五月晴れの空

神木 ひとき

五月晴れの空

高校に入学して一ヶ月、ようやく新しい環境にも慣れてきた。


新しい先生、新しい友達、部活の先輩、全てが想像していたより遥かに大変で疲れてしまう。


ようやく受験勉強から解放されたと言うのに、何だか落ち着かない一ヶ月を過ごしてしまった‥


気がつけば、芽吹いたばかりだと思っていた木々の葉がすっかり青々と成長して風に揺れている。


教室は朝から賑やかだ。

学校に慣れてだんだん友達も増えてきたから、みんな楽しくて仕方ないんだろう。


「ねえねえ、聞いてよ五月!」


「どうしたの日菜子?」


「昨日さ‥」


「昨日?」


「うん、昨日、見ちゃったんだよね‥」


「何を?もしかして‥幽霊とか?」


「幽霊?何それ?」


「じゃあ何?」


「五月、聞いてショック受けないでね?」


「何なのよ?もったいぶって!」


「わかった、言うよ‥」


「いいから、早く言いなよ!」


「晴野君‥うちの学校じゃない制服着た可愛い女の子と駅前のコンビニに一緒にいたのを見ちゃったの、しかもとっても仲よさそうで、あれは間違いなく彼女だよ」


それを聞いて言葉を失った。


「晴野君‥彼女いたんだ‥」


「五月、大丈夫?」


「‥日菜子、朝から何てこと言うのよ?」


「だからショック受けないでねって事前に言ったよね?」


高校に入学して仲良くなった立川日菜子たちかわひなこが呆れたように声を上げた。


晴野君‥

彼も高校に入学して同じクラスになった。

所謂一目惚れだった。


やっぱりな‥

そんな感じがしたんだ‥

あんな優しくて、カッコいいんだから‥


「ショックなんか無いよ!」


「そうかな、何だか顔色悪いけど?気のせいだったらいいけど」


「気のせいだよ‥」


力なくそう言うと、フラフラしながら教室から出ていこうとした。


晴野空はれのそら

彼の名前はわたしの名前、雨森五月あめのもりさつきにピッタリの名前なのに‥


「おはよう!雨森さん」


教室に入ってきた晴野君は爽やかな表情をしていた。

とても素敵な笑顔で話し掛けてくる。



「おはよう‥」


素っ気なく答えて、彼の横を素通りしてトイレに向かって廊下を歩き始めた。


「雨森さん、どうしたの?何だかんだ機嫌が悪いみたいだね」


そう彼に言われて振り返った。


「別に、そんなことないよ‥」


「そうかな?今、避けられたような気がするんだけど‥」


避けてる訳じゃない‥

と言うよりは、彼女持ちに興味が無くなったっていうことだよ‥


「部活は慣れたかい?バスケ部はどう?」


「どうもこうもないよ‥先輩のストレッチの補助と練習後のマッサージばっかで、全然ボール触らしてくれないんだから‥」


「そりゃ大変っていうか、つまらないね?」


「晴野君こそどうなの?陸上部は」


「ああ、陸上は個人競技だからね、速く走って、それが全てだから‥まあ、なんとかやってるよ」


「そう‥悪いけどトイレ行きたいんだよね‥」


「ご、ごめん‥」


彼は慌てた様子で謝った。


話を切り上げてトイレに向かった。




彼をを意識したのは高校に入学して何日か経ったある日のことだった。


学校の最寄りの駅に着くと、雨が降り出していた。


‥天気予報通りだ。

折りたたみの傘を取り出そうとカバンを開けた。


‥傘が無い。


「しまった!」


何日か前に鞄から取り出していたのをすっかり忘れていた。


誰か知っている子がいないか辺りを見回したけど、誰もいなかった。


仕方なく雨に濡れながら学校へ向かって歩きだした。


「あれ、雨森さん、傘持ってないの?」


そう声を掛けられ、声の方向に振り向くと、


「確か同じクラスの‥晴野君?」


「良かった!覚えててくれたんだ?声を掛けても誰だか分からないって素振りされたらどうしようかと思ったよ」


そう言って彼は差している傘をわたしに向けた。


「良かったら一緒に入っていく?」


「いいの?」


「もちろん構わないよ」


「ありがとう」


そう答えると、彼の傘にの下に入って一緒に歩き出した。


「天気予報とか見なかったの?」


彼が質問した。


「見たけど、折りたたみの傘がカバンに入ってると思ったから‥この前取り出したのすっかり忘れてた」


「そっか、ところで雨森さんと話をするのって二度目だよね?」


「そうだね、入学式の日に話して以来だね」


「雨森さんはバスケ部なんでしょ?」


「うん、中学でも部活やってたから、晴野君は?」


「陸上部、走るの好きなんだよね」


「わたしは走るの得意じゃないな、それに‥」


「それに?」


そう言って彼がわたしの顔を覗き込んだ。


「うわ!いきなり、顔近いよ!」


彼の優しい眼差しにわたしはドキッとした。


よく考えたら一つの傘に入って歩いてるってことは、こんなのクラスの誰かに見られたら、冷やかされるに決まってる!


「ゴメン、ゴメン!つい‥」


彼は笑いながら謝った。


「わたし、屋外はダメなんだよね‥」


「屋外がダメ‥それどういう意味?」


彼がわたしを覗き込んだまま不思議そうに質問した。


「わたし、苗字の通りにすごい雨女なの、だから屋内でも出来るバスケ部にしたんだ」


「雨女?へ〜っ」


「昔から、運動会とか遠足、林間学校、学校の行事の日はいつも雨が降るんだ」


「そんなの偶然でしょ?」


「そんなこと無いの、一度熱を出して遠足休んだことあって、その時は快晴で‥それ以来みんなから雨女って言われるんだ」


「それも偶然だよ」


彼はわたしの話を全く信じていない様子だった。


「わたし、本当に雨女なの、小学校の時に好きだった男の子から遠足に来るなって言われて‥ショックだったな」


「雨森さんの名前は五月じゃない?それって五月晴れの五月でしょ、誕生日五月とか?」


「そうなんだけど、苗字の雨森の方が強いみたい」


「ふ〜ん」


「晴野君の名前は確か‥空だよね?物凄い晴れ男な名前だよね?」


「そうだね‥そう言えば学校の行事の日に雨が降った記憶ないな」


「やっぱり‥」


「じゃあ、雨森さんと僕が結婚したら、雨女が解消されるかもね、晴野五月なんて、絶対に晴れ女の名前だよね!」


唐突に彼が結婚なんて言葉を口にしたので驚いた。


「結婚!?‥」


「あっ、ゴメン、ゴメン、もしもの話だから、気を悪くしないで」


笑いながら彼はそう言った。


「‥」


気なんて悪くならないよ、彼の優しい笑顔と結婚という言葉にわたしは恋に落ちた。


それなのに‥彼女がいたんだ!

詐欺師だよ!

何が結婚だ!

わたしのハートをガッチリ掴んでおいて、それは無いよ!



日曜日の夕方、家族で街道沿いにある大型ショッピングセンターに買い物に来ていた。


沢山のお店や飲食店、映画館などがあって多くの人で賑わっていた。

我が家は週末になるとよくこの施設にやって来て買い物をした後に食事をするのが恒例となっていた。


イタリア料理のファミレスに入ると、運良くすぐに席に案内された。


妹の弥生やよいが嬉しそうにしている。

弥生は中学二年生で、ここに来ると機嫌がいい。

わたしと同じで中学からバスケ部に入っている。ピザとパスタが大好きで、とにかくよく食べる。


「お姉ちゃん、ドリンクバーに行って来るね!」


注文を終えた弥生はすぐに席を立った。


「あっ、わたしも行く!」


そう言って弥生の後に付いてドリンクバーに向かった。


弥生は嬉しそうにコーラをグラスに注いでいる。


わたしも大好きなメロンソーダを飲もうとグラスに氷を入れていた。


不意に肩を叩かれて振り返ると、晴野君が立っていた。


「こんばんは、雨森さんも食事かな?ここよく来るの?」


「晴野君‥うん、わたしも妹もピザとパスタが好きで、家族でよく来るんだ」


晴野君に会うなんてもしかして‥

わたし達は縁があるのかな‥


「へ〜っ、雨森さんは妹さんがいるんだ?」


コーラを持って席に戻ろうとしている妹の弥生を指差した。


「彼女が妹さん?雨森さんによく似てるね」


「晴野君もここ、よく来るの?」


「うん、よく来るよ」


「じゃあ、中学の時とか会ってたかもね」


「そうだね、会ってたかもね」


「空、知り合いなの?」


同い年位の女の子が会話に割り込んできた。


とても可愛い女の子だった。

空なんて名前を呼び捨てにして、誰なんだ‥?


「ああ、あおい、学校の同じクラスの子だよ」


彼は女の子にそう答えた。


蒼って‥

彼も女の子を名前で呼び捨てにしてる。


そっか‥

この子が多分、日菜子が見たって言ってた彼女に違いない。


「こんばんは」


彼女が笑顔でわたしに言った。


「こんばんは‥」


彼女の笑顔にいたたまれなくなって、


「それじゃあ‥」


彼に視線を合わせることなく素っ気なく、手にしたグラスにメロンソーダを注ぐと自分の席に向かった。


「あっ、雨森さん‥あの‥」



席に戻ると弥生がニヤニヤしている。


「今話してた人誰?カッコイイね!」


「同じクラスの男子だよ」


「そうなんだ、お姉ちゃんの好みのタイプって感じだよね?」


「もう彼女がいるよ‥」


「そうなんだ‥それは残念だね」


本当に残念だな‥

しかもあんなに可愛い彼女がいるなんて‥


「素敵な女の子と一緒だね!それにすごく仲よさそうにしてる」


弥生が彼のいる席の方を見て言った。


「こら、弥生、ジロジロ見ないの!」


「だって‥」


わたしは急に大人しくなってしまった。

せっかく大好きなピザとパスタなのに、全く食欲が無くなってしまった。

来なければ良かったな‥


「お姉ちゃんどうしたの?」


「別に‥」


そう答えて、彼のいる席を横目で見た。


彼の顔はこちら側からは見えないけど、蒼という女の子は彼と楽しそうに食事をしながら会話しているのが見えた。


彼女と目が合って、彼女はニコッと微笑むと彼とヒソヒソ話を始めた。


余裕なんだね‥

わたしは視線を外すと、グラスのメロンソーダを一気に飲み干した。


家に帰ってもボンヤリとしていた。


一つの部屋を一緒に使っている弥生が、


「お姉ちゃん、さっきの彼のこと好きなんだ?」


「‥好きじゃないよ」


「ふ〜ん、その割には元気ないけど?」


「弥生には関係ない、ほっといてよ‥」


「お〜怖い、怖い、触らぬ神にたたりなしだね‥わたしもう寝るから、おやすみなさい」


そう言って弥生はベットに入った。


晴野君の優しい笑顔と蒼という可愛い彼女がとてもお似合いで、ショックと言うより、彼の笑顔を独占することが出来る彼女が羨ましいという気持ちでいっぱいだった。



次の日は五月晴れとは言えない朝からどんよりとした曇り空で、まるでわたしの気持ちを表しているようだった。


昇降口で上履きに履き替えていると、晴野君に声を掛けられた。


「おはよう雨森さん、昨日はあんな場所で会って驚いたよ、私服の雨森さんも制服と同じで可愛いね」


「そう‥どうせわたしなんか何着ても同じだよ」


「雨森さん‥そういう意味じゃなくて‥制服と同じで似合ってたよ‥」


「昨日一緒にいた子には敵わないよ」


そう言うと教室に向かった。


「雨森さん‥あの、昨日の‥」


わたしは彼のことを無視した。


その日は彼の顔を見るのが辛くて、出来るだけ見ないように過ごした。


部活が終わって着替をすませると昇降口で靴に履き替えて外へ出た。


曇り空からポツポツと雨が降り出してきた。


「相変わらずの雨女だな‥」


カバンから折りたたみの傘を取り出そうとしたけれど、あれ?またか‥

カバンには傘が入っていなかった。


本当に雨女なんだな‥

恨めしくなって空を見上げた。


仕方なくそのまま昇降口の軒下から外へ出て歩き始めた。


雨粒がわたしを濡らして‥

あれ?濡れてない。


頭の上に傘が差されていた。

後ろを振り向くと晴野君が傘をわたしに差してくれていた。


「また、傘を忘れたのかい?」


「ほっといてよ‥」


「そうはいかないよ、濡れちゃうよ」


彼は笑顔で優しい言葉を掛けてくれる。

でも、それがとても辛かった。

その笑顔は本物じゃないんだ‥


「わたしに優しくしないでよ‥」


「雨森さん‥」


「優しくされると辛いから‥もう構わないでよ」


「雨森さん、やっぱり蒼が言ってたように誤解してるよ」


「誤解なんてしてないよ!」


晴野君の口から蒼というあの子の名前を聞いて少し感情的になって語気を強めてそう答えた。


「友達とか言うんだ?その割には随分と仲よさそうだったけど?」


わたしは嫌味を言った


「ハハハ‥そりゃ仲はいいよ、生まれた時から一緒にいるからね」


「そうでしょうね!?‥う、生まれた時からって?」


「そっ、生まれた時からね、蒼は姉貴なんだ、僕は二卵性の双子なんだよね」


晴野君‥双子なの?


「またまた、見え透いたこと言って‥」


「雨森さんって疑ぐり深いんだね、それとも僕ってよっぽど信用ないのかな‥結構有名だったから、うちの学校で僕と同じ中学から来てる子に聞いてみてよ」


晴野君‥

そこまで言うからには本当なんだ‥

でも何で?

何でわたしに?


「傘に入っていかない?」


「‥晴野君、何でわたしに優しくしてくれるの?」


「優しくしたら迷惑かな?僕は‥雨森さんがすごく気になるんだ‥」


「わたしが気になる?」


「入学式の時から気になってたんだ‥でも話す勇気がなくて、いつか雨が降って駅から傘に一緒に入って学校に来たことがあったでしょ?あれって声を掛けるの緊張したんだよ‥でも千載一遇のチャンスだと思って、思い切って声を掛けたんだ。雨森さんが雨女で良かったよ、お陰で話すキッカケになったから‥」


それって‥

晴野君、わたしのこと‥

そう思っていいの?

気にしてくれるなんて‥


「昨日も雨森さんに会えて本当に嬉しかったんだ。姉貴にも言われた‥雨森さんのこと好きなんでしょって?」


「どうして?」


「僕があんなに嬉しそうにして女の子と話すの見たことないからって、雨森さんがこっちを気にして見てたから脈があるかもよって、きっと誤解してるから、ちゃんと話をした方がいいって言われたんだ」


「晴野君‥それって‥」


「この前、もし僕と結婚したら苗字が変わって晴れ女になれるかもって言ったよね、あれってね‥冗談で言った訳じゃないんだ。僕は‥雨森さんのことが好きだから優しくしたいし、一緒に帰りたい‥でも迷惑なんだよね?」


晴野君の言葉に嬉しくて思わず涙が出そうになった。


「晴野君、あのさ‥」


「あっ、雨、殆ど止んだみたい‥もう傘は要らないね‥」


そう言って彼は傘を閉じようとしたので、わたしは彼の手を止めた。


「まだ降ってるよ」


「えっ?」


「そのまま傘を差していて欲しいな‥その方がこうやって寄り添っていられるから、晴野君が好きだから‥だから嬉しくて涙が溢れてくる。他の人に見られるの恥ずかしいから、傘はそのままで‥お願い」


「うん‥わかった。雨森さんが晴れ女になるまで、ずっとこうして隣で傘をさしていてあげるよ」


「ありがとう、晴れ女じゃなくて良かった、雨女で良かった。初めてそう思った」


「それじゃあ‥あの‥僕と付き合ってくれるのかな?」


「うん、ちゃんと晴れ女になれるように、これからもお願いね!」


「もちろんだよ、僕と一緒にいれば絶対晴れ女になれるよ!保証するから」


「うん‥」


「蒼が雨森さんに会いたいって言うんだ‥」


「お姉さんが?」


「うん‥嫌かな?」


「ううん、会いたいな‥晴野君のこと色々聞かなくちゃ!」


「何を聞くの?」


「それは内緒!」


「えっ!?内緒なの?」


曇り空の隙間から茜色の夕焼けが見えていた。


「晴野君のお陰で晴れ女になれたかも!」


彼の優しい笑顔にわたしはそう思った。



−完−





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五月晴れの空 神木 ひとき @kamiki_hitoki

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