第31話


 ◇


 とんとん、と肩をたたいて目隠し。


「だーれだ?」

「バカルマ」

「!?」


 素早い切り返しだった。


「よく見つけれたなー。結構うまく隠れたと思ったんだが」


 茂みの中に身を横たえたライルがそう言った。


「いや、なかなか見つけるのは大変だったよ。ていかライル……寝てただろ? 自然と同化してたぞ」

「いや、その……前の日に、興奮しすぎて眠れなくて」

「……遠足前日の子供か」


 そういえば授業中の居眠り常習犯だったな、と思い出す。


「寝る子は育つ……」なんて言っているライルを無視してあたりを見渡す。


 集中すれば気配が二つあった。ディンとラタリアか、確定することはできないが、たぶん、あの二人だろう。


「二つ気配を見つけた」

「すけえなおまえ。そういえば実力隠してるみたいだったけど、いいのか?」

「あー。まあ、いいんだよ」

「ソウルウェポンの契約権。俺たちにも渡すためか?」

「それもある。でも俺の個人的な理由もあるから安心してくれよ」


 ライルはほっとしたようにため息をついた。

 まあ、ヘクトールがいるからが主な理由だ。もちろんみんなに優秀な成績を与えて、ソウルウェポンの契約権をあげたいな、という気持ちもある。わざわざ俺と一緒に過ごしてくれる仲間たちだ。それぐらいの恩返しはしたい。


 ソウルウェポンを手に入れれば、大概の好きな職種にはつけるだろう。例えば、番人様の率いる『暁の執行者』とか。ライルは優秀だし、将来は暁の執行者になりそうだ。


 そこで俺が番人になれば最高だな、と思う。なにもかもが完璧だ。


 仕掛けられている罠らしき鎖をよけながら気配の一つに近づいていく。

 途中、ライルがなんどか引っかかりそうになりながらも無事到着。

 ディンが座り込んで待っていた。


「全部かわされるとは、悔しいですね」

「まあ、ゆっくりきたしなー。急いでたらまた違った結果になったかもしれない」


 ディンは法の名門だから、鎖の扱いには慣れているということか。

 手には鎖を握っていることから、さっき通ってきた鎖に引っかかれば、吊るしあげられていたに違いない。頭脳戦とか得意そうなディンには、向いている戦術なのだろう。


 三つの気配が集まったらか、もうひとつの気配が俺たちに気づいたようだ。

 ほかのやつらに、気づかれないぐらいのスピードで近づいてくる。


「罠に引っかかりましたね」


 ディンが真顔で言う。

 引っかかったらしい。たぶん、ラタリアが。


「助けにいくかー」とライル。


 俺はディンの肩を叩く。


「わざわざ罠をしかけなくてもよかったんじゃないか?」

「まあ、念には念をいれたんです」


 慎重な奴だなあ、と思った。


 俺たち一行はゆっくりと森の中を歩いていく。

 だいたい十分足らずでついた。宙吊りになったラタリアがいた。


 すこしべそをかいている。

 そこそこの時間宙吊りだったから、辛かったのかもしれない。


「大丈夫かー?」とライルが言う。


「大丈夫なわけない!」


 ラタリアがそう叫ぶ。


「なんなのよ。私だけこんなのに引っかかって……。カルマはやけに強いし、アンタたちは名門だし。もう、いや」


 そういう彼女の服装を見ると土がついたりして汚れていた。

 ……様子を見るに、ここにくるまでに名門の誰かに叩きのめされたのかもしれない。プライドが傷つくぐらい、圧倒的に。


 ラタリアは普通の封魔一族だ。たぶん、俺たちの中では一番能力が低い……いや、ディンとライルが優秀すぎるのだ。名門の中でも優秀な彼らと比べるから、ラタリアは自分が優秀じゃないと言う。

 でも、ラタリアは普通の封魔一族よりもできるやつだ。


 ラタリアをおろしてやる。気まずい雰囲気。


「大丈夫?」と俺が聞く。


 ぷい、とそっぽを向かれた。そもそも、そこまで仲良くないのだから、わざわざ俺が踏み込むべきではないのかもしれない。


「……悪かったわ。ちょっと当たり散らしちゃった。ごめん」


 そう思っていたらラタリアが謝ってきた。

 急いで俺は答える。


「誰にだってそういう時はあるさ。大丈夫大丈夫さ」

「……うん、ありがと」


 意外なぐらいすんなりといった。

 封魔一族は仲間のことを思いやることができる。当たり散らすのが好きなわけではない。

 そういうものだ。


 明るい雰囲気に戻る。

 そこにはさきほどの険悪な雰囲気はない。


「よーし、じゃ、攻勢に打って出ようか」


 俺がそういうと、ライルが呼応する。


「俺が前衛だな。守りは任せろ」

「まあ、そこそこに援護はしますよ」

「私だって、やってやるわよ」


 移動を開始。

 先頭を務めるのは俺だ。索敵が一番得意なのが俺だから、そういう形になっている。なお、敵を見つけたらすぐに中衛に戻る。


「前に戦闘中の集団が二人。おいしいところをさらっていこうか。ディンとライルは逃げ道を塞いでくれ。俺とラタリアは遊撃に向かう」


 みんなが頷く。いざ、戦いの場へ。


 背後から奇襲をかけるようと回り込む。

 四対四で拮抗しているようだ。


 サッと、茂みから飛び出す。

 速攻で二人を倒す。

 驚いている間にもうひとりも。


 これで三対二対二の戦いだ。

 二人チームになったほうは逃走を開始する。

 あっちはライルとディンがいるから任せてもいいだろう。


 くいくい、と三人チームとなったリーダー格と思われる少年が余裕ぶって指でこちらを挑発してくる。

 一気に三人倒したがそこまで脅威と見られていないようだ。

 リーダー格の少年が言う。


「そっちはふたり。こっちは三人だ。逃げなくていいのか?」

「そりゃもちろん」


 ラタリアに「やろう」とアイコンタクト。

 こいつらは平均的なレベルの強さだ。俺たちなら勝てる。


 俺はニヤリと笑って見せる。

 戦いの前の高揚感。


「いくぜ、ラタリア!」

「任せなさい!」


 最初にラタリアが飛び込んでいく。

 大鎌を振るうモーションをとり、下がった。入れ替わるように俺がその場に走りこむ。


「はっ!」


 重なり合う大鎌が、俺の一撃を防ぐ。

 当人は防御せず、残りの二人が大鎌を交差させるようにして守り、防いだのだ。

 つまり、そいつが今から反撃してくるわけで。

 他の防御した二人は手がしびれたようで、反撃の様子はない。

 こいつひとりをしのげば問題ない!


 俺は下がりながら鎖を放つ。

 先ほど守られた相手の足に絡みつき、引っ張るが、星装気を開放していない俺では力が足りないようだ。

 その場に踏んばられ、耐えられる。


「ラタリア!」


 がらあきの防御となった俺の前にラタリアが現れる。

 反撃の一撃を受け止め、その次に、彼女は相手の足に絡みついた鎖を引っ張った。

 俺もそれに力を合わせる。


 結果は当然だが、相手は転倒することになった。


「はい、ひとり」


 ラタリアが軽く大鎌を当てる。

 スムーズな動作だ。やはり彼女は優秀な方に入る。


 残りの二人は怯んでいるようだ。あっさりとリーダー格のやつがやられ、優勢だった状況は互角になっている。

 いや、心理的には互角どころか不利だろう。


「くそっ、あいつ、忌み子のやつだぞ……!」


 ――そういわれてショックを受ける。


 ひさしぶりに言われた言葉だ。

 いい加減慣れたいのに、突如として動揺が襲ってくる。

 最初から心構えしておかないと、どうしても傷ついてしまう。

 悪意が籠っていなくても、その言葉は俺にとっての悪意そのものだ。


「うおおおおおお!」

「たああああああ!」


 捨て身、と言った感じで二人が同時に突っ込んでくる。

 ラタリアが大鎌を構えるのが見えた。

 俺も同じことをしなければならないのだ。


 たぶん、逃げることならできるのだろう。しかし、そうするとラタリアがやられてしまう。

 しっかり援護をしなければならない。わかっている、わかっているのだけれど、力が入らない。


 ――シャラララ、と鎖の音。


 三本の鎖が相手の動きを妨害し、さらに飛来した槍がもうひとりにあたった。


「やあっ!」


 とどめとばかりにラタリアが大鎌を振るう。

 見事にヒットし、ひとりが華麗にぶっとんでいった。

 これで全滅。


「ぼさっとすんなよカルマー」


 肩を叩いてくるのはライル。ディンもあとから参上した。

 ほっとする。危ないところだった。

 こんなのでやられたら……申し訳なさ過ぎて死にたくなる。今だって罪悪感がすごいが。


「向こうの二人も片づけましたよ。これでひとまず終わりですかね」


 眼鏡をくいっと持ち上げながらそう言った。


「ディン、ライル、助かった」


 と声をかける。


「あとラタリアもありがとうな。大活躍だったじゃないか」


 俺は三人倒したがそれはすべて不意打ちによるものだ。

 ラタリアはそういうの抜きに、二人も倒している。


「あ、ありがと」とラタリアは少しもじもじしながら言った。


 褒められることになれていないのかもしれない。


 忌み子と呼ばれることに、心構えはできた。次は大丈夫なはずだ、たぶん。

 本当に、気を抜くとすぐにこれだ……。反省はしている。だが本当に、次は対応できるだろうか?


 うっそうと茂る森の中。

 布を渡して帰っていく少年少女。

 そういえば一番気が抜けやすいのは戦いの終わりだったな、なんてことを思う。


 ――巧妙に隠れている気配。


 なかなか陰術がうまい。誰だか知らないが、俺以外のパーティメンバーには気づかれてはいないようだ。


「あーあ、気づかれちゃったか」


 突然、そんな声がする。

 木の上からさっと打ちてくる影。


 目の吊り上がった少女が、そこにいた。おそらく、上級生の。


「まあ、別にいいんだけどね」


 わざと気配を目立たせるネコ目の少女。誰かを呼んでいるのだ、なんてことは嫌でも気づく。

 わざわざそんなことをする時点で相当腕に自信があるのだろう。さっきの鋼の名門の、レジューデみたいに。


 果たしてそいつは現れた。

 整った容姿、金色の瞳。第一次成長期のはずなのにやけに大人びた雰囲気。


「……ヘクトール」


 おそらく、俺が番人になるための最大の障壁。

 そいつが、ここに現れた。


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封魔一族物語~業魔の門~ ペペペチーノ @Yasufami

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