布石

「ところで、女王の様子はわかったか? せめて統治の体制くらいは」

「それが……正直なところ、実態は見えないのです。他国からやってきた官人が多数いるので彼らが政に関与しているのだと思いますが、何事も女王の指示として伝達されていて、どこまで本当に女王が考え命じているのかは外からでは……」

 シオンが戸惑うのも無理はない。狗奴国では特にアシナが政に参画していたという実績はなく、人々もそのような認識でいたため、アシナに政治能力があるとは思われていなかったからだ。

 それを踏まえると、やはりアシナは王の館に無理やり幽閉された状態で、お飾りの王として据えられているだけに違いない。アシナは確かに先王の娘だったが、王位を見据えた特別な教育は受けていないのだ。

 ただの王女だった彼女は、邪馬台国に集まった高官たちの好き勝手なやり方に唯々諾々として従わざるを得ないのだろう。改めて、タクマは腹の底が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

「アシナは館に閉じ込められているんだろう?」

 やりきれない怒りをなんとか面に出さないように尋ねると、意外にもシオンは首を横に振って否定してみせた。

「滞在中一度だけですが、女王の姿を見かけました。館どころか集落を出て視察をしていましたよ」

「……本当か!? どんな風だった?」

「遠くからだったので表情までは見えませんでした。ただ、決められた道を歩くというより、女王の行きたいところへ案内されているような感じだったかと。護衛の武人と、背の高い男が付き従っていました」

 背の高い男がどのような人物なのか、シオンにはわからないそうだが、護衛の方は常に同じ男だったという。もちろん、不測の事態に備えて、他の兵士たちも遠巻きに控えている。

これだけでも有益な情報に違いない。とりあえず、アシナは永久に館に閉じ込められているわけではないのだ。

 他にシオンが仕入れた情報は、倭国は早速、大陸の遼東太守へ朝貢の使者を派遣したということだった。シオンも過去に海を渡って交易を行った経験があるが、帯方郡は未知の領域だ。

「伊都国が配下にあるので、女王にとっては心強いでしょう。きっと女王に従わず自力で帯方郡へ遣使する国も出ると思いますが、基盤という点で勝るのは難しい」

 他にシオンが仕入れた情報は、倭国は早速、大陸の遼東太守へ朝貢の使者を派遣したということだった。シオンも過去に海を渡って交易を行った経験があるが、帯方郡は未知の領域だ。

「伊都国が配下にあるので、女王にとっては心強いでしょう。きっと女王に従わず自力で帯方郡へ遣使する国も出ると思いますが、基盤という点で勝るのは難しい」

 これまでもそういう国はいくつも存在した。王の命を受けた使節団が独自の航路と人脈で大海原に漕ぎ出し、半島だけでなく大陸の南部にも赴いている。狗奴国もシオンのような商人を使って、半島の最南端から最新の文物を取り寄せたり、技術者を招いたりしていた。

 だが、全ての国とはいわないが、倭国がある程度のまとまりをもって成立するようになった今、狗奴国が勝手に交易以上の交流を大陸と行うわけにはいかなくなる。倭国の外交はアシナの命により伊都国を通じて舵取りがなされるのだ。

 それでは困るとタクマは頭を悩ませた。

(いずれ僕が狗奴国王になった時、倭国と対峙するには大陸の後ろ盾が必要だ。今から道筋をつけたいけれど……)

 若い王子の顔に陰りが見えたので、シオンは気になって声をかけた。

「どうかされましたか?」

「ああ、ごめん。もっと交易のことが知りたいなと思って」

「私にできることならお手伝いしますよ」

「それなら……。倭国とは別の交易を追及したいんだ。しかも、半島じゃなくて大陸を目標にして」

 少し声を潜めたため、シオンは何かわけがあるのだろうと推測し、頷いた。

「別の交易を求める理由を教えていただけますか」

 タクマの真の狙いは、倭国と対等に渡り合うための権威を獲得することだが、それを素直に第三者に言うわけにはいかず、タクマは微笑みながら狗奴国の王子として模範的な答えを述べた。

「女王に、より珍しい文物や技術を献上したいんだ。それに、伊都国からの使者が持ち帰るのとは別の大陸の情勢も知りたい。ほら、そうすれば、多面的な見方ができて、倭国の方針の助けになるだろう?」

 さも良い考えだというふうに、タクマは少し自慢げに言ってみた。この演技が功を奏したらしく、シオンは感心して笑みを返した。積極的で忠誠心のあるこの王子が将来の狗奴国を率いるのであれば、シオンたち商人も安心して交易に励むことができるではないか。

 シオンは今度、王に報告する機会があるので王子の提案を伝え、遠出をする許可を得ることにすると、タクマに告げた。

「あ、もう一つ。王の承認をもらえたら、是非、狗奴国が親しくしている国々の交易人たちも誘ってくれないかな。こういう時こそ力を合わせて、新しい道を開拓すべきだと思う」

「良い考えです。北の半島に近い国々は航海技術に優れていますし、東方の国々にも協力を仰ぎましょう」

 最後に、万事お任せくださいと力強く言い、シオンはまた市の仕事場に戻っていった。

 数日経ってから、シオンの報告を受けた狗奴国王は息子が考えた大陸との交易計画を承認し、タクマに交易事業の責任者となるよう命じたのだった。

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西の女王を撃て 木葉 @konoha716

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