忍者と魔女の文明論

輝井永澄

忍者と魔女の話

イギリスには、魔女が実在するらしい。しかも現役で。



この事実を理解するときに、一番わかりやすい比較対象として、


「日本には忍者が実在する。現役で」


…と言ってみる。



作品にもたびたび出してますが、僕の故郷である信州の戸隠地方は、伊賀甲賀それぞれの忍術の発祥地とさえ言われる「忍者の里」だったりします。

観光資産としての「忍者村」だけでなく、忍術の技を現代に伝える道場が実際にあったりもしていて、地元では「ああ、○○さんとこね」くらいの扱いだったりw



戸隠流忍術、読みは「とがくしりゅう」ではなく、「とがくれりゅう」となります。


そういえば、10年以上前のUFCで、戸隠流忍術の人が優勝したりしてましたな。

普通にマウントポジションとって殴ってましたけど。


ここで修業したドイツ人がベルリンで戸隠忍術の道場を開いているとかって話も。



そうなんです。


別に忍者だからと言って分身するわけでも秘孔をつくわけでもなく、要するに古流の体術と、その他さまざまな知識や技術の伝承。




忍者を研究する学者の一般的な説として、戦国時代に忍者として活躍した人々は、各国を渡り歩く修験者(山伏のことね)達に源流を求めることができるといいます。


山一つ越えたら文化も違う他国、というような世界で、各国を旅する修験者達は、貴重な情報源だったわけで。修験者自身にとっても、これは貴重な現金収入となった。


また、野外活動に精通し、旅慣れて様々な技術を持ち、天候予測や自然の生態についての知識も持っていた彼らの術は、山や川を隔てての侵攻となる戦争の際には大いに役立つものであったと。


要するに奇門遁甲の術。現代で言う地勢学みたいなもの。


しかるに、それは当時とすれば、「魔術」と映ったのではないか? ということなのです。




時代を経て、戦乱の世となり、彼らの一部がそれを専門にした傭兵となっていったのが「忍者」だとするわけですが、実際には、山に暮らす人々が戦争の際だけ臨時にアルバイトに行くようなものであったのではないか、という話。


この辺、都に近い伊賀や甲賀ではそれを専門にする部落が発生していったわけで、地方によっても違うんですが。




で、魔女の話。


結局のところ、魔女だって別に人間をカエルにしてたわけでもなければ、得体のしれないスープをかき混ぜながら「キーッヒッヒッヒ」と笑ってたわけでもない。


キリスト教が普及する以前の農村社会において、医療やその他の知識労働を担っていた人たち…それが魔女。


忍者の場合と同じく、生活の知恵的な様々な知識を「秘術」として伝え、人々の暮らしに役立てていたわけなのです。


ハーブを調合して作った湿布薬であったり、動物を追い払う匂いを放つ薬であったり、または、天候から農作物の収穫量を予測して見せる。


それらの技はまさしく「魔術」と映ったに違いないのです。




早い話が、忍者も魔女も、中世の周縁民、村落における「科学者」であった、というわけです。





もちろん、それらは科学技術の浸透とともに大半が不要とされ、忘れられてしまったもの。


けれども、欧米における魔女というのがどんな存在か、我々日本人が忍者に対して抱いている印象と、ほぼ同じものと考えていいんじゃないか、というのが、両者を比較しての感想です。



直接的には失われた技術でも、どちらも文化の中に色濃く残っているものである、というのも興味深い。


それは迷信やおまじない、またはおばあちゃんの知恵袋的民間療法であったり、または子供が悪いことをすると「森に連れてくよ!」と怒ったりするようなメンタリティであったり。


日本の子供たちが必ず「忍者ごっこ」をするのと同じように、向こうの子供たちは「魔法使いごっこ」を一度はやるんじゃないのかなぁ。



付け加えるならば、古武術などでは、その詳細を秘匿することによって戦闘を有利に進めるということが伝の中に含まれていることもあります(要するにハッタリですw)。


魔女が供していた医療の中にも、プラセボ効果に負うところは大きかったはず。



生活の表面にではなく、文化や精神的な「畏れ」に作用するもの、技術。


それが存在する、またはしたと信じることによって、人に影響するもの。


それがきっと、「忍術」や「魔術」と呼ばれる技・知恵の正体なのでしょう。

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