魔王様のベビーシッター

ちびまるフォイ

大きな大きな赤ちゃん

「はじめまして、今日のシッターを担当するものです」


「あら、よく来たわね。それじゃこの子をお願いね」


「え、この子って……」


「ええ。ちょっと大きいけど変なことはしない子だから大丈夫。

 私は今日1日、魔王の間をあけるからそれまで見ていてくれる?」


「はい、わかりました」

「お願いね」


シッターを任された私はこの異常な空間に目を奪われていた。

赤い玉座に、どくろのろうそく台。

まがまがしい雰囲気にのまれそうになる。


「まんま、まんま」


「あーー、えっと。はいはい」


彼女が戻ってくるまではシッターをしなければならない。

もし途中で放棄しようものなら、魔王で焼き尽くされても文句はいえない。


「えと、あやしかたマニュアルは……これね」


本の中にはシッターとしてやるべき行動が細かく書かれていた。

こういうのがあるとこちらも助かる。


「ごはんは、あーんじゃないと食べない。

 夜は一緒の布団で寝ないと寝付けない。

 寝る前にはひざまくらで耳かきって……なにこの甘えん坊」


「あーう、あーう」


「はいはい、わかったわよ」


しかたなくマニュアル通りに仕事をこなした。

マニュアルの文字が血文字になっているのもあり下手な抵抗は命を散らす。


最初こそ大変だったけれど、

シッターも初めてではないので寝かしつけるまで終わった。


「はぁ……疲れた。これでオッケーね。

 明日、あの人が戻ってくれば終わり」


魔王の玉座に腰を下ろして休んだ。

戻ってくるのは朝の9時だから、実質シッター業務はこれでほぼ終了。



翌日、朝9時になっても彼女は戻ってこなかった。


「……あれ!? どうなってるの!?」


最初はただの遅刻かと思っていたが、あまりに遅すぎるので心配になってきた。

さらに追い打ちをかけるように魔王の配下から報告が入る。


「大変です!! 魔王場入り口に勇者一行が攻めてきました!」


「えええ!? 私しかいないのに!?」


まさか、彼女は勇者に倒されてしまったのではないか。

そうなると、今いるのは私だけ。


「どうしよう……魔法なんて使えないし、まして戦闘なんて……!」


慌てる私の目に魔王装束が目に入った。

もうこれしかない。


私は魔王の衣装を身にまとって、威厳と力強さを誇示するように玉座へ座った。

即席の魔王が誕生。


お願い! お願いだからそのままUターンして!



ギギギギッ……。



私の願いもむなしく魔王の間の扉は勇者一行によって開かれた。


こうなったらなるようになれ。

私が完全に魔王になりきるしかない。


「クククッ……よく来たな勇者よ……。

 だが、むげに命を散らすこともあるまい。

 この魔王の手によって未来を失うか、ここで引き返して静かな余生を過ごすか選ぶのだ」


最高にドスのきいた声で勇者一行を脅した。

内心は「さっさと帰れ」と言いたい気持ちをぐっとこらえて。


勇者はじっとうつむいて何も答えない。

まさかやる気じゃないだろうか。


「どど、どうした? 恐れて何も言えないようだな?

 そのような状態では戦う前に結果は出ている。

 故郷の家族のもとに帰るがよい……!!」


私はぶるぶる震える声をぐっとこらえて勇者につげた。

うつむいていた勇者は顔をあげると、ぷっと噴き出した。


「あっはははは!! いやーごめんなさいね」


「あなたは……! 依頼者の!!」


勇者に扮していた彼女はカツラと勇者の服を脱いで、いつもの魔王直属の制服へと戻った。


「からかってたんですか!? もう! ひどいです!」


「ふふふ、違うわよ。あなたのシッターとしての素養を見極めてたの」


「素養……?」


「シッターといっても特殊でしょう?

 最後まで投げ出さずに、ピンチになっても自ら動ける。

 そんなシッターをずっと探していたのよ。あなたは最後まで逃げなかった」


「それじゃこれはテストだったってことですか」


「ええ、あなたは合格。これからもシッターをお願いできるかしら?」


「はい!!」


私はシッターで初めて最高の気持ちになった。

きっとこれが達成感なのかなと感じた。


「あの、ところで気になってたんですが……」


「なにかしら? なんでも聞いていいわ」









「どうして、シッター私の担当が赤ちゃんではなく、魔王(35)なんですか?」


魔王はまがまがしい体つきで幼児プレイを続けていた。


「まんま、まんまー!」

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