想いのかけら
湖村史生
第1話 願い事が叶うなら
オープニング曲<深愛/水城奈々>
明転すると、黒づくめの男性が黒づくめの女性にお茶を入れ
ている。
その様子を、何が起こっているのかわからないという顔で部
屋の主の孝明が見ている。
片 桐 このお茶はいかがですか?
この家には粗末なお茶しか揃っておりませんでしたので、
急いで買いに出たのですが…
繭花、黙ってお茶を飲んでいる。
片 桐 良かった。お気に召したようですね。
繭花、にっこり微笑んで片桐を見る。
孝 明 あの~?どちら様ですか?
片 桐 おや、お目覚めですか?
では、モーニングティーなどいかがですか?
片桐、優雅な手つきでお茶を淹れると、孝明に差し出す。
孝 明 はぁ、どうも…
片 桐 いくらお若いからと言っても、お酒の飲みすぎはいけませんね。
レモンを入れておきましたよ。
孝 明 はぁ…
孝明二人の寛ぎモードに思わず一緒に寛いでしまう。
孝 明 あ!そうだった。あんた達、一体何者なんだよ!
俺の隣で寝てた女の仲間か?
片 桐 心外ですね。
彼女は私が来たときには既に、あなたの隣で寝ていましたけど?
孝 明 間違いだ!これはきっと、何かの間違いだ!
片 桐 ありますよね…若さゆえの過ちっていうやつ。
孝 明 あのな~!大体、あんた達は一体何者なんだよ!
それにこのお茶に茶器。どうしたんだよ。
片 桐 ああ…繭花様がお茶を飲みたいとおっしゃたのですが、
此処にはまともなお茶も茶器もございませんでしたので、
急いで購入させて頂きました。
孝 明 購入させて頂きましたって…
そのお金はもちろんあんたが出したんだよな。
片 桐 (笑顔で)まさか。
孝明、嫌な予感がして慌てて財布を見る。
孝 明 無い!俺の全財産が…。
給料日まで、まだ一週間はあるんだぞ!
どうしてくれるんだよ!
床を叩いた孝明に驚いて、繭花がお茶を飲む手を止める
片 桐 いけませんね。
そんな手荒な態度をされますと、繭花様が驚かれてしまうではないです か。
孝 明 あのね!大体、目が覚めたら隣に知らない女は寝てるし、
あんた達は人の家で寛いでるし…。
その上、俺の全財産が…。
冷静に対応しろって方が無理だろ!
片 桐 これだから人間は嫌いだ。
ちょっとした事にやたらと文句を言う。
孝 明 あのな!
片 桐 何か!
物凄い形相で睨む片桐に、思わず孝明が黙る
繭花、心配そうに片桐を見る
片 桐 大丈夫ですよ、繭花様。
私が人間相手に手荒な真似をするとでも?
繭花、小さく首を横に振る。
片 桐 さて、本題に入りましょうか。
孝 明 本題?
片 桐 そうです。私の名前は片桐。
こちらのお方は、繭花様です。
孝 明 で?
片 桐 私達は死神です。
しかも、繭花様は死神一族の
本来なら、あなたのような人間がお目に掛かれないお方なのです。
感謝して欲しいですね。
孝 明 はぁ?何を言い出すのかと思ったら…
片 桐 信じていただけないのは当然です
孝 明 当たり前だ!
死神と聞いて、「はいそうですか」ってヤツが居るなら会ってみたいね
片 桐 かしこまりました。そう致しましたら、証拠をお見せ致しましょう。
孝 明 証拠?
片 桐 はい、失礼致します。
片桐、ゆっくり微笑んで指を鳴らす。
孝明、一瞬にして意識を失う。
繭花が飲んでいた紅茶のカップを、音を立ててソーサーに置く音と 同時に孝明が目を覚ます
孝 明 うわ~!今のは何だったんだ!
お花畑がいっぱいで、死んだ婆ちゃんが川の向こうで手を振ってたぞ!
片 桐 信じていただけましたか?
孝 明 と言う事は、今のは三途の川?
……じゃあ、俺は死んだのか?
片 桐 いえ、まだです。
孝 明 まだ?
片 桐 ええ、まだです。
孝 明 と言う事は、今は生きてるけどじきに死ぬって事か?
片 桐 それは…
孝 明 良い!分かったから最後まで言うな!
孝明、しばらく考え込む。
片桐、その様子を見て繭花の方を見る。
繭花は涼しい顔をしてお茶のお替りを催促する。
片桐がため息を着きながらお茶を入れた瞬間
孝 明 ま、良いか。考えても仕方ないしな。
それに、俺が死んだからと言って悲しむ恋人がいるわけでも無いしな。
片 桐 え?
孝 明 何?
片 桐 あ…いえ、恋人が居ないというのが意外だったもので…
孝 明 何、それ?良い年した男が独り身でおかしいって言うのか?
片 桐 別に。そんな事は言っておりませんけど。
ななこ (あくびしながら)うるさいな~、ゆっくり寝てもいられないじゃない。
孝 明 あ!お前、やっと起きて来たか。
ななこ 誰のせいで寝不足だと思ってるのよ。
孝 明 俺のせいだって言うのかよ。
ななこ ちょっと、あんた。夕べのことを忘れたなんて言うんじゃないわよね!
孝 明 (空笑いしながら)何の事だかさっぱり。
ななこ あきれた…。あんな事しといて、自分は綺麗さっぱり忘れてるんだ。
片 桐 無責任この上無いですね。
孝 明 あのな!部外者は黙っててくれないか?
片 桐 部外者…ですか(含み笑いをする)
孝 明 俺、夕べ一体何をしたんだ?
がっくりと肩を落として考え込む孝明に
片 桐 お酒の力といのは怖いですね…
ななこ (泣きまねをして)私、もうお嫁にいけないかも…。
孝 明 俺…一体何をしたんだ?
教えてくれ、俺は一体…
ななこ ちょっと…本当に忘れたの?
片 桐 最低ですね…
ななこ 最低ね
繭 花 (最低ね…の顔をする)
孝 明 待ってくれ!ちょっと思い出すから…
かなり落ち込んで考え込んでいる孝明を見て
ななこ 全く…。
本当に覚えてないんだ。
あんた夕べ、酔っ払ってゴミ捨て場で寝てたのよ。
で、私が声を掛けたら、あんた、人の顔みるなり吐いたのよ。
しかもあんたを家に運んでる時、私は頭からあんたの吐いた物を浴びた のよ。
孝 明 え?
ななこ その上、やれ気持ち悪いから背中さすれだとか、水よこせだとかさ。
孝 明 なんだ…そんな事か…。俺はてっきり…
片 桐 てっきり?
ななこ や~ら~し~い。何を想像してたんですか?
孝 明 そうだよな。俺にだって選ぶ権利があるよな~
ななこ なんですって!
片 桐 だからもう少し本当の事を話すのを止めた方が良いって言ったんです よ。
ななこ 全く、あんまり落ち込んでるから真実を話したのに、可愛くないよね。
孝 明 男が可愛いって言われても嬉しくないね。
ななこ 本当に可愛く無い!
孝 明 で、あんた達が此処に居る理由って何なんだ?
俺をどうするつもりだ?
片 桐 まぁ、そんなに慌てなくても。
そちらのお嬢様もお茶を如何ですか?
ななこ はぁ、ありがとうございます。
孝 明 で、あんたの名前は?
ななこ え?私?
……そうね。名無しのななこって事にしておいて。
孝 明 あのな!
片 桐 まぁ、良いじゃないですか。
縁があってこうして出会えたのですから。
仲良くしましょうよ。
孝 明 そう言って、話を逸らしてないか?
俺は死んだんだろ?
だったら、さっさと連れて行けよ。
ななこ 死んでるって…あんたが?もしかしてあんた、幽霊?
孝 明 そんなわけないだろうが!
ななこ そうよね。
幽霊があんなに吐かないわよね。
孝 明 だから、その話はもう止めろ!
ななこ はいはい。
でもさ…もし死んだとしたら、会いたい人とか居ないの?
孝 明 ……居ないよ。
ななこ ふぅ~ん…
孝 明 何だよ、その奥歯に物が挟まったような言い方。
ななこ 別に。
じゃあさ、彼女が居ないんだったら、しばらく私を此処に置いてよ。
孝 明 (しばらくの間の後)はぁ?
ななこ 良いじゃん。誤解されて困る相手もいないんでしょ?ねぇ。
ななこ、片桐に同意を求める。
片桐、小さく微笑み頷く。
孝 明 そういう問題じゃないだろうが!
お前だって、家の人が心配するだろう?
第一、お前には恋人が居ないのかよ
ななこ 恋人…か…。
心配、してくれるかな?
孝 明 当たり前だろう。
しかも、見ず知らずの男と一緒なんて知ったら…。
俺だったら、絶対に許せないね。
ななこ …許さないって、どうするの?
孝 明 え?
ななこ 別れるわけ?
男って良いよね、簡単で。
孝 明 あのな!
ななこ それで、別れたら他の女の所に行っちゃったりするんでしょ?
孝 明 それは人によりけりだろう?
ななこ どうだか…。
孝 明 お前、やけに俺につっかかるな?
片 桐 当然でしょう?
あんな事をしておいて。
孝 明 あ…片桐さん~、少し黙ってて下さい。
とにかく、お前は帰れ
ななこ 嫌!
孝 明 嫌って…
ななこ 別に彼女が居ないなら良いじゃない!
それとも、私が居たら誰かが傷付くわけ?
彼女居ないとか言って、本当は居るんじゃないの?
孝 明 …わかった、もう何も言わない。
勝手にしろ!
ななこ はい、勝手にします!
ね~(片桐達に同意を求める)
孝 明 全く…。
今日はとんだ厄日だな。
ななこ 私さ、信じてた恋人に振られちゃったんだよね。
だから、もう何だって良いんだ。
それに、あいつが少しでも心配してくれるんなら
「ざま~みろ」って感じ。
孝 明 …
ななこ 男の人ってさ、簡単に長い年月を一瞬で削除できちゃうんだね。
孝 明 それは…
ななこ 女にとって、大切な人から振られるってどれだけショックだか
わかる?
本当に好きな相手なら、尚更なんだよ!
孝 明 …。
片 桐 くだらないですね、恋愛ごときでヤケになるなど。
ななこ え?
片 桐 自分の人生は自分のもの。
何故、他人の一言でそんな風になれるのか理解できない。
孝 明 そんな言い方無いだろう。
あんた達って人を思う気持ちが無いのか?
片 桐 必要の無い感情は要らないだけです。
ななこ 必要ない?
片 桐 ええ、他人の事を思って泣いたり悲しんだり。
くだらないですね。
ななこ (繭花を見て)じゃあ、彼女もそうなの?
片 桐 繭花様は別です。
ななこ 別?
片 桐 ええ。感情というものを失くしてしまわれているのです。
ななこ 感情を失くしてる?
片 桐 ええ。微笑んだり、悲しそうな表情をしたりは出来ますが、
心から泣かれたり悲しまれる事はありません。
孝 明 まるで人形かロボットみたいだな。
片 桐 その通りです。
私が出会った頃の繭花様は、全く感情がありませんでした。
孝 明 へぇ、これでも良くなったって事か。
片 桐 ええ。
孝 明 で、どうやって、そこまでそのお人形ちゃんが人間っぽくなったの?
片 桐 想いが強い人間が亡くなる時、その想いが結晶となって残ります。
その想いを繭花様がご自身へ取り入れるのです。
ななこ でも、それって繭花さんの感情じゃないでしょう?それで良いの?
片 桐 ええ。それが私達の掟ですから
ななこ 掟…?
孝 明 で、その想いの強い人間っていうのが俺なのか?
片桐、含み笑いを浮べたまま答えない。
孝 明 俺以外…ありえないよな。
ななこ え?あんたにも何か想いがあるの?
孝 明 俺は…
片 桐 別れた恋人が心配なのですよね。
自分が死んだなんて聞いて、悲しむんじゃないかって。
孝 明 !べ…別に
片 桐 あなたの中には、今も彼女の姿がありますね。
何故です?貴方が振った女性なのですよね?
孝 明 勝手に人の心を視るなよ!
お前らに俺の気持が分かるもんか!
嫌いで別れたんじゃないんだ、未練があって当然だろうが。
ななこ え?
孝 明 (我に返り冷静を装い)いや、別に…
片 桐 (拍手をしながら)美しいですよね。
愛する女性が、自分の為に夢を諦めるのが嫌でわざと嫌な男を演じて、 他に女が居る振りをして別れる。
中々出来る事じゃない。
孝 明 そんなんじゃない!
ななこ そうなの?
孝 明 違う!そんなんじゃないだ。
片 桐 でも、それを人はエゴと言うんですよ。
孝 明 うるさい!お前に何がわかる!
片 桐 わかりたくもないですね。そんなくだらない男のプライドなど。
ななこ やめて、片桐さん。もう止めて!
孝 明 じゃあ、どうすればよかったんだよ!
あいつは…俺の為に、俺なんかの為に、ずっと夢見てた海外勤務を蹴ろ うとしてたんだ。
俺はこんなヤツだから、あいつの将来を約束なんかして上げられない。
それなのに、あいつはいつも笑ってるんだよ。
もう、嫌なんだよ!
俺の為にあいつが犠牲になるのは…。
もう、耐えられないんだよ!
ななこ それ、彼女に言ったの?
孝 明 言える筈、無いだろう。
ななこ なんで?
孝 明 男は、軽々しく自分の気持ちを伝えるもんじゃないんだよ。
ななこ 欲しかったんじゃない?彼女。
あなたの本当の言葉。
片 桐 まぁ、どちらにしても全て遅かったわけですよね。
孝 明 え?
繭花、ゆっくりと立ち上がる。片桐、懐中時計を見て
片 桐 そろそろ時間ですね、ゲームオーバーです。
片桐が指を鳴らすと、孝明段は々と意識が遠のいていく。
孝 明 な…に…?
ななこ ごめんね、孝明。
それから…ありがとう
孝 明 お前は一体?
孝明、ゆっくりと意識を失っていく。
片 桐 本当にこれでよかったのですか?
ななこ ええ。
片 桐 私にはわかりませんね。
死ぬ間際に叶う願いが、最後に一目、愛する人に会いたいだなど…
しかも、会いに行った当の本人は酔っ払っていて、ほとんどの時間を無 駄にしてしまうなど…
ななこ いいんです。どうしていたのか、知りたかっただけだから…
可愛い死神さん、ありがとう。
繭花、困ったような表情をする。
ななこ でも…ずるいですよね。
どうせなら、最後まで嫌な男で居てくれてれば良いのに…
片 桐 別の姿で出会ったのは、彼の本心を知りたかったからではないのです か?
ななこ そう。
きっと、私の事をうざい女って言うんだろうって思ってた。
別れた時に言われた「尽くす女って顔、うざいんだよ!」って。
そしたら大嫌いになれるって思ってたのに…こんなのって…。
繭花、悲しそうにななこを見る。
ななこ ありがとう。私の我侭を聞いてくれて。
片 桐 では、約束です。
ななこ はい、覚悟は出来ています。
繭 花 良いの?最後、本当の姿…なれるよ。
ななこ、首を横に振る〔M1/ありがとう 永山尚太〕
ななこ 今の私の姿は…孝明に見られたくないよ。
包帯だらけの姿なんか…。
片 桐 では、宜しいですね?
ななこ、ゆっくりと首を縦に振る。
繭花、ゆっくりとはける。
片桐、横目でななこを見ながらゆっくりとはける。
ななこ、指輪を外し振り返る。
照明:ななこの振り返りと同時にカットアウト
音響:暗転十秒後にフェードアウトから携帯音
照明:携帯電話の音が鳴り明転
音響:携帯音は孝明の目覚めと同時に切れる
いつの間にか眠っていた孝明、携帯電話を手にする
孝 明 眠っていたのか…。あれは夢?
音響:携帯音が再び鳴る
孝明、うっとおしそうに携帯に出る。
下手奥から菜穂子が現われる(照明:菜穂子にピンスポ)
孝 明 もしもし?
菜穂子 お兄ちゃん、やっと出た!何してたのよ!何度も電話したのよ!
沙希ちゃんが…沙希ちゃんが、飛行機事故に遭ったんだよ。
さっきまで、重体でニュースに名前が出てたのに…
今、死亡したってニュースで流れて…。〔M2/over the sky〕
こんな一大事に、何で連絡取れないのよ!
孝 明 え?(孝明、電話を切る)
菜穂子 もしもし!お兄ちゃん!
(照明:菜穂子のピンスポ消える)
菜穂子はける。
孝明、携帯の電源を切り、テーブルの上の指輪に気が付く。
孝 明 これ…って
孝明、ななこの正体に気が付く
孝 明 ばかやろう…
<照明、ゆっくりと暗転> 完
想いのかけら 湖村史生 @Komura-1104
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます