さよなら2001年
guestman
さよなら2001年
特殊長距離航宙ロケット、ミレニアム。
通常のロケットよりも遥かに長い距離の移動のため、異様なほど巨大に造られたスペース・ロケットである。
丸く尖った先端から細くゆるやかに伸びた流動的なフォルムが、岩石のようなブースターがへばりついている腹部において寸胴のように太くなっていて、下部にもシャンデリアのように等間隔に枝分かれしたブースターが取り付けられている。
というふうに何やら奇妙な造形をしたそれは、それらのブースターを目測で取り除いてみてもなお異様な巨大さであり、その奇妙な造形も結局失われないようである。
ロケットの発射準備が行われているなか、その様子を一望できる位置にあるバルコニーで、白衣の人物と上下黒い服を纏った男が話し合っている。
「このロケット―――ミレニアムは通常より大型であるため、大気圏突入時に必要な推進力も相対的に大きくなります」
「目的が目的だからな」
「それもありますけど……とにかく、そのために設計時は二段だったブースターを三段に変更しています。その点も含めてミレニアムは急造ではありますが、ウチ以外の技術者も、大手企業などから多く派遣してもらいました。みな最高の人材だそうで。…だからといって、命の保証はできないわけですが」
「それは承知の上だ」
「ですよね………上層部は幾ら失敗しても構わないと言っています。おそらく、これもきっと届かないと思ってるんでしょうね」
「関係あるものか」
男は表情を変えない。
「それより、これが失敗したときはどうする気だ。わざわざこんなことのために宇宙まで行こうという奴がいるものなのか。給料が出るわけでもないだろうに」
「まあ、ボランティアみたいなものですしね。まぁ貰ったところで意味はないでしょうけど……」
二人は眼前でこんこんと調整されるロケットの中腹あたりを見つめた。
「というか、失敗する気でいるんですか?」
「古人曰わく、常に三歩先を読め」
「転ばぬ先の杖、というのもありますよ」
「転ばぬ先の杖なんぞ要らんと言えればいいんだろうがな」
男は空を見る。
「如何せん、大気圏が邪魔だ」
「そこは心配要りません。その大気圏を乗り越えるためのブースターですし、発射域には限定的ですがフロンを使いオゾン層に穴を開けます」
「条約違反ではないか」
「そうも言っていられないんでしょうね…。実質、オゾン層は大きな障害ですし。それに、専門家の同伴で使用しますんで、一般には悟られることもないでしょう」
「まあ、環境問題なんぞもう関係なくなるか」
「成功すれば、ですがね」
ミレニアムの役割はある目的のため宇宙に上がることにある。その、ある目的とは何なのかという話は置いておいて、まずミレニアムのような大質量ロケットが宇宙に上がる方法、というか過程を説明したい。大して興味関心を持たれないというなら、次の段落まで飛ばして読んで問題ない。物語の根幹に関連する話ではない。
まず下部に取り付けられた第一ブースターは特に機体の安定を保つためのもので、足が枝分かれしているのもその役割のためである。これは大気圏に突入する前に外される。
次に第二ブースターだが、そもそもミレニアムは自身の質量を飛ばすだけの推進力は持ち合わせており、第二ブースターはあくまで補助輪のようなものだ。その推進力たるや、通常の多段ブースターが束になってもかなうかどうかといった具合である。しかしそれはあくまで“直角に対する推進力”であり、大気圏突入時の入射角の調整などをこの第二ブースターで行うわけだ。ちなみに第三ブースターは大気圏突破後、宇宙空間で失速してしまったときの保険程度のものである。
長々と話してしまったが、要するにひどくややこしいロケットなのだ。
その日、夜の明けないうちにミレニアムは完成した。
後は細かい調整などをこなして、打ち上げの時を待つばかり。
男は施設内にある会議室のうちの、無意味に広い部屋に呼び出されていた。
中には例の男と、高めのスーツを着こなす男――政府の役人が立っている。
「ふむ、ミレニアムはどうやら完成したようだな。では、今日中には発射する予定だから、これから移動してくれ」
「ひとつ、聞きたい」
男はじっと前を見据える。
役人は、溜め息をついて言う。
「……何だ?できれば早いうちに済ませてくれ。全人類が待っているのだから」
「俺が行った後、この世界は一体どれだけ持つのか。それが知りたい」
「そんなこと…お前には関係ないだろ?分かるわけもあるまい。なにせ、人間とは…」
「ごたくはいい」
男は表情を変えない。
「……、では教えよう。愚かな人間共はこの先も倍々ゲーム的に増え続け、地球という環境――資源を食い尽くすだろう。性懲りもなくな。その期間はおそらく千年、五百年、二百五十年…という具合に、だんだんと短くなっていくはずだ。残念だがね……」
「だが、無駄にはならないはずだ」
「ああ、我々もそのあいだに“これ”以外の方法を見つけてみせるさ…まったく、一緒に実動部隊にいたころからこの任務に志願した今まで、お前にはかなわん」
「別に対立したわけでもないがな」
役人は重たそうに椅子に腰を下ろした。
「……しかし、“リセット”などと…そんな子供じみたやり方をとりたくはなかったがね」
「まったく」
男は表情を変えない。
その日の夜、11:00。
ミレニアムは発射準備が整い、各地では多くの人々がその瞬間を待っていた。
あるテレビ番組。
「さあ、皆様!ついにこの時がやってきました!人類が牽引する、新時代の幕開けです!」
地鳴りのような、観客の祝福の声が鳴り響く。
ある王政国家。
「諸君!二千年の夢がついに覚めやらんとしている!そして、私こそがその夢から醒めた世界を導く先導者となるのだ!」
観衆の歓声は、大きなうねりを呼ぶ。
ある過激派宗教団体。
「同志よ…!ついに我等が神、モレク神がこの世界に終止符を打つ!そして、新たなる聖世界の扉が開かれるのだ!さぁ、いまこそモレク神に生贄の血を捧げよう!」
生贄の叫びが、上昇気流のように教徒たちを高揚させる。
さて。
男は浮き足立つ世界をよそに、一人ミレニアムのコックピットに居た。
もっとも、テレビなど無いし、王政国家に生まれたわけでもないし、どこの宗教にも属していないわけで…
そう、新時代の幕は、王でも、神でも、MCでもなく、彼が開けるのだ。
「オゾン層はどうなった」
男が言う。
『ミレニアムに対して垂直に穴が空きました』
通信が応える。
「周辺の状況は」
『無論、人っ子ひとり居ません』
「ブースター」
『第一、第二、第三、全て正常に作動。第一ブースターエンジン始動。あと三十秒で発射準備完了』
『各計機、オールグリーン』
『入射角最終チェック……O.K.』
『パイロット?』
「準備完了」
男は表情を変えない。
研究所。
「…いよいよですね……あの人は一体全体何を考えていたのでしょうか」
白衣を着た青年は、ミレニアムに乗っている男の姿を想像する。
「感情のないようには、見えなかったんですけどね……」
その男はやっぱり、これまでと同じような無表情を浮かべていた。
政府官庁。
「わからないこともあるものだ。あいつが世界を救うとはな…」
政府の役人は、椅子に座りながら窓の外のミレニアムを眺める。
「………目的を果たすため、邪魔な人間としての感情を殺し、従事させる。所謂“更生”プログラム…生贄としては、良いのかもしれないがね」
彼の記憶のなかでは、男は怒りっぽくて短気で、でも気の良い奴だった彼のままなのだ。
きっと、いまでも。
人類二千年。
ちりも積もればなんとやら、せいぜい五十年の人間ごときが、思えばここまで来たものだ。
コロンブスの金の卵はアメリカ・インディアンであったとか中国なんかが中華の歴史は四千年とか言うものだから、地球はストレスが溜まり過ぎてとうとう爆発しそうなのであった。
……というのは比喩表現であるが、とにかく地球環境は爆発しそうなくらいに限界を迎えていたのだった。
細かい話はおいおい………。
「エンジン並びに第一ブースターフル稼働。第二ブースターに点火、始動。高度演算機、垂直方位演算機は正常に作動。自動推進、自動方位調整、並びに光エネルギー受信機能の各オートパイロット正常に機能」
男はミレニアムに座り、もう一度最終チェックに入った。
宇宙服は着けていない。着ける意味がないからだ。
「第三ブースターは常時作動可能。ミレニアムの特殊跳弾装甲“バインド・バウンド”を展開。電力備蓄機関フルチャージ。以下より、自動航宙の準備完了」
通信室との連絡を切ったため、コックピットには彼一人。
一人。そう。独り。
ひとりぼっち。
ひ
と
り
き
り。
と、表現方法を色々と変えてみるのだが……、
それでもやはり、男は表情を変えない。
カタストロフ。
細かい話は面倒なので、短くまとめると、つまるところこの一語に尽きる。
この世はもうまさにカタストロフ、日本語でいう終焉の時なのだ。
そう、終焉。ノストラダムスの人類破滅の大予言である!
………ゴホン。
まあとにかく、ノストラダムスの予言は、時間のズレと恐怖の大王という点を抜きにすれば、見事当たっていたということになる。
重工業の発達により深刻化する環境破壊、大量生産・大量消費社会における環境破壊、若者たちのエコ意識の低下による環境破壊…。
一に環境破壊、二に環境破壊、三四がなくて、五に環境破壊!
………ゴホン。
とにもかくにも、どうにも首の回らなくなった人類は、知恵を振り絞って一つの方法を考え出した。
地球の過去の穢れを“物理的に”取り除き、環境、資源、その他諸々をクリーン化する………。
それこそ、“リセット”。
ミレニアム発射三十秒前。
何も知らない大衆はただ騒ぐのみ。
男はミレニアムの中で、ただ一人。
時間は刻一刻と迫る。
そして、ついに、ミレニアム発射十秒前。
それはつまり、二十世紀の終焉の十秒前。
新時代の幕開けの、十秒前。
「じゅーーーう!」
どこかでだれかが叫んだ。
「きゅーーーう!!」
それに続く大衆。
「はーーーち!!!」
子供も。
「なーーーな!!!!」
大人も。
「ろーーーく!!!!!」
怒号のように。
「ごーーーお!!!!!!」
大山鳴動するがごとく。
「よーーーん!!!!!!!」
町じゅうに響き渡る。
「さーーん」
赤ん坊を抱いた母親も。
「にーーーーい!!!」
酔っ払いのサラリーマンも。
「いーーーーーち!!!!!!!!」
世界中の人間が、新時代を望んだ。
「ゼロ、発射!」
そして、彼も。
ミレニアムが飛び立つ。
周囲から大歓声が響き渡る。
地上が離れていっても、小さくならないように感じられる。事実、地球は各地からの歓声、怒声、叫声に包まれていた。
その押し出されるような声を受けて、ミレニアムは進む。
そして…
「離陸成功。垂直に飛行を続ける……オゾン層の穴を確認。第一ブースター切り離し、第二ブースター出力上昇。軌道修正右に三度…穴を無事通過。大気圏を突破」
ミレニアムは進む。
「熱圏を突破。宇宙空間に到達。このまま、全速力で前進」
そのスピードで、地球の穢れを全て引き連れていく。
「再びエンジンを最大出力、第三ブースターに点火。このまま地球の穢れを全て引き剥がす」
ミレニアムが発進する準備を整える間際、地球を見つめて男は思う。
地球は白黒の過去を剥がされ、青く光り輝いている。
人間の幸せが、日々の給料のようにいつも変わらずもたらされる訳ではないのだろうが、
願わくば、この青光だけはいつまでも絶えぬように。
男は表情を変えて。
少しだけ笑みを浮かべながら、そう思った。
そしてミレニアムは穢れを連れて進み、地球はどんどんと遠ざかっていく。
さよなら。
さよなら、地球。
さよなら、人類。
さよなら、新時代。
さよなら、2000――――――――――
―――1年。
さよなら2001年 guestman @guestman
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