第4話 異世界転生チートが無けりゃこんなもん
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も不運な男キリュウアギトは酷い違和感を覚えていた。
何故、あんな真似が出来るんだろう?
自分の顔に迫ってくる、この黒ずんだ鉄球は、見た目に小玉スイカぐらいのサイズがある。
鈍いスパイクを何本生やし、短くて太い柄の先にくくりつけてある。
確かモーニングスターだったかな?
確か、そんな名前の武器だ。
なんで、こんな事を知ってんのか?
自分でも分からないけど、それにしてもデカい。
重さにして十五キロから、二十キロはありそうなのに、何でこの女の子は、こうも軽々と、しかも唸るように空気を裂きながら奮う事が出来るのかと!?
バボシュ・・・
鈍い音を立てて、キリュウアギトの頭が砂利のように砕けた。
♠
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も不運な男キリュウアギトは、奇妙な既視感を覚えていた。
目の前に女の子がいる。
左右に一振りずつ刀を握った女の子だ。
その刀が長い。
身長よりも遙かに長い。
斬馬刀とか、馬上刀とか呼ばれる種類の刀だ。
なんで、そんな事知ってるのか分からないが分からないが、この女の子はその長大な刀を自在に奮いながら死体の山を築いてる。
まるで死の竜巻だ。
そんな事を想った瞬間、キリュウアギトの身体が四つに切断された。
♠
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も不運な男キリュウアギトは、理不尽な思いに駆られていた。
何なんだあのドデカい銃は?
しかも、リボルバーで、装填数三発なんて有り得ない。
この世界の住人には、常識ってものが無いのか?
左右に一丁ずつドデカい銃を持った女の子は、次から次に仲間を血煙に変えている。
口径がデカいだけに、威力も半端ない計算だ。
銃声というよりは、火山噴火の想わせる轟音に身を震わせながら、キリュウアギトはじっと待った。
一発、二発、三発・・・
一発、二発、三発・・・
今だ!!
物陰から飛び出した瞬間、二丁の銃から、全く同時に白煙が噴き出した。
なんで弾が入ってんの?
理不尽な思いに駆られ瞬間、キリュウアギトの身体は真っ二つに千切れ飛んだ。
♠
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も不運な男キリュウアギトは困惑していた。
何で人型なんだ?
戦闘兵器なのは分かる。
自分の世界にも、戦車に、戦艦、航空機と、沢山あった。
しかし、人型のロボットなんてのは一つも無かった。
有り得なかった。
いったいこの形に何のメリットがあると言うのだろうか?
マニピュレーターなんて、物が掴めればそれで充分な筈なのに、なんで人間を模して五本指にする必要がある!?
しかも、この状況はなんなんだ?
異世界からの旅人よ君なら出来る、と訳も分からず乗り込まされて、戦場のそれも最前線に駆り出された。
出来るも何もロボットなんて初めて見たし、レクチャーもなんも受けてない。
せめてマニュアルぐらい渡して欲しい。
武装がビーム兵器ってなに!?
熱源兵器なのは分かる。
その熱源がレーザーなのか、過電粒子なのかが分からない。
しかも、色が着いてる。
赤に、青に、緑と、ピンクまで。
なんてファンシーなんだ。
操縦桿を握っても、ロボットはピクリとも動かない。
ペダルを踏んでも、うんともすんとも動かない。
スピーカーから雑音混じりの悲鳴と罵声が聞こえて来る。
なんだ?
モニターに目をやると、爆炎が地平線を赤く染めていた。
細身のロボットが、眼で追えないスピードで友軍機を次々と撃破していた。
その両手に、ビームサーベルが装備されている。
光の束を、どうすりゃ刃に変えられるんだ?
そんな事を考えてる間に、キリュウアギトは消滅した。
♠
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も以下省略。
動けない。
ビクともしない。
総重量百キロはある鎧の中で、キリュウアギトは踠いていた。
この鎧は、いったい何なんだ?
重さは百キロ近くあるのに、むやみやたらに突起が多くて機能美というものが欠片も無い上、妙にタイトで遊びが無く、身体にぴったりフィットしてる。
これを設計したヤツは、間違い無くバカに違いない。
ああ、まただ。
キリュウアギトは諦めた。
また彼女に違いない。
細身で小柄な重戦士が両手に戦斧を携えて、血飛沫を舞い散らせながら、縦横無尽の殺戮を行っていた。
さっさとやってくれ・・・
そう覚悟を決める間も無く、キリュウアギトの頭が兜ごと叩き割られた。
♠
恐らく、今、この瞬間以下略。
ガバゴボゴバゴバ
いきなり水の中に放り込まれたキリュウアギトは溺れていた。
誰か助けて。
そう想った瞬間。
猛スピードで迫った女の子に、二本の銛で刺し貫かれた。
♠
恐らく、省略。
宇宙船空間は無理。
女の子に出会う間も無く、キリュウアギトの肉体が四散五裂に破裂した。
♠
略。
キリュウアギトは焦っていた。
おかしい、絶対におかしい。
デジャブにしてはリアル過ぎるし、悪夢にしては頻繁過ぎる。
絶対何かが間違ってる。
いったい何が起きてるのか分からない。
分からないから、もう何もしない。
寝る。
もう寝るしかない。
戦場に出れば、アイツが必ずやって来る。
両手に武器を握ったツインテールの悪魔が、必ず命を狙ってやって来る。
だから寝る。
何もしなけりゃ、何も起こりやしないだろう。
天井を見上げた。
その瞬間、両手に短剣を握った女の子が振って来た。
♠
天国。
真っ白な雲の隙間から、神様が下界を覗いていた。
『あ~ぁ、ありゃ駄目だな』
お茶を運んで来た天使が呟いた。
『最近、あーゆー人が多いですね。嘆かわしい』
『うむ、異世界転生さえすれば、なんでも自分の思い通りになると信じる愚か者が増えて困る』
神様が長い髭をしごいた。
『自分の優しい世界で活躍出来なきゃ、異世界の厳しい現実で生き延びる事なんて出来ないんですけどねえ』
『願い事も具体性が無いからのう。そのまま生身で放り込むしかない』
『その点、彼女は優秀でしたね』
『うむ。あの子は自分の世界でも活躍したからの。ビジョンがはっきりとしておった』
『無限の世界で、永遠に戦いたい。不老不死に無尽蔵の体力と気力、武器のエキスパートでしたね』
『何が楽しいのやら、理解に苦しむよ』
神様が頭を左右に振った。
♠
恐らく、今、この瞬間、地球上で最も不運な男キリュウアギトは逃げていた。
ツインテールの悪魔から逃げていた。
無限に続く平行世界の果てまでも、永久に続く異世界転生の果てまでも・・・
エルフの耳『宮明寺勝大 短編作品集』 富山 大 @Dice-K
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