迷いと驚き

「ようこそいらっしゃいました、雪柳めぐみ様」


 私はたしかにそう言われた。学園長さんにこんな風に出迎えてもらうほどのことはしていないのに。

そんな私は驚きを隠せるわけがなく


「え・・・・・・えぇっ?!」


そう叫ぶしかなかった。


「ちょっとお父さん何してるの!?雪柳さんが困ってるじゃない!ほら頭を上げて!」


「そ、そうです頭を上げてください!」


 私は紅葉さんと一緒に頭を上げてもらうように頼む。

しかし、


「いえ、こうさせてください」


と学園長さんはなかなか頭をあげてくれない。

 なぜ私ごときに頭を下げるのが本当に分からない。

逆に、


どうかこの高校に合格させてください!


と私が頭を下げたいくらいなのに。


「神崎さ~ん!助けてください!」


 私は学園長さんに、無理に土下座をさせている気分になってきて耐えられなくなってきたので神崎さんに助けを求める。

が、


「な、なんで私なんですか!?」


「だって、『助けが必要になったら言ってくださいね』ってさっき言ってたじゃないですかぁ!」


「それはお嬢様を運んでいるときの話です!」


 いつも無表情の神崎さんが珍しく表情を変え、慌てた様子になり、私のお願いは拒否された。


「やっぱり、雪柳さんって感情的になると普通のしゃべり方になるのかな・・・・・・?」


 紅葉さんが何か小声で言ったが、神崎さんとの言い合いの所為で聞こえなかった。

紅葉さんは、そう小声でぶつぶつとつぶやいた後、私の耳元まで来て小声でこう言ってきた。


「あのね、神崎はお父さんには何もいえないの。使用人全員そうよ? だって雇ってくれてる人に偉そうにものを言う事って難しいじゃない?」


どんな人にでも何でもいえそうな神崎さんの衝撃の事実にびっくりしながらも、私は小声で言い返す。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいんですか?」


「ん? 残念ながらどうしようもないわ。勝手にやめてくれるのを待つしかないと思うわ」


 な、なんてことでしょう。もしこのままだったら、ずっと学園長は頭を下げたままになってしまいます・・・・・・。

 しかし、それでは私の罪悪感がどんどん増していくばかりなので、どうしようもないという事実を理解した上で、まだ私は説得を続ける。


「あ、あの、本当に頭を上げてください!わ、私に頭を下げる必要なんてないはずです!」


「いえ、あります」


 いやいや、何もないはず・・・・・・! まだ会ったの2回目なのに。でも、1回目はステージ上にいる学園長を私が見ていただけだから実際は1回目かな。


「あ、あの本当にお願いしますから・・・・・・」


 このとき私は極限状態にまで追いやられていた。

胸が苦しく、まともに頭がはたらかない。手先はふるえ、寒気までする。

 なぜ人は極限状態になるとこんな症状に見舞われるのだろうか。

何も考えられなくなってきた私は、ついに涙まで出てきた。


「・・・・・・うっ・・・・・・ひくっ・・・・・・お願いしますからぁ・・・・・・」


 私は泣きながら懇願する。本当は泣きたくなかった。だって、人前で泣くのは恥ずかしいし。なにより、神崎さんにからかわれそうだし。

私が涙を流した瞬間、後ろから二つの謎のオーラが急に伝わってきた。

 なんと表せばいいのだろう。

分かりやすくたとえるなら、夏の夜に一人でお墓の前を通る時のぞくぞく感、これが後ろから伝わってくると考えていただけると分かりやすいと思う。

もし、そんな経験なんて無い! という人がいたら、ありきたりなたとえ方だが、テレビでやっているホラー番組を見た後に風呂に入り、頭を洗うために目をつむると背後から何かを感じる、あんな感じを想像していただければ考えやすいと思う。

 そしてそのオーラはだんだん私に近づいてきて、横で止まった。そのオーラの主を確認する。それは紅葉さんと神崎さんだった。


「お父さん・・・・・・?」

「ご主人様・・・・・・?」


 二人はそれぞれの呼び方で学園長に声をかけた。その声は低く、怒りがにじみ出ていた。

そして声をきれいに重ねて言う。


『雪柳さん(様)を泣かせるとは言い度胸をしていますねぇ?』


 二人の威圧感で、怒気どきを含んだ声を聞いた学園長は、バッと顔を上げて驚く。

私も正直、驚いた。だって、二人は見たことのないほどの険しい顔で学園長に迫っていたから。

そんな二人に迫られ、学園長は必死に言い訳をする。


「い、いやあの、泣かせるつもりは無かったんだ。雪柳様に失礼だと思ってこうしていただけで・・・・・・」


「お父さんの今のその行動が失礼になってるの!」


「そうです。ご主人様はこういう事をして雪柳様を泣かせたかったんですか? それともこういう超絶可愛い少女を泣かせたいという願望でもあったんですか? 変な性癖を持った、かなりの変態ですね」


 神崎さんはご主人様である学園長に偉そうに言うのって難しいんじゃなかったっけ・・・・・・?

なんかすごい罵倒してるけど、クビになったりしないよね?


「い、いやそんなことは・・・・・・ないです。す、すいませんでした・・・・・・」


『私たちに向かって謝っても意味がないでしょう! ちゃんと雪柳さん(様)に向かってあやまりなさい!』


「は、はい!」


 そういって二人の間にいる私の方をしっかりと見て、


「大変申し訳ございませんでしたぁ! どうかお許しを!」


 と学園長はまた土下座をする。

が、紅葉さんがその行動を見てまた大きな声を出す。


「だ・か・らぁ!!お父さんはバカなの!?雪柳さんは土下座をされるのが嫌だから、泣いちゃったんでしょ!?学習しなさいよ!!」


「すっ、すいません!」


 学園長はなぜか娘相手に敬語になる。そうとう紅葉さんが怖いのだろう。

そして学園長は素早く立ち、綺麗に手入れされた杉の木のように美しい姿勢になる。

 立った学園長の身長は予想以上に高かく、座っている私は学園長の顔を見るには顔を上に向けないといけないほどだった。


「ご主人様、改めて雪柳様に謝罪をしてください」


「神崎の言う通り。土下座をしたことを土下座しないで謝って」


ちょっと紅葉さんの言っていることがややこしいけど、言い方は相変わらず怒気の含んだ声であった。


「ご、ごめんなさい・・・・・・」


 二人の威圧的なオーラに、たじたじになりながら学園長は改めて謝罪をしてくれた。

しかし私は別に怒っているわけではないので、謝られてもなんと言えばいいかわからない。

 

 だから、大丈夫ですよ。


そう言ってあげたい。

ちょっと上から目線になってしまう気がするが私は口をゆっくり開き、言葉を発する。


「あ、あの私、別に怒っているわけではないのでーーーー」


「ごめんなさい!?そんな言葉で伝わると思ってるのぉお!?雪柳さんは心に深い傷を負ったんだよ!?」


 私の声を遮るように紅葉さんは叫ぶように言う。

いや、こころに傷なんて負っていないんだけど・・・・・・。なにか勘違いをしているのではないでしょうか。

それに少し感情的になりすぎではないでしょうか。

 私の声も聞こえていないみたいだし。なにより、さっきからしゃべり方がおかしい。きっと周りのことが見えていないのだろう。

 さっきから紅亜ちゃんは大きな声を聞くたびに体を跳ね上がらせてびっくりしているし。

でも、そんな紅亜ちゃんも可愛い・・・・・・。

 私がそんなことを思っている間も紅葉さんは学園長に、ずっと暴言を吐き散らしていた。

そんな紅葉さんを見ていたら、なぜか私も感情的になってきてしまった。

自分のためにそんなにも父親を責めなくてもいいんじゃないかと思ったから。

だから今度は私が大きな声をだす。


「紅葉さん、神崎さん! もう私は泣いていないので大丈夫です!!」


 私が大きな声を出すとあたりはシーンと静まりかえった。

どこからか、水の流れる音がする。

その音だけが聞こえる中、この部屋にいる全員が私を見つめる。

 4人の注目のまととなった私は、急に恥ずかしくなり我に返った。

きっと私の顔は真っ赤だろう。でもここで黙ってしまったら学園長は紅葉さんにもっと暴言を言われてしまうかもしれない。そして最悪、喧嘩になってしまうかもしれない。

そう思ったら黙ってなんかいられない。


「も、紅葉さん。ほ、本当に大丈夫ですから。それ以上学園長さんを責めないであげてください・・・・・・」


「で、でもね雪柳さん、お父さんをこのままにしておいたらーーーー」


「こ、このままにしておいたらなんですか? ど、土下座を続けるかもしれないってことですか?」


「そ、そうよ? だからーーーー」


「だ、だからといって自分のお父さんにそんな事を言わないであげてください。そ、そのこんな事で喧嘩になってしまったりしたら、そのときこそ、わ、私、困り果ててしまいます・・・・・・」


「でもね雪柳さん?」


「でもねじゃないです!!」


 私はさっきよりも大きな声を出した。

これ以上長々と話をしたら、この件について終わらない気がしたから。

だからここで終わらせたい!


「確かに私は泣いてしまいました。それは私の理解が追いつかなくて混乱したからなんです! 決して学園長さんは悪くないんです! だから許してあげてください! 私のためにお二人が怒る理由も全然わかりません!」


「そ、そうなの・・・・・・?」


「そうです!」


 よし、なんだか終わりそうな雰囲気になってきた。このままの調子で終わらせなきゃ!


「だからもう終わりにして朝ご飯みんなで仲良く食べましょ? そのときに詳しい話を聞けば良いじゃないですか」


「た、たしかにそうですね・・・・・・」


「はい! 万事解決ですね」


「ごめんなさい・・・・・・、ちょっと感情的になりすぎて・・・・・・」


「はい、大丈夫です! ね、紅亜ちゃん?」


「ん~? わかんないけど、はやくごはんたべたい!」


 どうやら紅亜ちゃんは全然話を聞いていなかったらしい。

そりゃそうだ。幼稚園児からしたら、急に自分のお父さんが私に土下座をし、急に私が泣き出し、急にみんなが大声を出し始めた、そんな風にしか見えなかっただろうから。

と同時に、鹿威ししおどしの音が聞こえてきた。さっきの水の流れる音の正体はこれだったのだろう。


「はい!紅亜ちゃんの言うとおり、朝食にしましょう!」


こうして、この家の者ではないはずの私の言葉で朝食が始まることとなった。



 騒動が終わり私たちは朝食を食べ始めた。

紅亜ちゃんはそうとうお腹が空いていたのだろう。

 可愛らしいうさぎがプリントされた柄の小さなお茶碗に、たくさん盛ってある白ご飯をほおばっている。

しかし、さっきまで騒がしかった学園長は人が変わったように落ち着いてゆっくりと食べている。もちろん神崎さんも。

紅葉さんも落ち着いてゆっくり食べている・・・・・・と言いたいところだけど、紅亜ちゃん同様、白ご飯を口いっぱいに入れてたくさん食べていた。


「お嬢様、今日はたくさん食べますし、早く口に運びますね」


どうやらいつもの紅葉さんは、あまり食べなく、ゆっくり食べているらしい。


「だって、昨日夜ご飯たべてないんだもん」


あ、たしかにそうだ。昨日紅葉さんがなにかを食べている姿を見ていない。


「なんだ紅葉、昨日夜ご飯たべていないのか?」


 学園長も少し心配そうにいう。

成長期の娘がご飯を食べていないと知ったら心配にもなるだろう。


「だって、紅亜探しで忙しかったし、そのあともいろいろと・・・・・・ね、雪柳さん?」


「そ、そうですね・・・・・・」


私と紅葉さんは同時に顔が赤くなる。


「なんだ? なにかあったのか?」


「ご主人様、それ以上口を開かないでください。年頃の女の子にそんなに質問責めして、とんだ変態ですね」


「べつに質問責めなんてしてないだろ!」


神崎さん、ナイスフォローです。おかげで言わなくてすみそうです。


「だから代わりに私が、昨日のことを説明しますね」


「なんでそうなるのよ!?」

「意味がわかりません!」


紅葉さんと私は同時に叫ぶ。


「ふふっ、冗談ですよ」


本当に神崎さんは私たちをからかうのが大好きなようだ。


「そうだ、説明と言えば、お父さんはなんでさっき雪柳さんに土下座したの?」


紅葉さんは学園長に聞く。


「ん?ああ。それは後で話す」


「なんで今じゃダメなの?」


「今はこの、美味しい朝食を味わって食べたいからだ」


「・・・・・・それもそうね、じゃあ後で言ってね」


「ああ」


 結局私に土下座をしてきた理由は朝食を食べた後に話してくれることになった。

そんなに長くなる話なのだろうか。

 まあ確かにそんなことは後でいい。だってこの朝食、学園長の言うとおりとても美味しいんだもん。いったい誰が作っているのだろう?その人にお礼を言いたいぐらいだ。


「かんじゃき! きょうもごはんありがと!」


紅亜ちゃんがほっぺたにご飯粒を沢山つけながら神崎さんにお礼を言う。


「いえ、使用人としてあたりまえです」


「うん、神崎、ありがとうね」


「はい」


 続けて紅葉さんもお礼を言う。

ん?もしかしてこれって神崎さんが作っているっていうパターン?だとしたら神崎さんはなんでもできる、スーパー使用人?

 どうしよう、いたずら好きだけど本当は優しくて、料理も上手で、紅葉さん愛がすごい、使用人として非の打ち所がないすばらしい人に、私はいろんな事でお世話になってるなんて、今年の運をすべて使っちゃったんじゃない?


「あ、あの・・・・・・」


私は神崎さんに尋ねることにする。


「はい?」


「こ、この食事って神崎さんが、つ、作ってるんですか・・・・・・?すごく美味しいです・・・・・・」


「・・・・・・。いえ、私はこの部屋に料理を運んでいるだけで作ってはいません」


 あれ? 神崎さんが作ってるわけじゃないんだ。

じゃあ何で紅葉さんと紅亜ちゃんはお礼を? もしかして、運んでくれたことにお礼を言ったのかな。そうだったらこの家の人は、すごい律儀って事だよね。

 一般市民のわたしは、急に、ここにいては迷惑がかかってしまうのではないか、と感じてしまった。

そんなに礼儀も知らない私は場違いなのではないかと・・・・・・。


「なに照れてるのよ、神崎。美味しいって言われてるんだから素直に感謝すればいいじゃない」


「ちょ、お嬢様!」


 どうやら神崎さんが作っているということで間違いないようだ。

ていうか今の、照れていたんだ。いつもと顔が変わらないから分からなかった。


「雪柳さん、この料理は神崎が作ってるのよ。もっと褒めてあげて」


「そ、そうなんですか・・・・・・。か、神崎さんすごく美味しいです、ありがとうございます♪」


 料理を褒められて照れている神崎さんが予想以上に可愛らしかったので、いつもからかってくる事へのお返しもこめて、私はもっと恥ずかしがるようにお礼を言う。


「い、いえ、いつもやっていることなので。は、早く食べてください、早く食べないとお皿洗い手伝ってもらいますよ!」


 神崎さんは少し顔が赤くなった。また、それと同時に早口にもなった。

神崎さんが照れている。これは珍しいことのようで、紅亜ちゃんも学園長さんも箸を止めて神崎さんを見つめている。


「そ、そんなに見ないでください・・・・・・」

 

神崎さんはもっと顔を赤くし、下を向いてしまう。


「なんかきょうのかんじゃきかわいい!」


 紅亜ちゃんは、普段は見ない神崎さんの姿を見てすこし興奮気味になっていた。

学園長さんは、黙々とご飯を食べ続けている。でも、ちょっとだけ口元がゆるんでにやけていた。

 まあ、学園長さんも男だもんね。美しい女性の可愛い姿をみたら、にやけるのも無理はないだろう。

だが、紅葉さんだけは平然としていた。

あの学園長さんでもにやけるほどなのに、紅葉さんは何も思わないのだろうか。


「紅亜、ご飯は静かに食べなさい。別によくあることだからそんなに大声出さないの。わかった?」


「ん~? は~い」


よくある? どういうことだろう。


「よ、よくあるんですか?」


気になったため聞いてみる。


「うん。普段は、使用人だからこういう姿をあまり見せないけど、私といるときはよくあることなの」


そうか。仲が良く、一緒にいる時間が長い紅葉さんだけが知っていたことなんだ。


「どう、神崎? これがさっき私が味わった感覚だよ? 可愛い可愛い雪柳さんに褒められたり、秘密を知られたらすっごい恥ずかしいでしょ?」


「は、はい・・・・・・。これからは気をつけます」


 私は別に可愛くないんだけど・・・・・・。紅葉さんや紅亜ちゃんの方が、よっぽど可愛いのに。

でも、神崎さんのレアな姿を見れたし、これをきっかけに神崎さんが私たちをからかう行動も少しは減ると思うから、そんなことはどうでもよかった。



 神崎さんの可愛らしい姿を見た後、誰もしゃべらなくなり、私たちは朝食を静かに食べていた。

が、ここで私はとある事に気がついた。

私たちがお風呂から出たとき、神崎さんが


今日は泊まる許可を私のお母さんからもらった


といっていた。

 しかし、どうやって連絡をし、許可をとったのか。私は電話番号などを教えた覚えはない。

それについて私は気になった。

 まるで、一人暮らしをしている家に帰ったときのような静けさのなか、私は声をだす。


「あ、あの・・・・・・」


 静かな空間のなか、急にしゃべり始めた私を3人は凝視する。

紅亜ちゃんはそんな私を気にせずご飯を食べる。


「え、えっと・・・・・・」


 3人に凝視された私は急に恥ずかしくなった。

きっと今、顔が赤くなっているだろう。だって、紅葉さんと神崎さんの口元がちょっとゆるんだし・・・・・・。


恥ずかしがってる、ぷぷっ


と思われただろう。あと、今日は顔が赤くなることが多いなぁ・・・・・・。本当に恥ずかしい・・・・・・。

 でもこのまま黙り続けていたらなんの為に声を出し、なんの為に恥じらったのか分からなくなってしまうので勇気を振り絞って聞く。


「か、神崎さん、あのどうやって、わ、私の家に連絡したんですか?」


「連絡?」


「あ、あのえっと、昨日の夜の話です。ど、どうやって電話番号を知ったのかきになって・・・・・・」


「あぁ。普通にご主人様に聞いただけですよ?」


「え?」


 どういうことだろう。私は学園長と話したのは今日が初めてだ。もちろん電話番号を教えた覚えもない。

ま、まさか・・・・・・


「お父さん。雪柳さんのストーカーなの?」


私が思うや否や紅葉さんが聞いてくれた。


「すとーかーってなあに?」


「紅亜お嬢様、ストーカーとは雪柳さんのような美少女を追いかけ回して、迷惑をかけるご主人様のような変態な人のことです」


「そーなの~? じゃあ、おとーさんはへんたいなの~?」


「はい、そうです」


「ちょっとまてまて! いつから僕はストーカーになったんだ!?」


「昨日からですよ、ご主人様」


「いや、わけわからんから!」


「じゃあなんで雪柳さんの電話番号を知ってたの?」


「ストーカーだからでしょう」

「すとーかーだから!」


「ちがうって!」


 神崎さんと紅亜ちゃんは声をそろえて言う。なんだこのノリの良いぼけとつっこみは・・・・・・。

私はこの家族の会話に少し驚いた。


「ほら~、雪柳さんが顔ひきつらせてるじゃない~。ストーカーなんてやめてよね」


私の驚いていた顔は、学園長さんを白い目で見ているように見えたようだ。


「い、いえ別にそんな風には思って、な、ないですよ?」


「雪柳さん、そんなに気を使わなくても大丈夫だよ? 気持ち悪かったら気持ち悪いっていっても大丈夫だから」


「え、えと・・・・・・」


ど、どうしよう。紅葉さんと神崎さんと紅亜ちゃんに圧倒されて、本当はどうなのか聞けない。


「はいはい、ストップストップ!」


 学園長さんは手をたたきながら大きな声を出した。

それと同時にみんなは学園長さんの方を見て、静かになる。


「このままだと本当にストーカー扱いされそうだからおしまいにしよう、な? で、雪柳さ・・・・・・この子の電話番号を知っていたのは、あれだ、この高校の受験をする前に色々書類を集めただろ? その中からこの子の書類を探して、そこに書いてあった電話番号を教えただけだよ」


学園長さんは永遠に続くかと思われたこのノリを打破し、電話番号を知るまでの経由を教えてくれた。

それと、紅葉さんや神崎さんにまた怒られるのが怖かったのだろう。 雪柳様 と言いかけて、 この子 と言いなおしたのがなんだかおかしく、可愛かった。


「そ、そうだったんですね。あ、ありがとうございます」


 私はお礼を言いながら、がんばって笑顔を見せる。

すると学園長さんはなぜだか顔を赤くし、そのまま何もいわずにご飯を食べ始めてしまった。

私、何かおかしいことをしたかな・・・・・・?

 そんなことを思っていたら、


「でも、ここの高校を受験した人って多くなかった? よくその中から見つけられたね、お父さん」


「たしかにそ~だね~」


「もしかして雪柳様の書類だけ別にして保管していたとか・・・・・・」


 紅葉さん、紅亜ちゃん、神崎さんに続いて、また学園長さんいじりが始まった。

学園長さんはどんな反応をするのだろう。私も少し期待した。


「いやいや、そんなわけーーーー」


ピンポーン


 学園長さんが否定の言葉を言おうとした瞬間、インターホンを鳴らす音が聞こえた。

と同時に、学園長さんの顔が青白くなっていった。そして食事を止め、食器などを綺麗に整え始める。

そこにいるみんなは学園長さんのその行動を不思議に思い、首を傾げる。


「お父さん、どうしたの?」


紅葉さんがそう聞く。

だが、学園長さんは、


「静かにしろ・・・・・・!」


 と、さっきとは全然違う声のトーンになり、紅葉さんに命令する。

そのとんちんかんな答えに私たちは、もっと謎が深まった。


なんだろう、だれが来るんだろう。


 そう思っていると、ふいに部屋の障子扉が開き、ショートカットが似合う着物を着た小さな使用人さんがタブレット端末を持って入ってきた。

そして


「ご主人様、お客様です。この方を、お屋敷にあげられますか?」


 学園長さんに画面を見せながらそう言う。

画面を見た学園長さんは


「やっぱりか・・・・・・」


ため息混じりの言葉を発しながら立ち上がった。


「その方を通して、この部屋までの案内を頼む」


「かしこまりました」


 そう言ってその使用人さんは部屋から出ていった。

立ったままの学園長さんは急にそわそわしだし、同じところをぐるぐると歩きはめる。

 本当にわけが分からない。みんなの頭の上に 『?』 という文字が浮かんでいるように見える。


「ご主人様、お客様ですか?」


 最初に口を開いたのは神崎さんだった。

みんなが知りたいことを聞いてくれたので、私と紅葉さんはうなずいて同調を示す。

紅亜ちゃんはご飯を食べる。

 でも、学園長さんはその声が聞こえていないかのように、ずっと同じところを歩き続ける。

私たち三人は顔を合わせて、再度首を傾げる。

すると、学園長さんが急に止まり、


「・・・・・・きた」


 そう小声で言って障子扉の前に正座をし始める。

さっき私に土下座してきたときの姿にそっくりだった。

 私たちは足音を聞こうと耳を澄ませてみる。

すると、二つの足音と、紅亜ちゃんの


「おいし~」


という声が聞こえてきた。

 その足音の片方はさっきの使用人さんだろう。またその片方は、お客さんの足音だろう。

 なぜだろう。私はその足音に聞き覚えがあった。

大きな音を立てているわけでもなく、少しり足気味の歩き方。一定のテンポを刻んだ音。

 そして、この部屋の前で止まる。


「では、こちらの部屋になります。ごゆっくりどうぞ」


使用人さんの声と同時に障子扉が開き、そのお客さんの姿が露わになる。

そのお客さんは入ってきた瞬間


「あ、大和やまと。久しぶりだねー。元気にしてた?」


そう言って笑い出した。

 紅葉さんと神崎さんはそのお客さんが誰か分からないため、口を開けその姿を見つめる。

だが、私は違う。その人物を知っている。だれよりも。どんな人よりも。


「お、お母さん・・・・・・?」


私は動揺しながらそう言った――――。 


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