ゴミ捨て場でフォーリンラブ

逢神天景

ゴミ捨て場でフォーリンラブ

「あ~……今日も行ってしまった……」


 私の名前は美空咲。この春から一人暮らしをしている大学一年生だ。

 念願叶って東京の大学に入学できたが、いざ一人暮らしを始めてみると自分の実家がいかに田舎だったか思い知ることになった。

 ……いや、分別多すぎるでしょ。なによ、四種九分類とか、覚えられるか! 燃えるゴミと燃えないゴミだけでいいじゃない!

 自分の田舎が緩かったのは認めよう。最近は、田舎でも厳しいところはあるらしいし。

 でも……慣れない。


「うぐぅ……誰か、毎朝教えてくれないものかしら……」


 またもため息。

 恨みがましい目でゴミ捨て場を見るけど、ゴミ捨て場が何かを言ってくれるわけじゃない。というか、そもそもゴミ捨て場が私にゴミを出す日を通知すべきじゃないからしら。

 毎朝、毎晩通ってるんだから、私のことも覚えてるでしょ。まったく、職務怠慢というか、お役所仕事というか……。

 ……はあ、自分でも何を言ってるか分からなくなってきた。スマホを使うのは苦手だけど、前日にアラームでも設定しようかしら。たぶんアラームをスルーして寝てるけど。

 なんて益体も無いことを考えていると、ドサリ! とまるで人でも落ちてきたかのような音がした。ゴミ捨て場の方からだ。


「な、何かしら……」


 恐る恐るゴミ捨て場を見に行くと……そこでは、何故か青年が寝ていた。


「……え」


 目をこする。いかんいかん、ゴミを捨てられなかったから、幻覚を見ているらしい。ストレスって恐ろしいわね。

 私はこう見えても視力はいい。両目とも2.0だ。その私が見間違えるなんて。

 深呼吸をして、もう一度ゴミ捨て場を見る。

 金髪の、イケメンが、落ちていた。しかも、裸で。


「うええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」


 思わず、淑女らしからぬ叫び声をあげる私。

 いや、誰だってビビるでしょ!? しかもイケメンだし! イケメンだし!

 金髪のイケメンが裸でゴミ捨て場に落ちている。あまりにもシュールな光景に私の頭はパニックを起こし……気づいたら、彼を部屋に連れ込んでいた。





「えーと……まず、水を用意して、と」


 私はベッドに彼を寝かせると、コップに水をついでこようと立ち上がった。

 ……なんで裸なのかは分からないけど、おそらく酔っぱらってゴミ捨て場で寝ちゃったんでしょ。こんな朝早くから飲んでるとは思えないから、昨日の夜から。

 けど、彼はイケメンでよかったわね。これがブサメンだったら、私迷わず通報してるもん。


「お水……水道水でいいかしら」


 そんなことを言いながらコップを用意していると、彼を寝かせたベッドから「うーん……」と声が聞こえてきた。起きたのかしら。


「あ、起きた? 安心して、ここは警察じゃないから」


 ここで助けて恩を売って、このイケメンを彼氏に!

 ……という気合を持って、抜群のスマイルを彼に向ける。さっき部屋の中も掃除しておいたし、寝ている間に化粧直しもバッチリだ。


「ああ、あなたは……美空咲さん、ですか?」


 ニコリ、とほほ笑むゴミ捨て場の彼。そのさわやかな笑顔に、私の心臓は早鐘をうつ。やばい、イケメン過ぎる。山崎賢人とか、斎藤工とか目じゃないわ。三浦春馬ならギリギリ肩を並べるくらいかしら。

 ……って、なんで私の名前を知ってるのかしら。


「あの……美空ですけど、なんで私の名前を?」


 こんなイケメンに覚えてもらえるほど、私は美女じゃない。友人曰く、「合コンとかだと、八割くらいの男の子から『俺でもイケる』と思われるくらいの顔」らしいからね。誰がお手頃な顔よ。


「毎朝、会ってるじゃないですか」


 しかも毎朝?

 ……通学の電車で一緒とかかしら。でも、こんなイケメンが一緒の電車に乗っていたら、誰だって気づくし、私なら彼の目の前でハンカチを落としてる。

 不思議そうな顔をしていたからだろうか、彼がにっこりと……先ほどまでのさわやかな笑みではなく、背筋が凍るような笑みを浮かべた。


「先ほど、ボロクソ言っていただいたゴミ捨て場ですよ」


 ……このイケメンは何を言ってるんだろう。


「ちょっ……えっと、まだ酔ってるのね? ほら、このお水を飲んで――」


「信じられないんですか?」


 今度は一転して、悲しそうな目を向けてくる……ゴミ捨て場の彼。

 イケメンにそんな顔をされて「うっ……」と怯むが、しかしそんな妄言を信じるわけにはいかない。妄想は信じちゃいけないって婆ちゃんが言ってた。

 私が言葉に詰まっていると、彼は「仕方ありませんね」と言い、ポン! と煙をあげた。え、なんで煙が……?

 煙が晴れたそこには、なんと猫耳が生えた、枕くらいの大きさの、かわいらしい生物がいた。


「この姿なら信じてもらえるテテー? テテの名前はテテ! ゴミ捨て場の付喪神……まあ、妖精みたいなものテテー」


 しかも声が甲高くなってる! 小っちゃい! 可愛い!

 私がもふもふしようと抱き着くと……また煙をあげてイケメンに戻った。い、イケメンがこんなに近くにいると緊張する! 離れないと!


「というわけで、ゴミ捨て場の妖精です」


「ゴミ捨て場の妖精がイケメンになって私の前に現れるとかもうホントご馳走様です!」


「動じませんね……まあ、いいです」


 溜息をついたゴミ捨て場の彼、もといテテは……それはそれは、美しくも妖艶で、それでいて恐ろしい笑みを浮かべた。


「先ほど、職務怠慢とかお役所仕事とか散々言われましたので……あなたの前に現れた次第です」


 あ、ヤバい、これめっちゃ怒ってるやつ。


「え、えっとその、それは八つ当たりというか、本音じゃないというか、まさか妖精がいるなんて思ってなかったというか、そもそもなんで金髪のイケメンとして現れたんですかというか……」


 しどろもどろになって言い訳をするが、テテの笑顔は一ミリも崩れない。


「問答無用です」


「う……」


 とても素敵な笑顔なのに、どうしてこんなにも背筋が凍るのかしら……。

 というか、このイケメン、いまだに全裸なんだけど……これ、はたから見たらどんな状況なのかな……せめて服くらい着てもらいたい。

 なんて、私が全力で現実逃避をしていると、彼はその笑顔のままとんでもないことを私に言ってきた。


「貴方が、きちんとゴミ出しを出来るようになるまで……家で、監視させていただきます」


「え……」


 こ、このイケメンと同棲!?


「ちなみに、お風呂場をのぞいて『きゃー』とか、一緒の布団で寝て『ドキッ』とかいう展開にはなりませんのであしからず」


 希望を潰された。


「では、明日からよろしくお願いしますね」


 ニコリと笑うテテに、私が返せる言葉なんて肯定しかないわけで……。

 こうして、私はゴミ捨て場の精霊であるテテと一緒に暮らすことになったのであった。






 そして一か月後。


「遅いです」


 ガン! と頭に何かが落ちる衝撃がして、私は目を覚ました。


「うぇらぶるっ!」


 バッ、と起き上がると、目の前にはフライパンが……。


「どんな声ですか」


「うう……テテこそ、なんでこんなに早いの……?」


「ボクは妖精ですから、睡眠は必要ないんですよ。貴女こそ、どうしてこんなにもぐーすか眠っていられるんですか? 何故か教えてあげましょうか、貴女が昨日の夜にずっとTwitterを監視していたからですよ。もっと早く寝なさいとアレほど言っておいたはずですが、何故こうも自堕落な生活を送れるんですか?」


 起き抜けに浴びせられる、容赦のないお言葉。最近はそれすらもいいと思えるようになってきてしまった。ツラい。


「いや、その……好きなアニメの最新情報が……」


「それは睡眠と引き換えにしても有り余る有益な情報なんですか?」


 ダメだ、まなざしが絶対零度。


「さて、では今日もレッスンですね。まずは美味しいお味噌汁の作り方から」


「ええ~……」


「その代わり、晩御飯はボクが作ってあげますよ。何がいいですか?」


「牛丼!」


「……また貴女はカロリーの高いものを……」


 溜息をつくテテだけど、なんだかんだ言って作ってくれるから優しいよね。


「では、まずは包丁の握り方から」


 レッスンは優しくないけど!

 最初は、私が朝起きられるようになるだけでいいかと考えていたみたいだけど……私のあまりの生活能力の低さに驚愕したテテは、「貴女を……最低限、今後一人暮らしが出来るくらいにはしてあげないと……」と絶望した表情で決意を固めてくれた。

 いやホント、片付けくらいは出来るんだけどね? 如何せん他がね……。


「ここまで生活能力が無いと呆れますよ。ほら! お味噌をそのまま入れない!」


「う~……も、もっと優しく教えてよ……」


「ダメです。貴女は優しくするとつけあがりますから、これくらいで十分です」


 またもピシャリト叩かれる。こうやって叩かれるのも、若干嬉しくなってきた。

 まあいいか、イケメンと一緒にいられるんだから、こうして教えてもらうのも悪くない。テテの料理は絶品だから、それが待ってると思うと一日の授業も頑張れる。

 ほどなくして、お味噌汁は完成した。テテ曰く「まだまだ」らしいけど、私にしては頑張った方だと思う。


「そうそう、テテ。今日は私、バイトだから」


「そうですか。では、お風呂は沸かしておきますね。何時ごろに帰ってきますか?」


「たぶん、九時前かな」


 なんて会話を、二人してちゃぶ台に座って朝ご飯を食べながらするのが最近の日課。

 こうして誰かとご飯を食べるのは久しぶりだけど、やっぱりいいものだ。テレビしか喋ってない部屋で一人で食べるよりも、よほど美味しく感じる。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様でした」


 二人して手を合わせる。


「洗い物はボクがしておきますから、ゴミを捨ててきてください。今日はなんのゴミの日ですか?」


「新聞紙!」


「よろしい」


 笑顔を見せるテテに、私も心の底からの笑顔を向ける。

 なんて平和な日常、なんて幸福な日常。家に帰ると「お帰りなさい」と言われるのがこんなにも嬉しいことだとは思ってもみなかった。

 最近は、ずっとゴミの出し忘れも無いし、料理も出来るようになってきたし、勉強も楽しくなってきたし、バイトだって順調だ。

 というか、何よりあんなイケメンが家にいる生活――なんて素敵なんだろう。今度、友達に彼氏だって言って紹介してみようか。どんな反応をされるだろうか。

 毎日お世話をしてくれているテテには本当に頭が上がらない。これはもう、職務怠慢なんて言えないわね。

 そうやって浮かれながらゴミを出し、スキップしながら家に帰ると――


「っ! テテ!?」


 なんと、テテが会った時と同じように倒れていた。

 私は急いで助け起こし、ベッドに寝かせる。出席が必要な授業は、友達に代返を頼み、今日は休む旨を伝える。

 どうしたんだろう……。

 心配になるけど、私が出来ることは特にない。妖精専門のお医者さんとか、タウンページに載ってないかな。

 ツンツンとつついても起きない。頬っぺたを引っ張っても起きない。生気が……感じられない。今にも消えてしまいそうだ。

 ……とても心配になってきた。こんなにも起きないことってあるのだろうか。

 藁にも縋る思い出タウンページを探してみると、妖精専門のお医者さんが載っていた。あるんかい。

 電話番号が載っていたので、電話をかけてみると……テテが妖精体になった時のような甲高い声が聞こえてきた。


『それはきっと。エネルギーが不足してるエネー。その妖精がどうやってこの世界に現界したエネー? 物は強いエネルギーをぶつけられないと妖精にならないエネー。現界の時にぶつけられた感情が薄れていると、エネルギー不足に陥るエネー』


「え……」


 そういえば、テテは私が『職務怠慢』って言ったから、この世界に現れたんだった。

 でも、私は最近テテに感謝してばっかりで……テテのことを『職務怠慢』だなんて思ってない。

 ……もしかして、そのせいでテテが消えちゃうってこと!?


『ま、何か困ったことがあったら連絡してこいエネー』


 そう言われて、電話が切れた。

 ツー、ツーと電話の音が鳴る中、私が呆然としていると……「うう」という声が聞こえた。


「テテ!?」


「……みっともないところを見られてしまいましたね。少し立ち眩んだだけで、何も心配はいりませ――」


「今、お医者さんに電話した」


「――は?」


「私が……もう、『職務怠慢』って思ってないから、消えるんだって……」


 そう言うと、テテが暗い顔になる。

 ……彼が頑張れば、頑張るほど、消えてしまう。そんな願い事をしてしまうなんて。自分が、嫌になる。


「その……」


 テテが何かを言おうとしているけど、私は首を振って彼の口に指をあてる。


「ごめんね、テテ……」


「貴女のせいではありませんよ。そんな顔をなさらないでください。ボクたち妖精は、人々の想いから生まれる。そして、人々の想いで消えていく……そう、宿命づけられているんですから」


 そして、微笑むテテ。

 その笑顔は、今までで一番美しかった。今までで一番……儚かった。

 スッと、テテの手が私の頬を撫でる。気づくと、私の目から水滴が落ちてきていた。


「ほら、大丈夫ですよ。あと数日はもちます。妖精体でいれば、さらにもう少しは。だから――」


「ねぇ、テテ。貴方の仕事は何?」


 唐突な強い口調に、テテがキョトンとした顔になる。


「それは、貴女がきちんと毎朝ゴミを出せるようにすることで――」


「そうよ! 貴方は! 永遠に! この私が! ……毎朝ゴミ出しを忘れないように起こし続けないといけないのよ! それをサボって消えるなんて、職務怠慢もいいところでしょうが!」


 泣きながら、精一杯の『想い』をこめて、叫ぶ。

 妖精は、人の『想い』に左右されるなら。

 私は、ずっとこう言おう。


「テテがなんと言おうと! これから一生! 私のことを起こしてくれなきゃ……職務怠慢よ! 分かった!? 分かったら……返事して!」


「貴女って人は……」


「私、毎日夜更かしするからね! 毎朝寝坊するからね! ちゃんと起こしてくれないと、職務怠慢だから! 絶対にダメだから!」


 そこまで言って、我慢できなくなった。

 私の目からボロボロと零れ落ちる涙を、我慢できなくなった。


「だから、だから……消えないでよ……」


 そうして、テテの胸の中で涙を流す。テテは……優しく、私の頭を撫でてくれた。


「テテ、私、テテのこと大好きだよ……。だから、だから消えないで……」


「……まったく、心配性ですね、貴女は」


 そう言うと、テテは……私のことを抱き上げた。


「わひゃぁ!?」


「貴女のせいで、貴女の想いのせいで……どうやら、ボクは一生咲の傍にいないといけないみたいです。やれやれ、ボクたち妖精は人の『想い』に縛られるというのに、貴女はボクのことを一生縛るなんて、なんて酷い人なのか」


 そういうテテからは、力強いエネルギーがあふれていて。


「覚悟してくださいね? 一生、貴女の傍で貴女を起こし続けますから」


 花が咲くような笑顔。先ほどまでの美しく儚げな笑顔と違って、今度は、力強く、優しい笑顔だ。

 テテは、その笑顔のまま……え、ちょ、なんで近づいてくるの?


「ボクも、好きですよ、咲」


 いや、唇がぶつか――

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ゴミ捨て場でフォーリンラブ 逢神天景 @wanpanman

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