第11話
タクシーの運転手は、新聞を睨みながらラジオで競馬中継を流していた。俺が近づくと運転手は顔を上げ、窓を開ける。
「用事は済みましたか?」
「ええ、おかげさまで」
時刻は午後五時前後といったところだった。タクシーの後部座席にぐったりと身をもたせかけながら、大きく、そして深く息を吐いた。
「お疲れのようですね。赤城駅までで大丈夫です?」
運転手に大丈夫だと返事をする。それきり会話は途切れたが、俺の頭にはまだ女良の言葉が反響していた。
『――そう言い残して、結城さんはこのKAIから抜け出しました。分かりましたか、真城さん? 地球だけではありません、今はこの宇宙全体が、割れゆく花瓶をスローモーションで再生している状態に過ぎないのです。わたしたちがどう足掻いたところで、その破壊は不可逆なんですよ。わたしたちにできることは、ただ精一杯今を生きること、それだけなんです』
神は、いた。俺の想像通りに、確かに神という概念は存在していたのだ。
常々俺は不思議に思っていたのだ。刻々とタイムリミットは迫ってきているというのに、世界はこうして回り続けている。何の不備もなく、ただただ平然と営みが途切れることなく続いている。閉塞した世界に嫌気がさしてはいるものの、何故か誰も滅亡といういずれ現実となる事実に震えている者はいないのだ。
まるで、人類全体がさめているかのように。
「なあ、結城さん……あんたはひょっとして」
目をつぶり、今はもうこの世界にいない存在を思って呟く。
「どうかしましたか?」
「いいえ、何でも。少し眠りたいので、着いたら起こしてください」
◆◇◆◇◆
タクシーは夜道を進んでいく。様々な民家の間をすり抜けるようにして、やがてタクシーはコンクリートで舗装された道路へと合流した。しばらくすると交差点が見え、信号機が赤のためにタクシーは一時停止する。何台もの車がタクシーの前を通り過ぎ、それぞれの場所へ向かって突き進んでいた。そこに淀みはない。
滅びが迫ろうとも、世界はいつもどおりに回っていた。
世KAI鍵 桜人 @sakurairakusa
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