第30話
◇
ゴーン! と鐘がなり、開始の合図が鳴り響いた。
周りには中途半端な認識阻害の陰術を展開している気配が複数。
封魔一族は、影に潜み、刈り取る者。
こういったゲリラ戦は封魔一族がもっとも有利とする戦場だ。そして、俺がもっとも得意な場面でもある。
持っている武器にはもちもちが塗り付けられている。武器による攻撃があたったらその時点で脱落だ。あたったら首に巻いてある布をほどき、自主申告で脱落を申し出て、攻撃を当てた相手に渡す。
最後に最も布を持っているチームが成績優秀者となる。バトルロワイヤル形式みたいなものだ。
このルールだと自主申告をせず、ズルするやつが出るかもしれないが……封魔一族に限ってそんなことをするやつはいないか。
あたりを見渡し、誰かが自分に気づいていないか確認する。
拍子抜けするほどお互いがお互いに気づいていないようだ。
戦闘は避け、合流が先だと言ったが、こんなにも余裕があるなら奇襲を仕掛けてもいいかもしれない。そう思うほどに、みんながみんな、無防備だ。
特に、今、俺の目の前にいるやつは。
ひとりの背後に回り、ゆっくりと近づいていく。
この距離でも気づいている気配はなさそうだ。背後から現れ、軽く大鎌を当てる。
「うわ、びっくりした……」
悔しそうに言いながら、布を手渡される。意外と簡単に、ことがうまく運んだ。
いままで、はっきりと能力を比べたことがなかった。
だがやはり、俺はほかの封魔一族よりも能力が高いらしい。鍛え続けてきたおかげもあるけれど、ずいぶんと楽に勝ててしまった。
すこすごと帰っていく少年の背中を見送り、「がんばれよ」と言われる。どうやら彼は俺が忌み子だと知らないらしい。
よし、と目的地に行こうと歩を進めようとする。
その時、強い気配を感じた。
……いや、これはただ単に、気配を全く隠さなくなったという特殊なやつがいるだけだ。
そちらのほうに走り、偵察。
槍を片手に、大暴れしている奴がいた。
しかし、強い。厄介な敵とみて、四人の封魔一族がかかっているのだが、むしろその数は減っていくばかりだ。
ひとり、ふたりとその槍に薙ぎ払われ、三人目が特攻を仕掛けるも通用しない。
四人目が逃走するも投槍によって仕留められる。
「いてっ」という声が上がったがケガはないだろう。もちもちは偉大だ。
打撲ぐらいはありそうだが、封魔一族なら数日で治る。
しかし、それにしても四人をいっぺんに相手勝つとは、なかなかの実力者だ。
やられた少年少女が悔しげに布を男に投げつける。
満面の笑みを浮かべながら、男はそれを受け取った。
そうして戦闘は一時終わったかのように見えた、が。
こちらに向かってくる気配がある。今、男は投げた槍を回収している最中だ。
つまりは背後からの不意打ち、急襲。
一見卑怯にも思えるからめ手。それは封魔一族にとって、決して批判されるものではない。むしろ褒められる。それはただの戦闘における発想とみなされるからだ。
つまり、このことに問題はない。だが、問題は別にあった。
素早く駆け、一直線に男へと向かう気配。きっと、実力であるこの男は、気づかないふりをしているだけだ。
そしてこの一直線に向かっていく気配は、ちょうど俺の隠れている位置を通る、そんな状況。
だが、少したりとも動けない。おそらく、男は俺と向かってくる気配に意識を集中している。つまり、俺がこの軌道からよけようと動くと、気づかれるかもしれないのだ。気づかれるわけがないと、高をくくっていたせいで、かなり男とかなり近い位置にいるから……たぶん気づかれるだろう。
困ったなあ、と思う。解決策が思い浮かばないし、悠長に考えている暇もない。
踏みつけられることにした。
駆け抜けていく気配。
草木の茂みにいる俺にどんどん近づいてくる。
もう男はこちらを振り向いていた。気づかないふりはやめたようだ。
「さあ、こい!」
「覚悟ぉおお!」
対決の瞬間はすなわち俺が踏みつけられる瞬間でもある。
暗がりやら草木の条件が絶妙だから、駆ける気配が近くに来ても、俺のことを認識してはくれないだろう。
そしてその時は訪れた。
思い切り踏みつけられる感触。「ぐえっ」と俺が呻く音。飛び出してきた少年が、バランスを崩して男の目の前でずっこける。
「……」
「……」
男は飛び出してきた少年に優しく槍を当てた。
そして俺のいる方を見た。
飛び込んできた少年もこちらを見た。そしてなにかを理解したかのように頷き、「なにもいなかったよ」と言った。
ばかやろう……!
「見つけたぞお!」
「……!」
男はサッと、布を受け取りながら俺を追いかけてくる。
俺は逃げた。
「まてやあああああ!」
「そんなこと言われて待つわけないだろ!」
槍を使うことから鋼の名門だろう。服装的に学年は俺より上だ。
かなりの使い手と見た。
けれども、と俺は考える。
ソラファと比べればそうでもない。
思わず逃げてしまったが勝てない相手ではないだろう。
自信があった。こいつは強いが、俺の敵じゃない。ソラファと比べてしまっているせいで軽視しすぎているのかもしれない。しかし……状況が状況だけに、今の俺は有利すぎる。
それに、ずいぶんとほかの生徒を倒しているようでもある。それならチームのためにポイントを今のうちに稼ぐのも悪くないだろう。
ただ倒してしまうのもつまらない。少し、工夫してみようか。
「遅いな! そんなんじゃいつまでたっても捕まらないぞ!」
「調子に乗るなよ!」
相手を挑発。
完全にこちらに狙わせ、俺は準備を始める。
森の中だから、当然足場はよろしくない。しかし、俺はこういった地形に慣れている。
封魔一族はバランス感覚が優れている。だからこんな地形もかなり速く走ることができる。
そして、俺はその中でもさらに速い。
当然だ。だって番人様にそういう風に鍛えられたんだから。
そんな今までの積みかさねが、俺に自信を与えた。
一番楽なのはやはり、目を盗んで逃げることだ。男のスピードを見てもそれをすることはたやすい。
だが、せっかくなのだ。
――倒してみよう。
くいっと手首をひねる。
それと同時に、走っていた男がよろめいた。
鎖の罠だ。走る途中にこっそりと仕掛けた鎖の搦め手。
ほんとうならこけてもらう予定だったが、よろけるだけですんだのは、さすが封魔一族というところだろう。
だがそれで十分だった。
一瞬の隙、決定的な瞬間。
急接近すれば相手のぎょっとした表情が目に入る。
武器を振り回そうとするも足払いで体勢を崩してやった。
苦し紛れの攻撃をかわして背後へ。
逆手に持った大鎌を、首筋につきつける。
「……参った」
ため息のようなひとこと。まさか負けるとは思ってなかったのだろう。
「一年なんかに負けるとはなあ」
そう言い、俺の顔を見ると驚いた表情をした。
「お前、あの業魔のやつか。星装気が大したことないって聞いたけど、なかなか強いじゃねえか」
言い方からして、あまり差別意識はないらしい。
むしろ称賛さえ感じた。
……こそばゆい感覚だ。
「ん、ありがと」
「次は負けねえからな!」
大量の布を渡される。気配を隠さず戦っていたからか、ずいぶんと倒した数が多いようだ。
「そう言えばヘクトールがお前のことを気にしてたぞ。俺が指摘したらあいつ、すぐ怒るけどな」
「……なんだって?」
思わず聞き返す。
ヘクトールが俺を気にしている? 星装気測定で俺の能力が大したことないと知ったからには、警戒されることはないと思ったのだが。
「なんで?」
「うーん。やっぱり世代的にライバルがいないからな、あいつ。強いて言うならお前がライバルになるかもしれないって感じなんだろう。俺が推測した感じだが。……認めたくないが、あいつは圧倒的だからな。たぶん、競い合う相手が欲しいんだろうよ」
ずいぶんとまた、特殊な考えだ。というより、俺とは考え方が違うだけなのかもしれないが。
俺はヘクトールのことをライバル視している。だが本質的には俺は俺自身を試し、鍛えるのだ。
勝ちたいという気持ちはある。
負けたくないという気持ちはある。
でも結局、それは自分を追い詰めるための手段のひとつとして、機能するものでしかない。
ライバルが欲しい、なんてことは思ったことがない。俺がやることは結局、決まったものだから。
ヘクトールはたまたはそこにいたからライバル視しているだけだ。
ヘクトールがいなかったとしても、俺はきっとかわりを見つけるだろう。
「思うに、あいつは無敗すぎるからな。一度負けたほうがいいんだ。このままだとあいつは負けた時にぼろぼろになる気がする。ということで俺はお前を応援するよ」
……ずいぶんと考えられ、練られた言葉。
ヘクトールもずいぶんいい友人を持ったものだ。鋼の名門はみんなこんなやつらばかりなのだろうか。いや、そもそも封魔一族だからいいやつっていうのも考えられるけど。
「勝てたら勝つよ」
「当たり前のことは当たり前ってか?」
言葉遊び。
真実は真実でしかないという、当然の事柄の繰り返し。
ようするに、意味のない言葉だった。
俺たちは笑いあう。
「名前は?」
「鋼の名門レジューデ・メチストスだ。お前は?」
「カルマ・ラジック」
握手を交わす。
「またなー」
「おう! 今度は剣で戦ってやるぜ!」
そう言って別れた。
仲間たちは簡単にはやられないだろう。ラタリアも含めて、みんな優秀だ。
まあ、姿をちゃんと隠している状態なら、やられていることはあるまい。
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