~再会~ 十年ぶりに会った初恋の相手

無月弟(無月蒼)

~再会~ 十年ぶりに会った初恋の相手

「じゃあまたね、リク」

 あいつが、ユカがそう言ってこの街から去ったのが十年前。俺とユウは幼馴染で、幼稚園の頃は毎日のように一緒に遊んでいた。ユカはとても可愛い女の子で、俺はユカの屈託のない笑顔が大好きだった。

 ユカが引っ越すと聞いたのは、小学校に上がる少し前。もうユカに会えなくなると知って、俺は無償に寂しくなった。それでもユカは、毎日一緒に遊んでは笑っていた。たぶんユカも本当は寂しかったけど、それを隠して笑っていたんじゃないかと思ってる。

 女のユカが我慢しているのに、男の俺がめそめそしているのも嫌だったから、俺は引っ越しの話題を出さず、今まで以上にユウと一緒に遊んだ。それでもユカに会う事が出来る最後の日、卒園式の日に、俺はようやく自分の気持ちを口にした。

「ユカ、これでお別れなの?」

 そう言うと少し寂しそうな顔をしたけど、すぐにまた笑顔になった。

「お別れじゃないよ。引っ越しても会いに来れば良いし。その時はまた遊んでくれる?」

「わかった。じゃあ、絶対また会おうね」

 そう言って俺達は握手を交わす。

「じゃあまたね、リク」

 ユカは最後まで笑ったまま。それが強がりだったのか、それとも本当に会おうと思えばすぐ会えると思っていたからのかはわからない。だけどそれから十年。俺達はただの一度も会う事は無かった。

 だんだんと記憶は風化していき、ユカを思い出すことも少なくなっていった。

 だから昨日、電話でユカの声を聞いた時は十年ぶりに連絡が来たことよりも、声を聞いただけで相手がユカだと分かった事に驚いた。

 でも、考えてみれば不思議じゃないのかもしれない。ユカは俺の初恋だったから。


この街は十年たっても殆ど変わってない。子供のころ遊んだ公園も、商店街も、全て昔のままだ。俺はそんな事を考えながら、駅へと向かった。

 高校一年の春休み。三月最後の日の昨日、ユカから電話があった。

 受話器越しに声を聞いた瞬間、俺は相手がユカだと確信した。十年会っていなかったのに何で今頃と思ったけど、突然の出来事で頭が混乱して、それを聞くどころではなかった。

受話器の向こうから『リクだよな』と言う声が聞こえてきて、俺は慌てて肯定した。十年ぶりの会話だ。何を話そうかと思っていると、ユカが言った。

『明日十二時、駅で待ってる』

 言い終わったと同時に、電話は切れてしまった。受話器を取ってから電話が切れるまで、三十秒もたっていなかった。掛け直してみようかとも思ったけど、なぜか躊躇われた。

 まあいいや、明日になれば会えるんだし。そう思って今日、俺はユカに会うために駅へと向かっていた。

 しかし、何だか駅が近づくにつれて緊張してきた。よく考えたら、電話で相手はユカだと名乗っていなかった。声を聞いてユカだと思い込んでしまったけど、十年連絡の無かったやつが急に電話してくるだろうか?もしかしてユカだというのは俺の勘違いで、別人だったんじゃないかとも思えてくる。

 まあそうだとしても、駅で待っていると言われた以上行くしかないんだけど。

(この駅で合ってるんだよな)

 駅舎を見上げながら思う。考えてみれば、電話では『駅』としか言っていなかった。つい家から一番近いこの駅だと思ったのだど。

(その辺ちゃんとハッキリしろよな)

 心の中で悪態を付きながら、中に入ろうとすると……

「遅い」

 聞き覚えのある声が耳に届いて、俺は慌てて声の主を探す。

「一分遅刻だ。リク」

「……ユカ?」

 そこにいたの俺と同じ年くらいの女の子。黒い前髪を目の上まで伸ばしているけどもっさりとした感は無く、どこか幼さをのぞかせるその顔にはユカの面影があった。

「ユカ、だよな」

「そう。忘れてはいないみたいだね」

 ユカはニコリともせず、無表情のままそう答えた。こいつ、やっぱりユカだよな?

 少し混乱した。昔のユカは常に笑っているような奴だった。でも今目の前にいるコイツには愛想という物が全く無い。ユカだと思って見れば似てなくは無いけど、知らずに街であったとしても、気がつかなかっただろう。

(別人ってことは無いよな?)

 考えていると、何も喋らない俺に苛立ったのか、ユカが手を引っ張ってきた。

「喋らないならどこでも良いから連れて行って。ここ、四月なのに寒い」

「……ああ、分かった」

 確かに今日はちょっと寒いな。とりあえず商店街に向かって歩くことにした。

「ここは変ってないんだな」

 商店街を歩いていると、ユカがポツリとそう言った。

「変ってないって、俺が?それとも街が?」

「両方」

 それだけ言ってユカは口を閉じた。ぶっきら棒な物言いだ。これでは会話が続かない。

「ユカは、ちょっと変わったな」

「どんな風に?」

「それは……綺麗になった?」

「何それ?」

 そう言ってそっぽ向いた。だけどそれは本心だ。昔も可愛かったけど、今のユカはとても綺麗で、正直隣を歩くだけでもドキドキしてしまう。愛想は悪くなったようだけど。

「この店で良いか」

 そう言って一件の喫茶店の前で足を止めた。

「ここって…」

 懐かしそうに店を見る。ここはユカがまだこの街にいた時からある店だ。当時俺達は店先に飾ってある食品サンプルのパフェを見ては、食べてみたいと言っていたっけ。ユカは結局一度も食べることの無いまま引っ越したわけだけど。店に入ると、顔馴染みのマスターがいらっしゃいと声をかけてくる。

「どうした、今日は彼女連れか?」

「彼女じゃない」

 マスターの言葉を俺よりも早くユカが否定した。そうなんだけどさ、そんな風に即答されたらちょっと傷つく。

 席に通された俺はユカにメニューを渡そうとしたけど、何だろう?ユカは妙にソワソワして落ち着かない様子だ。

「どうした?」

「いや、こういう店に入ったこと無いから」

 頬を染めて照れたように言う。再会してから初めて感情を出した気がする。

ユカは何珍しいものでも見るかのようにメニューをガン見している。何だか子供っぽくて面白い。クスクス笑う俺を、ユカがメニューで顔半分を隠しながら睨んでくる。

「何笑ってるの?」

「いや、別に。何にするか決まった?」

「……苺パフェ」

 思った通り、ユカは昔食べたいと言っていた苺パフェを選んだ。俺はマスターに苺パフェとサンドイッチを注文する。

「メニューを見ずに注文するんだな」

「ここのメニューは全部覚えてるからな」

「なんだか気取っていてムカつく」

 そんな事を言われてもなあ。やがて運ばれてきたパフェを、ユカが口に運ぶ。

「……美味しい」

 子供のように目を輝かせている。それを見て、やっぱりこいつはユカなんだと思った。


 店を出た俺達は、小さいころよく遊んだ公園に足を運んだ。もう子供じゃないんだし、もっと気の利いた場所もあるだろうけど、そんな場所なんて浮かばなかった。

「誰もいないね」

 ユカはそう言って寂しい公園を見渡す。最近の子供はよほど外で遊ばないのか、公園には俺達以外いなかった。

「どうする、別の場所に行く?」

「歩き疲れたからちょっと休む」

 二人してベンチに座ると、たがいに何もいう事無く、会話が途切れてしまった。

 しばらく沈黙が続いた後、先に口を開いたのは俺だった。

「なあユカ、どうして今になって連絡よこしたんだ?」

 ずっと気になっていた事。さっき喫茶店で見た床の表情はとても可愛らしくて昔のままだと思ったけど、それが全てじゃない。十年もたっているのだから当然だけど、ユカからは昔とは違う何かが感じられた。

「ねえリク、リクはこの十年楽しかった?」

「え、そりゃあ、それなりには」

 一概には言えないけど、悪くはなかったとは思う。

「だよね。悪い、変なこと聞いて。やっぱりリクはリクのままなんだな」

 なぜだろう。話しているユカは寂しげで、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。

「なあ、本当に何で連絡よこしたんだ。俺は幸せだったかって言ったけど、ユカは……」

ユカはどうなんだ。そう言いかけた時、急に吹いた突風が続く言葉をかき消した。

 ユカは目にゴミでも入ったのか目を擦っている。見ると長い前髪が大きく乱れている。何の気なしに、本当にちょっと髪を直してやろうと思い、ユカの前髪に手を伸ばした。

「触るなッ」

 一瞬、何かに怯えたようにユカの表情が凍り、俺の手を振り払った。それと同時に再度強い風が吹いて、ユカの髪が舞う。

 それを見た瞬間、俺の目はそれに釘付けになった。露わになったユカの額には大きな傷が付いていた。

 次の瞬間、ユカは立ち上がり走りだした。

「ユカッ?」

 慌てて後を追う。追いかけている間もさっきの傷が頭から離れない。公園の入り口まで来たところで、ようやくユカの手を掴んだ。

「放して!」

 ユカは抵抗したけど、俺は放さない。掴んだ手に力を込め、腕を引く。

(えっ?)

 今度は腕に釘付けになる。乱暴に引っ張られた腕は肌がむき出しになっている。そしてその腕は、痣だらけだった。

「見るな!」

 ユカが手を振り、あっけにとられていた俺は放してしまう。だけどルカはもう逃げる気力も無くしたのか、まるで何かに脅えるようにその場に立ち尽くす。

「ユカ、その傷……」

 聞いてはいけないとも思ったけど、聞かないとこのままどこかへ行ってしまいそうな気がした。

「痣は父さんに……額の傷は、同級生にやられた……」

 震える声で話すユカ。俺はそんなルカの手をそっと握った。一瞬ユカが大きく震えたけど、それでも俺は手を放さない。

 何があったのか話してほしい。俺がそう言うと、ユカはゆっくりと語り始めた。

「この街を出て少ししてから、急に両親の仲が悪くなって、父さんは母さんや私に暴力を振うようになった」

 俺は信じられなかった。ユカのお父さんには小さい頃何度もあっていたけど、とても優しい人だったのに。

「母さんは最初は庇ってくれてたけど、次第に私を疎ましく思うようになっていった」

「誰かに相談しなかったのか?」

「無理だよ」

 そう言ってユカは俺の手をとき、服の袖を捲り上げて腕を見せた。そこには沢山の痣や傷があった。

「皆これを見たら気味悪がって。そのうち学校でも虐められるようになって額を切られた。何でこんな中途半端なことするんだろうね。やるならいっそ殺してくれれば……」

瞬間、俺はユカを抱きしめた。

「……リク?」

俺は何も言わないまま、そっとユカの体を包み込む。どれくらいこうしていただろう。

「……リク…苦しいよ」

ユカの声で我に返る。力を緩めると、ユカは伏せたように咳をした。

「なあ、さっきの質問、答えてくれないか。なぜ今になって連絡してきたのか」

「それは……両親の離婚が決まって、この街に戻ってくることになったから……」

「マジか。そう言うことは最初に言えよ」

「ゴメン。でも、本当は会いたくなかった。だって私は、もう昔の私じゃないから。今の私を知ったら、きっとリクも私の事を嫌いになるし」

 自分の信用の無さに少し傷ついたけど、それには触れなかった。それよりも気になることがあったから。

「会いたくなかったなら、本当にどうして連絡よこしたんだ。」

「なぜだろう、連絡する気なんてなかったのに、この街に戻ってきたら、何故か無償に会いたくなった。理由は……分からない」

 フウっと溜息をつく。ユカの答えは要領を得ず、納得のいかないものだった。けど……

「会いたかったのなら、仕方ないな」

 ちょっとだけわかる気がする。十年前ユカと別れた後、落ち込んだ時に何故か無性にユカに会いたくなったことが俺にもあるから。

「会いたくなったっていうならそれで良いよ。会いたい時には会う。昔はそうしてただろ」

「でも、私はもうあの頃の私じゃないし」

「ユカはユカだろ。それで良いじゃないか」

 俺は慰めるように、ポンポンと頭を撫でる。ユカは少し照れたように俺を見る。

「私、こんな奴だけど、また友達になってくれる?」

 友達というか、俺にとっては初恋の相手だ。そっとユカの手を取り、握手をした。

 それから暫く、俺達は音楽の趣味とか、ユカがケータイを持っていない事とか他愛もない話。だけど何故かとても楽しくて、気がつけばもう夕方になっていた。

「何かあったら、俺に電話しろよ。何かできるって訳でもないけど、一人で悩むことも無いからな」

「うん……ねえリク」

 そう言ってユカは、今日初めて笑った。

「何かなくても、電話して良い?」

 その笑顔でその質問は反則だ。俺は高鳴る動悸を抑えながら、ゆっくりと頷いた。

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