合格発表
「お母さん、早く~!」
「はいはい、分かってるわよめぐみ」
まだ朝食を食べているお母さんをせかしながら私は、セーラー服に着替える。
「そんなにいそがなくても、まだ2時間もあるじゃない」
「ちょっと早めに行って、紅葉ちゃんと結果を見るって約束したの!」
「あら~、紅葉ちゃんだなんて、いつからそんなに仲良くなったの~?」
「べ、別にいつでもいいじゃん!」
「それもそうね~」
「いいから早く~!」
「はいはい、合格発表が楽しみなのは分かったから、そんなにせかさないで」
そう、今日は三日月学園の合格発表の日なのだ。
私の滑り止め高校合格パーティーから6日、私は紅葉さんと連絡先を交換し、仲良くなった。だから、私の三日月学園の合否を一緒に見てくれることになったのです。
紅葉さんに、
「が、学園さんの
と聞いてみた。でも、
「合否を知ってるのはお父さんと、一部の先生だけなのよね」
と、紅葉さんは誰の合否も知らない様子だった。だから紅葉さんも私の合否は分からない。分かっていたらもっと態度が変わっているだろうし。
まあ、そういうわけで紅葉ちゃんと結果を見ないといけないから急いでいるのです。
「お母さん! 本当に急いでよ!!」
「はいは~い」
お母さんはお気に入りのイチゴジャムをぬったパンを美味しそうに食べている。
合格発表の時間までに三日月学園に着けるかな・・・・・・?
そんな不安を抱きながら、私は準備するのであった。
「着いた!」
「私のぱんが・・・・・・」
私は、全然椅子から立ち上がろうとしないお母さんの朝食のパンを無理矢理取り、自分の口に押し込んだ。
だから、そのときからお母さんの気分はダウンしている。
「お母さん、パン1つでそんなに落ち込まなくてもいいじゃん」
「だって、あのイチゴジャム好きだから・・・・・・」
「もう、子供じゃないんだから! 紅葉ちゃんでもこんなことしないよ? 多分・・・・・・」
「そんな若々しい女子高生さんと比べられても・・・・・・」
「ほら噂をすれば!」
私はその方向を指しながら言う。
「めぐみちゃ~ん!」
高い草が茂ったところからガサガサと音がし、その中から長く黒い髪を一つにまとめ、ポニーテール姿の紅葉ちゃんが出てきた。
私は感激を受けた。もちろんいつもと違う髪型も可愛くて素敵すぎだと思う。
でも・・・・・・でも! それ以上にセーラー服姿の紅葉ちゃんが、予想以上に可愛かったから。
そんな可愛い紅葉ちゃんに
「おはようございます」
と朝の挨拶をしにいこうと近づこうとした。
でも、
「紅葉ちゃん可愛い~!」
と、食べ物を前にした腹ぺこな犬のような勢いで、お母さんが紅葉ちゃんにハグをしに飛びついた。
「あ~、紅葉ちゃんかわいい~」
お母さんは紅葉ちゃんの頬に自分の頬をすりすりしながら愛で始める。さっきまでパン1つで拗ねていたとは思えないほど別人になって・・・・・・。
「あ、
「うん、おはよう♪」
すりすりすり
「あ、あの・・・・・・」
「どうしたの~?」
すりすりすり
「そろそろやめ――――」
「ん~? 何って~?」
すりすりすり
お母さんは紅葉ちゃんの声を遮って、まだ続ける。
「め、めぐみちゃん・・・・・・!」
紅葉ちゃんは弱々しい声を出しながら
助けて!
と水晶のように丸く綺麗で、潤んだ
でも、困っている紅葉ちゃんはとても可愛く、紅葉ちゃんには悪いけど、正直に言うと助けず、ずっとこの光景を見ていたいと思った。
でも、
「何をしてらっしゃるんですか、雪柳様のお母様?」
紅葉ちゃんがさっき出てきた茂みの中から、高いながらもいっしょうけんめい威圧をかけようとしている可愛らしい声が聞こえてきた。
そしてその声の主がその中から出てくる。
「そんなにもくっついていたらお嬢様の服に
声の主は三日月家、といっても紅葉ちゃんと紅亜ちゃんがメインの使用人である、神崎さんだった。神崎さんは、可愛い紅葉ちゃんをお母さんから離したいのだろう。
でも、お母さんは神崎さんを見て、
「あら~、神崎ちゃんおはよう。何? 今日は二人そろってポニーテールで~。かわいらしいわね~」
と、目を細めながら言う。
私には分かる。お母さんの今の目は、次に神崎さんを襲おうとしている目、だということが。
でも、そんなお母さんの心境を知らない神崎さんは悠々と歩を進めて、近づいていく。
そして
「神崎ちゃんもかわいい~!」
お母さんは飛びついた――――。
「も、紅葉ちゃん、合格発表の紙って、ど、どこに張り出されるんだっけ?」
「校舎の職員用玄関の横の窓のところよ」
「あ、うん、ありがとう」
私は歩きながら紅葉ちゃんに確認する。
「それより神崎、大丈夫?」
「は、はい・・・・・・大丈夫です。お嬢様・・・・・・」
お母さんが神崎さんに飛びついたとき、神崎さんは目を疑うほど華麗によけた。でも、お母さんはよけた神崎さんを追いかけてすぐに方向転換をし、狂犬のように飛びつきハグをした。
あとは紅葉ちゃんにしたときと同じ。頬をすりすりし続けられていた。
「めぐみ~、今日はいい日ね~!」
「そ、そうだね・・・・・・。あと、神崎さんにはもうしないであげてよ。もう、紅葉ちゃんの肩を借りないと歩けなくなってるくらいだから」
「う~ん♪」
お母さんは反省しているのかしていないのかよくわからない返事を返してきた。
「か、神崎さん、ごめんなさい」
「だ、大丈夫ですよ。雪柳様は悪くないのですから・・・・・・」
「で、でも!」
「悪いのは、あの優しそうな笑顔をかぶった恐ろしい雪柳様のお母様なので・・・・・・」
「こ、これからはちゃんと見張りますので!」
「ふふっ、もうどっちが親なのか分かりませんね・・・・・・」
たしかに、いわれてみればお母さんの方が子供っぽい気がしてきた。
「めぐみちゃん、着いたよ」
お話をしながら歩いていたら、いつの間にか目的の場所に着いていた。
私は辺りを見回す。もう何人かがそこに集まっていた。よほど結果が気になってしかたないのだろう。
その場にいる人たちは皆、同じ場所を見ていた。私も皆と同じ方向を見るべく前を見る。
そこには黒色の布が被さった窓があった。
わかりやすい。
合否は時間になるまで見せない!
という感じ、この、もったいぶらせる感じ。多分、学園長さんの提案なんだろう。
「ふふっ・・・・・・受験生が不安そうにしているこの顔、やっぱり最高です・・・・・・」
神崎さんが悪魔のようなつぶやきを風のように小声でもらすまではそう、思っていました。
誰にも聞こえないように独り言のつもりで言ったのだろう。でも、肩を貸してあげている紅葉ちゃんと、比較的近くにいた私には聞こえていた。
私と紅葉ちゃんは、神崎さんの発言にドン引きしながら顔を合わせ、苦笑いをする。
「お、お母さん、今何時?」
「ん、8時だから、まだ30分あるわよ~」
私は適当な話題をだし、神崎さんの発言を打破する。
お母さんには神崎さんのストレートな発言が聞こえていなかったのか、いつものゆる~い口調で、ふつうに答えてきた。
そのゆる~い空気に乗るように
「そっか~、じゃあ30分待つしかないね」
そういうしかなかった。
20分後――――
「だ、だいぶ人が増えてきたね」
「そうだね~。もう10分前だし当たり前だよ」
セーラー服、ブレザー、私服、近くの学校の人から、多分、遠くから来たであろう人。色々な人が集まってきている。
「それよりめぐみちゃん。何でさっきから私と神崎の後ろに隠れてるの?」
「だ、だって同じ学校だった人がいるから・・・・・・」
「そ、そうなの? たしかに同じセーラー服を着ている人が数人いるわね。うん、わかった」
紅葉さんはその場から動かず、私の前に立ってくれる。
なんて優しいのっ・・・・・・紅葉さん!
「ふにゃ!」
急に後ろから柔らかい感触がして変な声が出てしまった。
「わっ・・・・・・!」
後ろを確認しようと振り向くと、神崎さんの顔が真横にあった。神崎さんは少しかがんで私の身長に合わせ
「前からお嬢様。後ろから私。こうすれば前後両方とも守ることができますよ?」
私を包むようにして抱きついてきた。
「あ、あの、こんなことしてたらよけいに目立ってしまいます・・・・・・!」
「大丈夫です。こんな大人数の中です。目立つはずがないです」
こんなことを堂々とする人なんてそうそういないため、明らかに周りの人が、先の鋭い尖ったつららのような視線を送ってきているのが分かる。
逆に私は、そんなつららを溶かしてしうかのように顔が熱くなってきていた。
恥ずかしい・・・・・・
「はいはい、神崎ちゃん、公の場でこんなことしないの。また今度、めぐみのハグ会開いてあげるから」
「碧癒お姉さん、それは本当ですか!?」
お母さんは私から神崎さんを離すために言ったののだろう。でも、それよりも早く紅葉ちゃんが反応する。私はそんな会に許可をおろすつもりはないけど。
「お嬢様、恐ろしき人の言うことはそんな簡単に信用してはいけません」
一方神崎さんはというと、さっきのことがあってお母さんのことを全く信用していない。顔を合わせようともせず、私から離れない。同時にどんどん私への視線が集まってくる。
私は神崎さんから抜け出そうと、体をくねらせたり腕に力を入れたり、抵抗をする。でも神崎さんの方が力が強く、私は抜け出せない。
紅葉ちゃんに助けてもらおうと思い、視線を送る。
「・・・・・・?」
紅葉ちゃんはなぜか口元をゆるませ、にやけているように見えた。
まるで猫が1匹でおもちゃ遊びをしていて、それを遠くから眺めている時になるような表情。
「・・・・・・っ!」
そこで思い出す。さっきもあったこの感じ。さっきと立場が逆転しただけだ。私もさっきこんな顔をしてたのかな。
きっと紅葉ちゃんはお母さんに抱きつかれていたとき、
なんで助けてくれないの!?
と今の私みたいにこう思っていたと思う。
紅葉さんに助けを求めるのは諦め、最後の希望である、紅葉さんとは反対側にいるお母さんに助けを求める。
でも、お母さんの方を見るため首を動かすとき、私はとあることに気がついた。
もう私への視線は無く、受験生は皆同じ方向に視線を送っていることに。
「めぐみ。もう合格発表の紙、公開されるわよ」
お母さんの口調は真剣そのものだった。
その声を聞いて、紅葉ちゃんは我に返り、神崎さんは私から離れる。でも、まだ神崎さんに抱きつかれた感覚と温もりは残っている。
そして、私も皆が見ている方をみる。
そこには見覚えのあるショートカットの小さな人がいた。お母さんが三日月家に来たときにタブレット端末をもってきたかわいらしい使用人さんだ。
かわいらしい使用人さんは一生懸命背伸びをし、自分よりも高いところにある黒色の布を取る。そしてすごい勢いでダッシュしてその場から離れる。
なぜ、すごい勢いでその場から離れたか。その理由は1つ。
「私の番号ある!?」
「ちょっとどいて!」
「あった! 私の番号あった!」
「どこに書いてあるの?」
餌を与えられた鯉のように群がり、押し合い、1つのものを求める。そう、受験生がそこに一気に密集するからだ。
「めぐみちゃんって番号何番?」
「えっと、219番です!」
私たちはその密集地区には入らず、遠くから皆で一生懸命探す。
「あ! 200番があった! きっとあの下あたりにあるよ!」
紅葉ちゃんが一番に200番を発見し、その下を必死に探す。
でもそこには、受験生の親さんであろう背の高い男の人が立っていて、確認したい場所が見えない状況だった。
「あの人、邪魔ね」
「う、うん・・・・・・」
その人はなかなかそこから動かない。
「あの人動きそうにないから、もうすこし人が少なくなってからあの密集地区に入る?」
「ほ、本当は入りたくないけど、そうするしかないね」
お母さんの提案には少し抵抗があるけど、男の人がその場を離れる気配がないためそうするしかない。
そういった矢先、ちょうど密集地区の後ろの方の真ん中の人が少なくなった。
「今がチャンスよめぐみ!」
「わ、わかってる!」
私達は全員でそこに向かって走る。そこに着いたとたん、さっき見えなかった200番より下にあるであろう、219番を探す。
「215番、216番、218番、220番・・・・・・あれ?」
きっと見間違えだろう。
そう思い私はもう一度確認する。
「216番、218番、220番・・・・・・」
そこに219番という番号は存在しなかった。
「え、え? あれ・・・・・・?」
紅葉ちゃん、神崎さん、お母さん、3人だけのはずなのに、さっきのつららよりも痛く、針のように感じる。
「め、めぐみちゃん・・・・・・」
紅葉ちゃんの弱々しく、心配そうな声が私の胸に刺さった。
「も、紅葉ちゃん。 ご、ごめんね・・・・・・」
声もかすれかけている私の体は、宙に浮いたように力が入らなくなり・・・・・・、
「め、めぐみちゃん!!」
私はその場で倒れた――――。
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