初めての経験

 私のお母さんは、ごく一般のどこにでもいるような主婦だ。

特に大きな偉業を成し遂げたわけでもないし、どこかの会社や企業の社長というわけではない。

とっても有名な人! というわけがない私のお母さん。

 なのに、なのにどうして


大和やまと~、久しぶりなんだから目ぐらい合わせてよ~」


どうしてこんなにも学園長さんに馴れ馴れしいの!?



 お母さんは、ずっと学園長さんに話しかけ続けていたが、黙って絶対に目を合わせようとしないその態度に呆れ、


「も~、まあいいわ」


といって立ち上がった。そして私の横を通りすぎ、なにをするかと思ったら今度は紅葉さんの前へ行きしゃがみ込んだ。

 紅葉さんはそんなお母さんを見つめながら、髪をふわっとなびかせながら不思議そうに首をかしげる。その姿は小動物のように可愛らしく見え、私も少しときめくほどだった。

 お母さんはそんな紅葉さんを見て、


「あなたが紅葉ちゃんね? あ~、かわいい~! 癒されるぅ・・・・・・」


 そういいながら紅葉さんを自分の胸に抱えこみ、紅葉さんの頭を撫ではじめた。

急に知らない人に撫でられた紅葉さんは


「えっ? え・・・・・・?」


と、戸惑いながらされるがままになっていた。

 さらにお母さんはスカートをはいているのに胡座あぐらをかき、その足の間に紅葉さんを座らせてさらに撫で始める。

 紅葉さんは最初こそは警戒していたが撫でられていくうちに、どんどんおっとりした表情になっていき、最終的には、


「ふにゃぁ~」


と可愛らしい声を出して、完全に体をお母さんにあずける姿勢になっていった。

 お母さんの子供である私は知っている。なんで紅葉さんがこんな風になってしまったのか。

私が小さいときからそうだ。泣いてしまったとき、不安になったとき、緊張していたとき、お母さんはいつも頭を撫でてくれた。なんども経験している私は知っている。

 柔らかな手で、強すぎるわけでも弱すぎるわけでもなく、まるで魔法のでも使っているかのような優しい撫で方。ここを撫でられると安心するというところを、何も言わなくても的確に撫でてくれる。

 そう、私のお母さんは人を撫でるのがとても上手なのだ。

そんな紅葉さんを、私は少しだけ羨ましく思った。


 だって最近、お母さんに撫でられていないんだもん・・・・・・。


 でも、私以上に人に嫉妬心を抱いている人が同じ部屋にいた。紅葉さんではなく、私のお母さんにそれを抱いている人が。


「あの!」


 その人の大きな声で、この部屋にいる全員がそっちを注目する。だがお母さんはその声が聞こえなかったかのようにまた紅葉さんを撫でるのを再会する。

 それをみた彼女は、


「ちょ、いつまでお嬢様を撫で続けるのですか!?」


お母さんに向かって言う。


「ん~? 私が満足するまで~。 そういえばあなたは誰?」


「そ、それはこっちが聞きたいです! ちなみに私はお嬢様の使用人の、神崎かんざきと言います!」


 そう、お母さんに嫉妬心を抱いていたのは、他の誰でもなく神崎さんである。

そりゃそうだ。愛している紅葉さんが目の前で見知らぬ人のなでなでで、おっとりしていたら嫉妬するに決まっている。もし私がそのような立場にあったら、私も神崎さんと同じ気持ちになるだろう。


「へ~、大和ってこんなに美人さんを雇ってるんだね~」


お母さんは学園長さんに、少しからかった言い方で話しかける。


「・・・・・・」


 でも、学園長さんは下を向いたまま何も答えない。学園長さんに何があったのだろう。私は気になってしかたがない。

 私が考えようとしたとたんに神崎さんが、


「話を逸らさないでください!」


と、お母さんに向かって叫んだ。


「まあまあ、神崎ちゃん。そんなに怒らないで? 綺麗なお顔が台無しよ?」


「べ、別に綺麗なんかじゃ・・・・・・」


「あら~、そうやって照れてる姿も可愛いわよ~?」


「うぅ・・・・・・。 そ、それよりあなたは誰なんですか!?」


「う~ん、しかたないなぁ。 じゃあ神崎ちゃんこっち来て? そしたら教えてあげる」


 お母さんはそう言いながら手招きをする。

私は正直、お母さんをすごいと思った。あの感情をなかなか表に出さない神崎さんをすぐに感情的にさせたことを。

 しかし、神崎さんは冷静になったのか


「・・・・・・嫌です」


 と、お母さんのことをよっぽど警戒しているのか、拒否をした。

でもお母さんは、


「ん~、そんなことしていいのかな?」


 といいながら今度は紅葉さんの頭だけでなく、頬や顎までも撫で始める。あの紅葉さんがまるでペットの猫のようになっていた。

 それがよっぽど神崎さんのこころに響いたのだろう。神崎さんはついに


「わー! 何してるんですか!! わかりました行きます、行きますからやめてください!!」


 と言いながら急いでお母さんの下まで駆け寄っていった。でもこの行動が命取りになった。

お母さんが


「ふふっ」


と笑ったその瞬間、神崎さんは吸い込まれるように紅葉さんの横、つまりお母さんの膝の中に入っていった。


「え?」


神崎さんもなにが起きたのか理解できないのだろう。戸惑った神崎さんはお母さんの顔を見る。


「神崎ちゃん、詰めが甘いわよ?」


そういってお母さんは、可愛らしく膝に収まっている神崎さんの脇の下をくすぐる。


「ひゃうん!」


 今までに聞いたことのないような可愛い悲鳴だった。

その声で、隣にいた紅葉さんは我に返り、


「か、神崎ってそんな可愛い声出すのね・・・・・・」


と言いながら、神崎さんに夢中になっているお母さんの膝の上から、そーっと脱出する。そして私の横に来て、


「あの方って雪柳さんのお母さんなの・・・・・・?」


と小声で確認しにきた。

 私はこんなおかしな人をお母さんと言うのは少し恥ずかしかったが、お母さんが部屋に入ってきた時に、そう声を漏らしてしまったので、違うとは言い切れず


「は、はい、そうです・・・・・・」


 と、しかたなく小声で返事をする。


「そうなのね。 それにしても撫でるのは上手だし、神崎をすぐに手玉に取るし、雪柳さんのお母さんはいったい何者なの?」


 わからない。そんなのわかるわけがない。お母さんと長く一緒にいるけど、こんなお母さん見たことない。

 

「わ、私もよくわかりませ――――」


「かんじゃき~!おかわり!」


 私が声を出そうとした瞬間、このよく分からない空気を打破するように紅亜くれあという名の天使が声を出した。

そして天使様はやっとこの状況に気がつく。


「かんじゃき~、なにしてるの~?」


「はぁっ・・・・・・そ、それは、私がしりたいです・・・・・・」


 神崎さんはお母さんにくすぐられすぎて頬を赤くし、息を荒げていた。それでも必死に紅亜ちゃんの質問に答えようとしている姿はすばらしいと思った。


「紅亜ちゃん? 私のこと覚えてるかな?」


 お母さんは紅亜ちゃんに話しかけた。そのときにはもう、神崎さんをくすぐるのをやめ、頭を撫でていた。

紅亜ちゃんはお母さんの言葉に対し、


「うん! 覚えてるよ!」 


と元気一杯な声で返事をした。


「ゆきなやぎのおかあさん!」


「さすが紅亜ちゃん、覚えててくれたのね~」


「うん! おぼえてるよ! おいしいはんばーぐつくってくれたもん!」


「あぁ、紅亜ちゃんも可愛い・・・・・・」


 この言葉で私は察した。お母さんの次の標的は紅亜ちゃんだ、と。


「紅亜ちゃん、おかわりしたいならこっちにおいで?」


 予想どうりお母さんは紅亜ちゃんを自分の下へと誘う。


「わかった~!」


 紅亜ちゃんはさっきまでご飯に夢中だったから、これから何をされるか分かっていないのだろう。なんの疑いもせず、お母さんの下までお茶碗をもって、てくてくと歩いていく。

 そして神崎さんが捕まったときと同じ光景がまた起こった。紅亜ちゃんは気付いたら、お母さんの膝の上にいた。

 お母さんは紅亜ちゃんをそのまま抱きしめる。その隙をみて神崎さんはすっ、とお母さんから脱出した。

こんな光景もさっき見た気がするのは私だけかな・・・・・・?

 だがここで、予想外のことが起こる。

きっと紅亜ちゃんもお母さんに撫でられて紅葉さんみたいになるだろう、と思っていた。

 しかしどうだ、紅亜ちゃんは余裕の表情でお母さんの膝の上から抜け出したのだ。


「え・・・・・・?」


 今度はさっきと違いお母さんが戸惑った表情になった。私たちも正直びっくりした。

紅亜ちゃんはそんな私たちなんて気にせず、


「かんじゃき、おかわり!」


 と言って、まだ少し顔が赤い神崎さんの下へと歩いていく。


「させるかー!」


 お母さんがすごい声を出した。そして紅亜ちゃんに飛びつく。紅葉さんも神崎さんも余裕で捕まえたのに、一番小さく非力な紅亜ちゃんに抜け出されたことがよっぽど悔しいのだろう。


「ん~?」


紅亜ちゃんは普通に捕まった。


「・・・・・・よし」


お母さんの表情は少し得意げだった。しかし、


「よいしょっと」


またも紅亜ちゃんは何事もなかったかのようにお母さんから抜け出す。


「・・・・・・」


お母さんはそのまま固まった。そして、


「どうして紅亜ちゃんはすぐに抜け出せるのよ~!」


 地面をたたきながら悔しがる。そんなお母さんを無視して紅亜ちゃんは神崎さんに、ご飯のおかわりを要求する。

 でも私は分かっていた。なぜ紅亜ちゃんは余裕で抜け出せるのか。

それは、同じような光景を前にも見たことがあるからだ。お母さんが紅亜ちゃんを抱きしめる様子は、どことなく紅葉さんが紅亜ちゃんを抱きしめたときの姿に似ていた。

 あのとき紅亜ちゃんは紅葉さんからすぐに抜け出していた。つまり、いつも紅葉さんに抱きつかれている紅亜ちゃんは、抱きつかれたときにどう抜け出せばいいのか分かっているのだ。

 私は事故解釈をし、納得した後、お母さんの下へ向った。そして小声で聞く。


「お母さん、何しにきたの?」


 私はお母さんがここにきた理由を知りたい。多分、私が心配で来た、ということはないだろう。だって昨日の夜、あんなに簡単にお泊まりの許可がもらえたわけだし。そして何よりも、三日月一家、三日月家の使用人さんにこんなにも迷惑をかけたのが恥ずかしいから。


「なんでってそりゃーめぐみ、あんたを迎えに来たからよ」 


「え・・・・・・?」


「え? じゃないわよ。だって今日、滑り止めで受けたもう一つの高校の合格発表の日でしょ?」


「えっ? あ~!! わ、忘れてた!」


そうだ、今日はもう一つ受けた高校の合格発表の日だった!

 私は三日月学園の他にも滑り止めのため、もう一つ高校を受験していた。といっても筆記試験はなく、中学校の成績と、面接だけで合否が決められる珍しい学校なんだけど。筆記試験がなかったから、受験したという感覚が全然なく、完全に忘れていた。


「お、お母さん、今何時!?」


「えっと、7時半」


「何時までにそこに行かなきゃいけないんだっけ!?」


「えっと、たしか8時20分だったはず」


「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」


「だって紅葉ちゃんと神崎ちゃんと紅亜ちゃんがかわいかったんだもの」


「それは知ってるけど! うぅ・・・・・・今から帰って制服に着替えて向かっても間に合わないよぉ・・・・・・」


「大丈夫、制服はもう持ってきてあるから~、ねっ♪」


お母さんは中学校の制服を鞄から取り出す。今までに見たことのないドヤ顔をしながら。


「あ、ありがと・・・・・・?」


「うんうん。 じゃあ早く着替えてしまいなさい」


「え? で、でもここで着替えるのは・・・・・・」


「女の子しかいないんだから別に良いじゃない」


「そ、そうだけど・・・・・・」


「大丈夫大丈夫、大和の目は私が覆っておくから」


 そう言ってお母さんは学園長さんの目を覆う。

でも学園長さんは、目を覆われたと同時に立ち上がり、


碧癒あおいさん、私の目を覆わなくて大丈夫です。変な疑いをもたれても困るので、部屋から出ていきます」


部屋から出ていった。するとお母さんも、


「じゃあお母さんも部屋から出るわね~。 もしかしたら大和がのぞきをはたらくかもしれないから、監視も兼ねてね♪」


「あ、ありがと・・・・・・」


 お母さんも学園長さんの後について、部屋から出ていく。

でも私が気にしていたのは学園長さんの目じゃない。


「神崎神崎・・・・・・!雪柳さんが着替えるわよ」

「そ、そうですねお嬢様、しっかりと目に焼き付けましょう・・・・・・うへへ」


 さっきから小声で何か言いながら私のことをずっと見ている、紅葉さんと神崎さんの目を気にしているのだ。

恥ずかしいなぁ、嫌だなぁ、違う部屋で着替えたいなぁ。


「めぐみ~、もう着替えた? 早く着替えないと間に合わないから、急いで~」


「ま、まだ着替えてない!」


「大和もずっと廊下じゃあかわいそうだから急いでね~」


「わ、わかってるよ~!」


そうだ、ここは自分の家じゃないんだ。私の所為で学園長さんに迷惑がかかるのはおかしいもんね。

 そう決心し、私は浴衣の帯を取る。帯を取ったと同時に浴衣がはだけ、体の前方部分が露わになる。この時は下着しかつけていなくシャツなどを着ていなかったため、隠すものが何もなかった。

 だからだろうか、紅葉さんは、自分の胸を見て悲しそうな表情をし、神崎さんは・・・・・・すこし嬉しそうな表情をしていた。

 そして浴衣本体も全部脱ぎ、綺麗に畳まれた状態で床においてあるセーラー服を取り、広げる。三日月学園の受験をした時以来に着るセーラー服。すこし懐かしいと思った。

 でもそんな余韻に浸っている時間なんてないため、まずスカートのファスナーを下におろし、その上についているボタンをはずす。そして穿く。そして私は気付く。


「お、お母さん! スカートの下に穿く半ズボンは?」


「あ~、忘れてた。 今日はズボン無しでいい~?」


「えっ・・・・・・い、嫌だ!」


 私は中学校の制服を着るとき、いつもスカートの下に半ズボンを穿いていた。理由は一つ、下着が見えてしまったら恥ずかしいから。

 クラスには半ズボンを穿かず、そのままスカートを穿くという子が半数を占めていたが、正直その子の気持ちが全く分からなかった。

 だって恥ずかしいし寒いし、メリットなんて一つもないんだよ? 私にその気持ちがわかるわけない。

だから私にとって半ズボンは必須アイテムなのだ。


「ね、ねぇ、本当に半ズボン持ってきてないの?」


「本当に持ってきてないの。 別にいいじゃない、そんなにこだわらなくても」


「で、でもぉ・・・・・・」


「あの、雪柳様? もしあれでしたら半ズボン、お貸ししましょうか?」


「え? ほ、本当ですか?」


「はい、雪柳様のためなら半ズボンの一枚くらい貸しますよ」


 やっぱり神崎さんは良い人だ。でも、神崎さん半ズボン持ってるのかな? いつもスーツしか着ていない印象があるんだけど。


「お嬢様?」


「ん? 何、神崎?」


「私、半ズボン持っていないのでお嬢様の半ズボンを雪柳様に貸していいですか?」


「えっ!? 全然大丈夫だよ! むしろ大歓迎・・・・・・?」


「お嬢様、さては雪柳様の胸に気を取られて話を聞いていませんでしたね?」


「そっ、そんなことないさ~」


「はいはい、わかりやすい嘘をどうもです。じゃあ今からお嬢様の部屋から取ってくるので、それまでに上の服でも着ていてください」


 そういって神崎さんはゆっくり障子を開け、出て行った。

どうやら紅葉さんのズボンを貸してくれるようだ。


「あ、ありがとうございます・・・・・・」


 もう部屋から出ていってしまった神崎さんに向かって、一応お礼を言っておく。

そして私はいそいで床においてあるセーラー服を取り、急いで着る。さっきから紅葉さんの、私の胸への視線が痛いほど刺さるから。

 私が服を着て、胸元にリボンをつけると胸への視線はなくなった。

そして私が着替え終わったと同時に紅葉さんは硬直したと思ったら、急にスマホを取り、なにやら操作し始める。


「雪柳様! 取ってきま・・・・・・した・・・・・・」


 同時に神崎さんが帰ってきた。紅葉さんの部屋と、この部屋の距離は割とある方なのに、すぐに帰ってきた神崎さんに、私はすこし驚いた。

でも神崎さんもなぜか硬直している。


「あ、あの・・・・・・、神崎さん?」


そう言いながら神崎さんに近づく。すると後ろから、


パシャッ


と、写真を撮るときの音が聞こえた。その方向を見ると、紅葉さんがスマホをこっちに向けて、私の姿を撮っていた。


「えっ? な、何してるんですか?」


疑問に思った私は紅葉さんに聞いてみる。すると、


パシャッ、パシャシャシャシャシャシャ


と返事の代わりにスマホを長押しして、連写音をならしはじめる。


パシャッ


 また後ろから、写真を撮る音が聞こえた。その正体は神崎さんだった。

私は前後から写真を撮られ、戸惑って動くことができなかった。


「さっきからすごいシャッターを切る音がするけど、なにしてるの~?」


写真を撮る音が余りにも大きく、長く続いたため、ついにお母さんが部屋に入ってきた。


「お、お母さん! 助けてっ!」


私は、味方になってくれるであろうお母さんに助けを求める。


「あら、そういうことだったのね~。 ん~、紅葉ちゃん、神崎ちゃん? 合格発表が終わったらまたここに来るから、めぐみの撮影会はその時にしてくれるかな?」


これは味方をしてくれた、といっていいのかな・・・・・・?


「ほ、本当ですか、雪柳さんのお母さん!?」


「えぇ、本当よ~。だから神崎ちゃんも、半ズボン早くめぐみに貸してあげて?」


「え? あ、はい!」


そういって神崎さんは私に、太股ふとももの半分ほどまでしかない短く、紺色に近い色の半ズボンを渡してくれる。


「えと、な、なんか短くないですか・・・・・・?」


「そうですか? これはお嬢様が通っていた中学校指定の体操服ですが」


「そ、そうですか・・・・・・。ありがとうございます」


「はい」


 私はこの短さのズボンを穿いたことが無かったため少しためらいがあったが、ズボンを穿かないよりはましなので、受け取ったズボンを穿く。サイズはぴったりだった。


「よし、着替え終わったなら行くわよ、めぐみ」


「う、うん!」


私とお母さんは急ぎ足で歩き、部屋から出ていこうとする。すると、


「ゆきなやぎ! またあとできてね!」


と紅亜ちゃんがご飯を食べる手を止め、言ってきた。


「う、うん、また後でね!!」


私はそう返事をする。


「雪柳さん、その制服のままで、ですよ?」


「は、はい・・・・・・」


「雪柳様、もっと色々な服を用意して待ってますので」


「わ、わかりました、です・・・・・・」


 紅葉さんも神崎さんも言葉はどうであれ、私が後から来るのを待ってくれている。

いままで独りで、必要とされてこなかった私は少し嬉しかった。だから、


「ぜ、絶対に来ます!」


そう言って部屋から出て、合格発表の会場へと向かった。



 滑り止めのために受験した高校の合格発表の帰り、広い広い庭を歩きながら、三日月家に向かう。

実は私はその高校の面接の時、盛大に失敗していた。人見知りの私は、初めて会うひとの前で堂々としゃべれるわけがなく、面接官さんの質問に、とんちんかんな答えばかりばかりしてしまっていた。

 だから、不合格は間違いない、そう思いながらその高校に向かっていた。つまり私の結果は――――、


「あ、雪柳さんっ! 結果どうでした?」


急に紅葉さんの声が聞こえたため私は我に返った。


「え?」


 私は驚きのあまり体を跳ね上がらせていたと思う。そして周りを見回す。そして気付く。歩いていたはずなのにいつの間にか三日月家に上がり、いつの間にか朝食をとっていた部屋についていたことに。


紅葉さん、紅亜ちゃん、と2人で私を囲むようにして近づいてきた。


「え、えと、一応合格してました・・・・・・えへへ」


「ほんとっ!? よかった!」


 私は不合格になっていると思っていた。でもその高校は、

中学校の成績:面接=8:2 の割合で見ていたのだ。

 友達が少かったのに比例して、友達と遊ぶ機会が少なかった私は、勉強かゲームをするしか選択肢がなかったため、割と成績は良い方にいた。だから、合格していたのだ。


「よし、じゃあ雪柳さんの、合格お祝いパーティーをしましょ!」


「え!? そ、そんなのいいですよ!」


「いいじゃないめぐみ。神崎ちゃんも、もう料理作っちゃってるみたいだし」


「え?」


「はい、雪柳様。ちょうどお昼の時間ですし、お嬢様の提案で、雪柳様のお祝い用の料理にしてと頼まれたので、そのように作りました」


 お母さんの後ろから神崎さんが少しだけ顔を出して説明してくれる。

ここにくるまでぼーっとしていたため気付かなかったけど、確かに色々な料理のいい匂いがする。


「そ、そうですか」


「はい!」


神崎さんはそう返事だけしてまた、キッチンへと戻っていった。


「お、お母さん、こんなにお世話になっていいの?」


「ん~、別にいいんじゃない?」


「で、でもぉ・・・・・・」


「大和~、別に大丈夫よね~?」


お母さんは部屋の隅の方で紅亜ちゃんと遊んでいる学園長さんに問いかける。


「え? あぁ、全然大丈夫ですよ」


「ね、大丈夫でしょ?」


「う、うん。学園長さんが良いって言うなら、お言葉に甘えて・・・・・・」


「よ~し、じゃあお母さんは神崎ちゃんを手伝ってくるわね~! 紅葉ちゃ~ん、めぐみのことお願いね~?」


「は、はい! 雪柳さんのお母さん!」


「私は、碧癒あおいっていう名前だから、碧癒お姉さんって呼んでもいいのよ~?」


「え、はい! 碧癒お姉さん!」


「ふふっ、素直な紅葉ちゃん可愛い~」


お母さんは紅葉さんに謎の要求をして、キッチンにいる神崎さんの下へ向かっていった。


「雪柳さんのお母さんっておもしろいのね」


「は、はい・・・・・・」


「じゃあ、これからは雪柳さんのことも、めぐみちゃんって呼ぶね?」


「はい・・・・・・って、え!?」


「じゃあ、めぐみちゃん! さっそく着替えに行きましょう!!」


「え、えぇぇぇ!?」


 私は紅葉さんに、流されるように話を進められ、流されるように手を引かれ紅葉さんの部屋に連れて行かれた。 

 


 私たちはパーティーを楽しんだ。私にとっては初めての経験だったから何をどうすればいいのか分からなかったけど、なんだか雰囲気が楽しかったからそれで良かった。ついでに謎の撮影会も行われたが、それもその場の雰囲気が良かったからなんとか乗り切った。そしていろいろな会話をした。 

 もし私が不合格だったらどうするつもりだったのか、とか、お母さんの持論の、

胸が大きい人はだいたい脇の下が弱い、などのよくわからない話を。結局、学園長さんのあの態度と、お母さんが学園長さんになれなれしかった理由は聞くのを忘れていたままだ。

でも、私はこんな経験も楽しいと思った。だからこう言える。


今まで知らなかったけど友達って結構、いや、すごく良い存在なんだな


と。私には数少ない友達しかいない。でも、だからといって落ち込むことはない。こういう一緒にいると楽しい、数少ない友達を大切にすればいいんだから。


「めぐみちゃん、おめでとう!」


「う、うん! ありがとう紅葉ちゃん!」


 そして、紅葉ちゃんに下の名前で呼ばれると胸が少し痛くなる。この痛みはなんだろう。私にはわからない。でもいつかこの胸の痛みが分かるようになるのかな?

 あと、学園長さんのあの態度と、お母さんが学園長さんになれなれしかった理由も結局分からなかった。これもそのうち分かるのかな?






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