年の瀬

湖村史生

第1話 大晦日の夜

マスター    皆様、こんにちは。此処はある町にある蕎麦屋です。

        此処には毎年、年末になると訪れる珍客がいらっしゃいます。

        街は年の瀬。

        一年の終わりを告げる除夜の鐘が、まもなく聞こえて来る時間で        す。

        ほらほら…噂をすれば…、彼等がやってきました。



           マスター、微笑んでカウンターへ消える。

           各、役者がそれぞれの挨拶をしながら席に着く。



五月人形    では、今年一年の終わりという事で。

        僭越ながら、私、五月人形が乾杯の音頭を

織  姫    能書きは良いから、早く飲ませなさいよ~

五月人形以外  そうだそうだ!

五月人形    良いから聞け!マスター。

        マスターも笑ってないで入ってくださいよ。

マスター    え?良いのかい?もちろん、おごりだよね?

五月人形    (ひとしきり笑ってから)お金ないの知ってるよね?

マスター    はいはい。

        じゃあ、取り敢えず乾杯だろう?

五月人形    今年も飾られなかったけど、来年こそは飾られますように!

全  員    かんぱ~い!



            一斉に乾杯をしてお酒を飲んでから



五月人形    あ~!今年も又飾られなかったよ

三人官女A   それは私達も一緒よ

三人官女B・C そうそう!

五月人形   お雛様は良いじゃないか。

       仲間がたくさん居るんだからさ。

       俺なんか毎年、鯉のぼりと慰め合ってるんだぜ!

       魚と慰め合う気持ち、お前らにわかんないだろう?

織  姫   何言ってんのよ!あなた達はまだ良いじゃない!

       私なんて、1人寂しく七夕を過ごしているのよ

        みんなが七夕を忘れてるから、此処何年も七夕はず~っと雨

       お陰で何年、彦星様と会っていないのか…

      今やバレンタインデーに人気を越され、七夕伝説は何処へやら

三人官女B  それを言うなら私達なんてもっと悲惨よ!

三人官女A  そうそう!

       だって私達、ホワイトデーの影にかくれて存在感の薄いこと…



         三人官女C 頷く。



五月人形   何言ってんだよ!

       俺なんか国民の休日としかくらいにしが覚えられてないんだぜ



         五月人形を全員が哀れんだ目で見る



全  員   可愛そう…

五月人形   哀れむな!余計寂しくなる



          暗い音楽(オフコース・さよなら)が流れ、

          全員奥にいた年賀状を見る



年賀状    何言ってんだよ。

       俺なんて毎年毎年、数が減って今やメールに負けて存在が消されそ       うなんだぜ。

五月人形   あ…悪い!存在感が薄くて忘れてた

織  姫   年賀状さんはまさに日本にしかない風習だっていうのに…

       本当、嘆かわしい。

年賀状    文字に託す思いは何処に言ったんだ! 

       日本は古来から、文字に思いを託す民族だった筈だ!。

       古事記に始まり、平家物語。

       あんな携帯なんちゃらってもんで代用できるもんか!

       何が活字離れだ!お前らそれでも日本人か!

全 員    そうだそうだ!

織 姫    全国の日本男子に告ぐ。

       チョコレートと一緒に女の子から告白されるのを待つな!

       今こそ立ち上がるのだ!日本男児!

五月人形   俺はうらやましいけどな。

織  姫   ご~が~つ~人形?

       お前、今なんつった?

五月人形   (苦笑いしながら)じょ…冗談ですって。

       織姫、マジ怖え~

織  姫   日本人なら、バレンタインデーなんかで浮かれるな!

       七夕という大切な日を忘れるな!

全  員   そうだそうだ!

五月人形   日本人よ!伝統文化を忘れるな!

全 員    そうだそうだ!

三人官女A  チャペルも良いけど、和式で結婚式をしろ!

全 員    そうだそうだ! 

三人官女B  私達が日本の結婚式の見本なんだ!

       それに憧れなくて何が日本人だ!

全 員    そうだそうだ!


       三人官女C、自分の番が来て何か言おうとして、拳だけ上げる


五月人形   何も言わないのかよ!

マスター   はいはい、そんなに荒れない、荒れない。

       はい、年越し蕎麦。今年はサービスだよ。

五月人形   何?マスター。今、何と言いましたか?

マスター   サービスですよ。

五月人形   サービス。皆の集、聞いたかい?サービスだそうだ

三人官女A  良いんですか?

マスター   もちろん、きみたちがあってこその伝統文化ですからね。

年賀状    聞いたかい?分かってる人は分かってるよね~。

       だからマスター好きです。

マスター  え~、好きは綺麗ドコロに言われたかったな。

五月人形   (笑いながら)どこに綺麗ドコロが居るんだよ。

三人官女B  殴られたい?

五月人形   大人しくおそば食べま~す。

三人官女A  まったく、口の減らない親父だよ。

三人官女C  (頷く)

 


           各々がお蕎麦を食べ始める



織  姫   それにしても…昔は変装しなくても出歩けたのにな…

五月人形   おいおい、俺たちの格好で街中まちなかを歩いてたら、

       即、職務質問受けるだろうが

三人官女B  そうよね…

       今時、和服姿で歩く人すら、お正月でも少ないものね。

       せいぜい、成人式くらいかしら?

三人官女A  そうそう!

       思わず街中歩いてて『欧米か!』って突っ込み入れたくなるもん



        全員が冷たい視線で三人官女Aを見る。

        そして三人官女Aを無視してお蕎麦を食べ始める



三人官女A   はいはい…無視されるわけね

五月人形    だってお前さ~、今更「欧米か!」は無いだろう?

        死語だぜ、死語

三人官女A   うるさいな~

三人官女B   でもさ、この頃思うんだ。

        又、私達の時代って来るのかしら?

マスター    大丈夫ですよ

織  姫    そうかしら?

        もう、ここ何年も笹の葉を飾っている家を見ていないわ…

三人官女B  それなら、私達なんてもっと悲惨よ。

       知ってる?

       今の時代、雛人形って多様化してるの

三人官女A  そうそう!リカちゃん人形から始まって、酷いのになると

       キティちゃんやミッフィーの雛人形だよ!

       もはや人では無いんだからね!

三人官女B  ミッフィーは可愛いから許す(独り言)

三人官女A  はぁ~?何言ってんのよ!

三人官女C  それでも、必ず普通の雛人形に戻ってくるよ

       だって、私達が雛人形の本家本元なんだから。



               全員、三人官女Cを見る



五月人形   おい、見たか?

       今、しゃべったぞ…

織  姫   当たり前でしょう?口があるんだから…

五月人形   嫌、そういう意味じゃないくて…

年賀状    でもさ、いつか又、俺達を大切に思ってくれる時代が来るって

       信じたいよな

五月人形   そうだよな~。

       俺もさ、昔には当たり前だった光景が戻って欲しいって思うわけ        小さな男の子が、嬉しそうに俺の刀を抜いて遊んでくれる日が来る       のをさ。

三人官女A  私達も家に飾ってもらえるかな?

三人官女B  それで、小さな女の子が着物を着て、私達の姿を見ながら桜餅を食       べて、甘さ酒飲んでいる姿が見られるかな?

三人官女C  あれを見られると幸せになるんだよね…

織   姫  私も…七夕の日に、彦星様と笹の葉に吊るされた短冊に込められた       願いを読める日が来るのかしら?

年賀状    俺だって、俺が来るのを楽しみにポストの前に立ってる子供の姿が       見られるかな?

マスター   大丈夫!だって、きみ達は日本にとって大切な文化なんだから



         一同、微笑む

        除夜の鐘が聞こえる



マスター   あ…除夜の鐘だ…。今年も、もう終わりだね。

五月人形   さて!そろそろ俺たちも戻りますか…

三人官女A  そうだね

三人官女B  また新たな一年が始まるんだね

三人官女C  今年こそは飾ってもらえるかな?

マスター   ええ…きっとね

織  姫   よし!今年のキャッチフレーズは

       『バレンタインも良いけど七夕も忘れずに!』でいこう!

五月人形   なんだそれ!

マスター   じゃあ、五月人形さんは?

五月人形   俺?そうだな~。

       鯉幟が青空をはためく姿、もう一回子供達と見たいな…

年賀状    俺も、この先もずっとポストの前で葉書を待つ子供に出会いた

       いな…

マスター   大丈夫ですよ。きっと。

       日本にはたくさんの文化が入ってきて、いつしか日本本来の文

       化がすたれてきています。

       それでも、そんな文化を守りたいって思う人達は必ずいますか

       ら。

五月人形   だな!

織  姫   そうね。

三人官女A  そうだね

三人官女B  今年こそはって、信じてみるか。

三人官女C  (頷く)

年賀状    まぁ、俺はしばらく安泰そうだけどな。

年賀状以外  よく言うよ~。

マスター   今年の年末は、みなさんの笑顔が見られることを楽しみにして

       います。

三人官女A  はい。じゃあ、私達は帰りますね。

       おやすみなさい。

マスター   おやすみなさい。



          それぞれ、口々にマスターに挨拶をして去っていく。

       マスター、センターに立つ



マスター   もうじき新年が来ます。

       みなさまのお家でも、来年は家で眠ってる人形達を飾ってみません       か?

       きっと、彼等はみなさんにお会いできる日を、今か今と待ち

       詫びている筈ですから…。

       そうそう。

       そう言えば、年末と言えば…年越し蕎麦も日本の伝統的な文化です       ね。

       おせち料理やお雑煮に始まり、節分の豆まき。

       日本には先祖代々受け継がれた文化があります。

       どうか、今日、家に帰って彼等の事を思い出してあげてください。

       では皆さま



キャスト全員 良いお年を!



                                  完


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年の瀬 湖村史生 @Komura-1104

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