、顔、胸、お腹、足の前側にはカーペットのような感触、後頭部、背中、腰、足の後ろ側は、何か軽いものが乗っているような感触。床から響くように聞こえてくる、包丁がまな板に打ち付けられている音。いつもの安心する匂い。きっと今、うつ伏せ状態になっている。
私は仰向けになるべく体を横にひねる。そして上を向いた私は気付く。
「・・・・・・私の部屋?」
いつも見ている白色の天井、いつも私の部屋を明るくしてくれている電気。
「・・・・・・暑い」
いつもよりも暑いと感じた私は体を起こし、確認する。
体にはこの時期に寝るときいつも使っている、水色を主とし、ピンク色の水玉模様の入っている毛布が体を包んでいた。
私は毛布を取りながら思い出す。
「たしか、合格発表があるから学校に行って、それでいろんなことがあって、それで不合格で、それでそこで倒れちゃって、それで――――」
「めぐみ~いつまで寝てるの~? そろそろ起きないと――――ん、起きてたのね。起きてるなら早く準備しちゃいなさ~い。今日、合格発表でしょ~?」
急に部屋に入ってきて、すぐに部屋から去っていった母の言葉で私は顔が熱くなるのを感じた。
「も、もしかして今のって、ゆ、夢だった・・・・・・?」
どうしよう、すごい恥ずかしい・・・・・・。別に人に見られたというわけじゃない。というか、人には絶対に見られない。だって夢だもん。
でもでもでもでも・・・・・・! あんな紅葉さんと仲良くなってないし、紅葉さんと一緒に合格発表を確認するなんて約束してないし、神崎さんをあんな悪い人扱いしちゃったり、か、神崎さんに抱きつかれたり・・・・・・、私って、私って・・・・・・。
いや、でも! 夢の中でもお母さんの性格は結構似てたし、私に友達がいないってところはそのままだったよ!? ・・・・・・夢の中でも友達がいないんだね、私。
恥ずかしさと悲しさが交わった私は、さっき取った毛布に再度くるまる。
「私、なんて夢見てるんだろう・・・・・・。今、何時?」
スマホを確認するため、手だけ毛布からだし枕の横あたりを探る。
「あった」
いつも使っている手帳型のカバーが着いた、私の手のひらよりも少し大きいくらいのスマホ。
スマホの電源ボタンを押し、好きなアニメのキャラクターがピースをしているホーム画面になる。
「・・・・・・6時半か」
合格発表までの8時半までにはまだ余裕があった。
「お腹空いたなぁ」
空腹を感じた私は一階に降りるため、部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「あっ」
セーラー服がクローゼットの横にあるハンガーラックかかっていることに気がついた私は、磁石のようにハンガーラックに吸い寄せられる。
セーラー服とスカートをハンガーから取り、今着ている服を脱いで下着姿になる。
「短パン、どこに置いたっけ?」
クローゼットの横のハンガーラックのさらに横にあるタンスの上から2段目を開く。私の身長的に目の高さにそれがあり、私は背伸びをしながら一生懸命手を動かし、短パンらしき感触のものを探す。
――――バンッ!
「めぐみちゃんおはよう!」
急にドアを勢いよく開く音と、大きく美しい声が私の部屋に響いた。
私はそれにびっくりし、体が無意識に跳ね上がったと同時にドアの方を向く。そこには見覚えのある黒髪ロングの美少女が立っていた。
「わ、わわわわぁぁぁ・・・・・・、ご、ごめんねめぐみちゃん! お着替え中だとは知らずに!」
彼女はすぐに部屋から出ていき、扉を閉める。
「い、いえ、大丈夫です、紅葉さん・・・・・・」
彼女の名は三日月紅葉さん。私が今日合否の結果を見に行く高校の学園長さんの娘で、顔立ち、声、何もかもが美しく完全無欠の美人さんだ。そして、実は妹想いの面倒見がとっても良い人。でも、勉強ができなく、おっちょこちょいでもあり、表面上での人付き合いは得意だけど、そうでない人付き合いは苦手で、すこしずれている可愛い子でもある。
「やっぱり、めぐみちゃんの胸は大きかったなぁ。なんで私のはこんなにちっちゃいんだろう・・・・・・」
小声で、独り言のつもりで言ったのだろうけど、私にははっきり聞こえてしまった。
そう、彼女は自分の胸が小さく、それがコンプレックスである、年頃の女の子の悩みを持った子でもある。
それ故に、まあまあ大きい私の胸を羨ましがり、胸を揉んできた変な子でもある。
そんな沢山の印象がある紅葉さんの独り言に反応するのは気まずいため聞こえなかったふりをして、まず私が一番最初に思った素朴な疑問をぶつけてみる。
「あ、あの紅葉さん、どうして私の家にいるんですか?」
ここは私の家、雪柳家だ。なのに、紅葉さんがいるのはおかしい。私の質問は間違っていないはずだ。
「あ、えっと、なんか碧癒お姉さんから電話が来て、神崎がめぐみちゃんの家に行くって言ってそれで車に乗ってきたの」
私の着替えを覗いてしまったことのに罪悪感を感じて動揺しているのか、紅葉さんの説明は全く分からなかった。
「えっと、どういうことですか・・・・・・?」
私は一度だけでは理解ができなかったので、聞き返す。
「お嬢様、なんですかその説明。紅亜お嬢様の方がもっとうまい説明できるのではないですか?」
「な、なによ! 今ので通じるでしょ!」
「いえ、通じません。雪柳様も聞き返してたじゃないですか」
私と紅葉さんの会話を遮るように入ってきたのは、三日月家の使用人さんである神崎さん。下の名前はまだ分からない。
神崎さんはいつも紅葉さんを小馬鹿にしてからかっている人。
「雪柳様」
「は、はい?」
「今、下着姿なら入っていいですか? そして撮影して良いですか?」
「だ、だめに決まってるじゃないですか!!」
「冗談ですよ」
そして私のこともからかってくる変な人。でも私は知っている。本当は可愛いものや可愛い子が大好きで、可愛い紅葉さんや紅亜ちゃんの専属の使用人さんになりかけていて、紅葉さんや紅亜ちゃんのためなら何でもし、自分までもを犠牲にすることがある、こころ優しい、良い人であることを。だから、憎めない人でもある。
「おじゃまします」
「え、え? な、なんで入ってくるんですか? さっき冗談って・・・・・・」
「はい、撮影するってのは冗談で、入るってのは本気でした」
「だめって言ったじゃないですか!!」
「わー、この猫の置物かわいいですねー」
「話を逸らさないでください!」
前言撤回です。憎めない人なんかじゃありませんでした。
「じゃ、じゃあ私もおじゃましまーす・・・・・・」
「も、紅葉さんまで!」
「じゃあ、私もおじゃましま~す♪」
「なんでお母さんもくるの!?」
神崎さんに続いて、紅葉さん、そしてなぜかお母さんも入ってきた。
そして私が気に入っている猫の置物の周りに集まっていく。神崎さんと紅葉さんがこっちをちらちら見ている気がしたため、私はしゃがみ込んでセーラー服とスカートで体を覆うように隠す。
「照れてる雪柳様、最高に可愛いです・・・・・・!」
そういって神崎さんが写真を撮ろうと、スマホを取り出そうとする素振りを見せる。
「か、神崎だけずるい! わ、私も!」
「じゃあ私も~♪」
続いてさっきの順番で紅葉さんもお母さんもスマホを取り出そうとする。
「お母さんはおかしいでしょ!」
スマホをこっちに向けた変態さん3人に囲まれる。すると、お母さんのスマホが一瞬ひかり、シャッター音が聞こえた。
神崎さんはお母さんの方を驚いたように見ている。神崎さんは撮るつもりはなく本当に冗談で、私をからかっていただけなのだろう。
しかし、紅葉さんはお母さんの行動を見て、撮っていいんだ、と思ったのだろう。その小さくすべすべしてそうで白い手の中にある、ピンク色のカバーで覆われたスマホからシャッターを切る音がした。
そんな3人を見た私は、恥ずかしさや恐怖より、怒りという感情が大きくなり、
「もう神崎さんも、紅葉さんも、お母さんも大っ嫌い!!」
そう、叫んで部屋から出ていった。
「あ、あのめぐみちゃん、そ、そんなに怒らないで・・・・・・?」
「・・・・・・」
「そ、そうです雪柳様、私は、その、じょ、冗談のつもりだったのですが・・・・・・」
「・・・・・・」
紅葉さんと神崎さんは悪いと思ったのだろう、一階のリビングで着替え終えて、朝ご飯を食べている私の横から、おろおろしながら謝ってくる。
でも、許すことはできない。元はといえば、神崎さんが部屋に入ってきたからこうなったんだし、紅葉ちゃんは・・・・・・あれ? お母さんにつられて写真を撮っただけだ。最初、私の着替え中に入ってきたときは謝ってくれたし、紅葉ちゃんはあまり悪くないかな。
紅葉ちゃんは許したいけど、ここでそうすると神崎さんだけかわいそうになっちゃうし。本当は神崎さんもこんなことになるなんて思ってなかっただろうし。
「めぐみ、許してあげたいなら、許してあげればいいじゃない」
「・・・・・・?」
「そんなとぼけたような顔して。許してあげたいって顔に出てたわよ」
「そ、そんなこと思ってないし・・・・・・」
「まったく素直じゃないわね~、めぐみがこんな風に怒るなんて珍しいじゃない~」
お母さんはご飯を食べる手を取め、私の頬を指でつんつん突っついてくる。
私はそんなお母さんの手を払いのけ、
「だいたいお母さんが悪いじゃん! 私の部屋にしれっと入ってくるし、写真勝手に撮るし!」
「部屋に入ったのは、なんだかおもしろそうだったから仕方な~い。あと、めぐみの合格発表の日の記念として写真を残しておきたいじゃない?」
「仕方なくないし、記念の写真をなんで家で撮るの!? しかも下着姿だったし・・・・・・」
「なに言ってるの! 可愛い可愛い娘の写真なんて、いつでもどんなときでもどんな姿でも撮って記念に残しておきたいに決まってるじゃない!!」
「え・・・・・・?」
なぜかお母さんが逆ギレしだし、私は戸惑った。
「ねえ、神崎ちゃん! 神崎ちゃんも紅葉ちゃんの姿だったらどんなときでも写真に収めたいわよね?!」
「え、あ、はい! お嬢様だったら寝顔だろうと、お風呂に入っていようとどんな写真でも撮りたいです! ていうか、もう何枚か撮ってます!」
急に話を振られた神崎さんも戸惑いながらも、勢いで紅葉さんの写真事情について語り出す。
「だよね!? さっすが神崎ちゃん、話が分かる!」
「いえいえ! 雪柳様のお母様も! 今まで悪魔とか思っててすみませんでした!」
「神崎、今聞き捨てならない発言があったけど気のせいよね!?」
そんな紅葉さんの叫びは聞こえていないようで、二人はずっと興奮気味に語っている。
この感じ、何となく分かる。中学校にもこんなような生徒がいた。好きなアイドル、好きな俳優、女優の話題になると、ずっと止まらずマシンガントークを続けていた子達が。
今の二人はその面影がある。だから、まだ諦めきれず、神崎さんの袖をぐいぐい引っ張りながら、話しかけようとする紅葉さんに、
「あ、あの紅葉さん、これ、食べます?」
机の上にある、私の朝ご飯の卵焼きを差し出す。もう、諦めなさいという意味を込めて。
「え・・・・・・、で、でもめぐみちゃん、私のこと許してくれるの?」
神崎さんのことより、私に許してもらえたかどうかの方が気になるようだ。
「え、あ、うん。紅葉さんは何も悪くないので・・・・・・」
「めぐみちゃん・・・・・・ありがとう!」
「い、いえ・・・・・・」
紅葉さんが急に最高に可愛い笑顔になって言ってきたので、なんだか私は恥ずかしくなった。この気持ちを悟られたくないので、私は卵焼きをつかみ紅葉さんの口元へ、せかすように持っていく。
「ど、どうぞです・・・・・・」
「え、でもそれって――――」
紅葉さんは私の差し出した卵焼きを避けるように後ろへ下がった。
「な、なんで避けるんですか?」
「いや、その――――んっ!」
口答えしようとした紅葉さんのその口に私は卵焼きを押し込み、口をふさぐ。これ以上こんなことしてたら私の気持ちが悟られてしまうのではないかとおもったから。
紅葉さんは私に卵焼きを口の中に入れられてから、なぜかそれをゆっくり味わい始めた。また可愛い笑顔になって。
そんなに美味しかったのかな? たしかに、お母さんの作った卵焼きは、ふわふわで程良い甘さでとっても美味しいけど。
「あ、あの紅葉さん。紅葉さんの箸も持ってくるので、もう少し食べたいならどうぞ」
「う、あ、え、いや、そうじゃなくてね? いや、美味しかったんだけどね、そうじゃなくてね?」
紅葉さんは異世界にとんでいってて、そこから帰ってきたかのように我に返り、急に慌て始める。
「・・・・・・? よく分からないですけど、箸、もう一善持ってきますね」
私は箸を取りに行くため、立ち上がる。そのときも紅葉さんは幸せそうな顔をしていた。
なにか幸せなことでも思い出したのかな? 私は卵焼きを自分の箸で、紅葉さんの口に押し込んだだけだし何もしてないはず・・・・・・。
まあいっか、紅葉さんが幸せそうで何よりだ。
こうして、お母さんと神崎さんの熱弁をラジオのように聞きながら、私と紅葉さんは、ふつうに、ご飯を食べるのであった――――。
ハッピー迷路! 華みるく @MILKy12
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