あの日の味が作れない

無月弟(無月蒼)

あの日の味が作れない

「麻耶、それって自分で作ったの?」

 高校の昼休み、私のお弁当を見て雫がそう聞いてきた。雫の言う通り、体が弱かった母が亡くなってから、お弁当は私が作っていた。

「うん。簡単な物を詰めただけなんだけどね」

「いや、充分凄いよ。とても真似できないや」

 そう言って笑う姿を見て、雫は昔と変わらないなと思った。雫とは小学校が一緒で、昔から仲が良かった。あの頃は他にも仲の良い友達がいて、毎日楽しく過ごしていたっけ。だけど小学校卒業と同時に私は引っ越すことになり、私は皆と離れ離れになった。

 高校進学を期にこっちに戻ってきたけど、新しい生活は不安でいっぱいだった。だけど入学式のあの日、雫に声をかけられたことでその不安は払拭された。

『麻耶だよね。久しぶりー、帰ってきたんだ』

 三年ぶりの再開だったけど、それを感じさせない雫と、私はすぐにまた仲良くなって、今ではこうして毎日一緒にお昼を食べている。

「そう言えばさあ、小学校の遠足の時に麻耶が持ってきたお弁当には、必ずアメリカンドッグが入っていたよね」

 懐かしい話だ。それは母が得意としていた、中に魚肉ソーセージの入った、一口サイズのアメリカンドッグの事だ。オカズというよりオヤツの様な物で、三百円までと決まりのある一般のオヤツと違って制限がなかったのでクラスの子が揃って交換をねだってきたっけ。そのためいくら持っていっても、私が食べられるのは一個か二個くらいだったけど、皆で食べたあの味はとても美味しかった。

「あれって、もう作らないの?」

「うーん、作ろうとした事はあるんだけどね」

 私は母の死後、一回だけ作った事がある。だけど母から詳しいレシピを聞いていなかった私が作ったソレは、美味しいけど母の作った物とはどこか違っていた。

「こんなことなら作り方聞いておけば良かった。手掛かりが昔の記憶だけっていうのが辛いよ。しかも記憶なんてどこまで当てになるかわからないし」

 私はそう言って机にうつ伏せた。何だか考えたら無性に食べたくなってきた。

「またチャレンジしてみようかな。でも、あの味が出せるかなあ」

 ぶつぶつと悩む私を、雫はじっと見る。

「麻耶がその気なら、私も手伝って良い?」

「え?」

「だってあたしもあのアメリカンドッグ好きだったし、作ってみようよ」

「そりゃあ雫が良いって言うなら助かるけど」

 何しろ記憶だけを頼りに作らなければならないのだ。雫が協力してくれたら心強い。

「じゃあ決まりね。どこで作ろうか」

「それじゃあ、日曜に私の家ではどうかな」

 雫は了解と言った後、何か閃いたように私を見た。

「あ、そうだ。助っ人を連れて行っても良いかな?」

助っ人?いったい誰を連れてくるというのだろう。気になったけど、なぜかボカされた。

「当日のお楽しみってことで。大丈夫、悪いようにはしないから」

 そう言って雫は悪戯っぽく笑った。


 日曜日、私は朝からキッチンで準備をしていると、インターホンが鳴った。

『麻耶―、来たよ―』

 ドア越しに雫の声が聞こえる。私は玄関に行きドアを開けると。

「お前麻耶か、久しぶりだなー」

 雫のすぐ隣に背の高い見知らぬ男子が立っていた。驚く私を見て彼は言う。

「おいおい何だよその反応。覚えてないか?冷てーな」

 そんなこと言ったって知らないものは知らない。いやまてよ、この態度、どこかで会った気がする。

「信也君、麻耶ちゃん驚いてるじゃない。まずは挨拶でしょ」

 そう言ったのは雫では無く、ふわふわの髪をした女の子だった。長身の彼に気を取られていて気がつかなかったけど、雫の後ろにはふわふわ髪の女子とツリ目の男子がいた。

「雫、もしかして僕等が来るって事言ってなかった?サプライズするのは良いけど、せめて僕等には言っておいてよ」

「ごめんごめん。麻耶、皆の事覚えてない?」

 そう言われて、私は三人を見る。そう言えば、三人ともどこか懐かしい感じがする。

「あ、日照!」

 私はふわふわな髪の子を指差した。

「じゃあ、君は大地?」

 そう言うと、ツリ目の男子はと頷く。

「えっと、それじゃあ……」

 私は長身の男子を見て腕を組んで考える。

「何で俺だけ思い出せねえんだよ!」

「冗談よ。風太でしょ」

 名前を呼ばれ、風太が安堵の表情を見せる。日照に大地に風太。それに雫と私を加えた五人は、小学校の頃仲が良かった同級生だ。

「助っ人って、皆の事だったの?」

「うん。あの味を知っている人が多い方が良いと思って」

 それはそうだけど、よく皆集まってくれたものだ。

「当り前だろ。またあのアメリカンドッグが食えるんだぞ。来ないわけにはいかないだろ」

「風太は食意地貼りすぎ。麻耶が帰ってきたことの方が重要だろ」

「そうだよ。麻耶ちゃんも帰ってきてるなら連絡くれれば良かったのに」

 皆昔とちっとも変わって無い。風太が馬鹿言って大地が突っ込んで、麻耶がなだめて雫が呆れる。私達はいつもそうしてきた。

「とりあえず皆上がって」

 皆を家の奥へと案内する。元気だったかとか、今までどうしてたとか他愛もない話に花を咲かせて、何だか昔に戻ったようだ。

 家に上がった皆は、母に線香をあげてくれた。皆少し寂しそうな顔をしていたけど、お参りが終わるとすぐに元気を取り戻した。

「じゃあ、早速始めようか」

 そう言って皆をキッチンへと案内した。

「使うのって小麦粉じゃないんだ」

「うん。確かホットケーキミックスを使ってたと思う」

「そういや麻耶のアメリカンドッグ、コンビニで買うのとはどこか違ってたよな。けど、ホットケーキミックスを使うってわかれば、もう味を再現できたも同然だな」

「バカね。それだけで再現できるならもうとっくに作れてるわよ。わざわざあんた等呼んでないって」

「何ィ。じゃあお前等、作れてたら自分達だけでアメリカンドッグ食うつもりだったのか?未完成で助かった」

 どうも風太はどこかがズレているようだ。

「まあ、とりあえず作ってみようか」

 私達は早速調理に取り掛かる。作っていて思ったけど、何だか大地の手際がやけに良い。

「大地、もしかしてこういうの得意?」

「うちは親が共働きだから。今は俺が弟達の飯作ってる」

 そう言えば大地には弟と妹がいたっけ。

「けど大地君凄いよね。家事やってるのに高校入ってすぐのテストで学年三位だよ」

「日照が大地の成績知ってるってことは、二人は同じ学校?」

「うん。課は違うけど、二人ともS高」

 この辺で一番の進学校だ。そこで三位を取る大地も凄いけど、私にしてみればそこに通っている時点で日照も充分凄い。

「私は普通だよ。凄いと言えば、風太君はスポーツ推薦でN高校に行ったよ」

「おう、今は野球部期待の星だ」

「それは頼もしいわ。それじゃあ、自慢の剛腕でコレ混ぜてね」

 そう言って雫は風太に生地の入ったボールを渡す。皆で分担したおかげで作業はあっという間に進んだ。出来た生地にソーセージを包み、一口大に丸めてから油の中に投下した。ほどなくして生地は狐色に変わり、美味しそうなアメリカンドッグが出来上がった。

「じゃあ、味見してみようか」

 私は皆に爪楊枝を渡し、出来上がったソレを一人一個ずつ口に運ぶ。

「おお、出来立てって旨いな」

「確かに美味しい。けど……」

「昔食べたあの味とはどこか違うわね」

 雫の言う通りこれはこれで美味しいけど、母の味とは違っていた。

「もう少し甘かった気がする。次は砂糖多目で作ってみない?」

 日照に言われて、砂糖を追加してみる。今度は上手くいくか?出来上がったアメリカンドッグを、さっきと同じように皆で食べる。

「やっぱなんか違うな」

「甘くはなったけど、これじゃないね」

 またしても思い出の味の再現には至らなかった。こんなんで本当に作れるのだろうか。

「大丈夫だよ。まだまだ材料はあるんだし、どんどん作って行こう」

「ありがとう。ごめんね、こんな事に着き合わせちゃって」

そう言う私に大地が優しく声をかける。

「良いよ。僕らもこうして作れて楽しいし」

「そうそう。私達だってもう一度食べたいんだしさ」

 雫が言うと、風太も頷く。

「人気がありすぎたせいで昔はあまり食べれなかったんだ。今日はたくさん作ろうぜ」

 風太の目は本気だ。それが何だか可笑しくて、私は笑いながら次の生地を作り始めた。

 それからもう一度作ってみたけどやはり違う。根本的に何かが欠けている気がする。

「ねえ、もしかして何か隠し味があったってことはない?」

 確かにそうかも。それが何かが分かれば大きく前進するだろうけど。

「隠し味って、チョコとかジャムとかか?」

「それじゃあ隠れないよ。見た目は普通のアメリカンドッグと同じだったから、混ぜても色が変わらないモノってこと?」

 私は一生懸命過去の記憶を探る。遠足の日の朝、キッチンに立つ母は楽しそうにお弁当を作ってくれていた。テーブルの上にはアメリカンドッグの材料であるホットケーキミックスやソーセージが並んでいた。さらにその横にあったのは……

「蜂蜜?」

 あの時、他の材料と一緒に蜂蜜が置いてあった気がする。

「蜂蜜か。確かにそれなら混ぜても目立たないし、甘みも出るかも。麻耶、蜂蜜ある?」

「ちょっと待って」

 私は冷蔵庫から蜂蜜を取り出す。はたして母の隠し味はコレなのだろうか。

「とにかく作ってみようぜ」

 私は生地の中に蜂蜜を入れる。分量は勘任せ、果たして上手くいくかどうか。そうして出来上がった蜂蜜入りの生地を使い、私達は再度アメリカンドッグを作った。

「見た目はさっきとあまり変わらないね」

 蜂蜜の色が生地の色と似ていたため、ほとんど変化は見られなかった。けど味はどうだろう。私達は恐る恐るそれを口にした。

「……美味しい」

「これだよ、麻耶の家の味だよ」

 確かにそれは母の作ったあのアメリカンドッグの味だった。隠し味が蜂蜜というのは間違っていなかったようだ。

「もう一個貰うぞ」

 風太は二個目を口に運ぶ。私も思わず手を伸ばす。揚げたてのふっくらとした食感が心地よく、甘い味が口の中に広がっていく。

「ありがとう。本当に再現できるとは思わなかった」

 私は皆にお礼を言い、皆も笑顔を向ける。けど、何故か日照が難しい顔をしている。

「日照、どうかしたの?」

「うん。確かにこれは昔食べた味にすごく近いけど、でも何だろう?ちょっとだけ甘いような気もする……かも」

 自信無さげに言う。でも言われてみれば微妙に何かが違うような気がしないでもない。

「蜂蜜を入れすぎたとか?」

「もしかして、蜂蜜を入れた分砂糖を減らさなきゃいけないんじゃないか?」

「そう言えば食感も少し柔らかい気がする」

 大分近づいたのは間違いないけど、まだ完璧じゃない。

「もう一度作ろう。ここまで来たんだから絶対あの味を再現させよう」

 雫の言葉に一同が頷く。私達は再び調理に入っていった。

それからしばらくして、材料を全て使い切った私達は、手分けして後片付けをしていた。

「結局作れなかったな。そう簡単にはいかないってことか」

風太の言う通り、私達は母の味の再現には至らなかった。けど、不思議な満足感はある。それはきっと皆で一緒に作れたことが楽しかったからだろう。私が洗い物をしていると、大地が思い出したように口を開いた。

「思ったんだけどさ、昔僕等がアメリカンドッグを食べたのはいつも、昼に弁当を食べた時だよね」

 そう。あのアメリカンドッグは遠足のお弁当でしか食べたことはない。けど、それがどうしたと言うのだろう?

「あれって、朝作ったやつを食べるわけだから当然冷めてるよね。だけど今日僕等が食べたのは揚げたて。冷めたやつと揚げたてなら味が変わるんじゃないの?」

 全員が言葉を失った。なんで気がつかなかったのだろう。

「何でそれをもっと早く言わないんだ?」

「仕方ないだろ、気づいたの今なんだから」

「確かにそれじゃあいくらやってもあの味出せないわ。あれ、冷めても美味しかったから考えが回らなかった」

 よりによって材料が無くなった後に気づくなんて。頭を抱える私を見て風太が言う。

「残念だけど、今回は諦めるしかねえよ。で、次はいつ作る?」

「まだ作る気なの?」

「当り前だろ。俺はできるまで何度でもやるぞ。お前等は違うのか?」

風太の言葉に私達は顔を見合わせる。

「私は、作りたいかな」

 日照言って、皆も頷く。もちろん私もだ。

「じゃあ決まりだな。都合のいい日にまた集まって作ろうぜ」

 どうやらアメリカンドッグ作りはまだ続きそうだ。けど……

(それも良いか)

 皆とこうして集まって母の味を作る。ただそれだけの事が、とても楽しく思えた。

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