第3話 A.I.の理


 全ての自動車にA.I.を。

 安心と安全。

 自動車事故ゼロの社会の実現のために。


「急げ、急げ」

 激しく怒鳴る声と共に、激しくドアが閉じられた。

「速く、速く、速く」

「分かってる、黙ってろ」

 スイッチを押したがエンジンが掛からない。

「何だ、どうした」

「こんな時に、故障かよ!?」

 何度もスイッチを押す。

 掛からない。

 頭に来た男が殴りつけた。

『シートベルトを着用されてください』

 車のスピーカーから、男たちの神経を逆撫でする落ち着いた声が流れて来た。

『シートベルトを着用されてください、シートベルトを着用されてください、シートベルトを……』

「うるせえ、黙れ」

「お前こそ黙れ。シートベルトを着けろ。じゃないとエンジンが掛からねえ」

「ええい、くそ、こんな時に」

 もう一度スイッチを押した。

 うんともすんともいわない。

「なんだよ、なんでだよ」

『シートベルトを着用されてください、シートベルトを着用されてください』

「お前等もだよ」

 振り向いた男が怒鳴った。

「オレ達もかよ!?」

「さっさとしろ」

 後部座席にぎゅうぎゅう詰めにされた連中がシートベルトを締める。

 エンジンが掛かった。

 一気にアクセルを践んだ。

 急加速でシートに身体が沈み込む。

「よし、行けェェェ」

 助手席の男が歓声を上げた瞬間、


 キュッと、


 軽い音を立てて車が止まった。

「なんだ!?」

『前方不注意にご注意ください、前方不注意にご注意ください』

「ああああああ、うるせえ」

 頭を掻き回して窓を叩く。

「やめろ、割れたらどうする」

 バックギアに入れ、アクセル全開。

 ホイールから白煙を噴きながら180度旋回。

 一気に加速。

「行け、轢き殺せ!!」


 キュッ


 再び停車。

「なんだよ、どーなってんだよ」

『前方不注意にご注意ください。前方不注意にご注意ください』

「囲まれた、どこだ、どこへ行けば」

「歩道だ、歩道を走れ」

 ハンドルを切り、歩道に乗り上げた。

 瞬間、エンジンが止まった。

「なんだよ」

『車から降りてください。車から降りてください』

「冗談だろ、冗談じゃねえよ」

「おい誰だ、ドアを開くな」

『車から降りてください、車から降りてください』

「おい、やめろ。掛かれ、掛かれよ」

 スイッチをデタラメに押す。

 無理だ。

「うわ、やめろドアを閉めろ」

「なんだよ相手はゾンビなんだ。轢き殺したって。うわぁ」

 A.I.に、人間とゾンビの区別はつかなかった。



  全ての自動車にA.I.を。

 安心と安全。

 自動車事故ゼロの社会の実現のために・・・

 安全神話に守られた地球は、ほんのチョッピリ静かになった。



 


 

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