猫になった俺

にゃべ♪

思い出した猫

 気がついたら俺は猫だった。どうやら転生とか言うのをしたらしい。こんな時、ラノベを読んでいて良かったと思うね。知識がなかったら混乱していたところだ。


 でも何故前世の記憶が蘇ったのか分からない。その記憶によると俺はトラックに撥ねられて死んだようだ。ラノベだとこう言う場合、異世界に飛んだりするものだと思うけど――まぁ、ある意味猫の世界に飛んだと考えればこれでも十分に異世界だな。


 猫に生まれ変わった俺は当然のように野良猫だった。人間の時も野良みたいな生活だったなぁ。少なくともまともではなかった。環境も悪かったし親も酷いもんだった。

 唯一の癒やしは死ぬ直前に奇跡的に付き合う事の出来た彼女くらいだ。あいつは今でも元気にしているかな――もう会う事もないのだろうけど――。


 俺は前世の記憶を思い出した事で生きるのはかなり楽になった。何しろ文字は読めるし言葉も分かる、つまり人の考えている事が分かる。野良をやる上でこれほど有利な事はない。猫好きはひと目で分かるし、奴らに媚びれば飯に困る事はない。この程度なら普通の野良も経験で身に付けているだろう。


 だが俺はさらにその上を行く。行きたい場所があれば電車にも乗るし、どさくさに紛れてバスだって利用する。多少は騒ぎにはなるが、猫の身軽さでヘマをした事は一度もない。これでスマホでも使えたら最高なんだが、猫にスマホは流石にな……飼い猫ならともかく野良にそれを手に入れる術はない。


 周りから聞こえる情報をまとめると、どうやら今は俺がトラックに撥ねられてから3年後の世界のようだ。確か俺が今2歳くらいのはずだから、死んですぐに猫に転生した事になる。


 人間だった頃の実家には別に行く気もないけど、彼女が今どうしているのか、それは気になった。3年も経てばどうせ新しい恋人を見つけて宜しくやっているんだろうけど、それを確認して未練を断ち切ろうと俺はすぐに彼女の家に向かった。


 彼女の家は俺の普段の縄張りから二駅程離れた場所だ。どうしてこんな近場に転生したのかさっぱり謎だったが、そんな事は気にしても仕方ない。

 死んでから転生するまでの記憶はさっぱり思い出せない。分からない事は気にしても仕方ない。そんな訳で俺は電車を乗り継いですぐに現場に辿り着いた。


変わってないなぁにゃぁ~


 時間が経ったとは言えたった3年だ。見慣れた景色もそんなに変わらない。彼女の部屋は二階で、きっと今もそこにいるはず。俺は家の塀に登ってその場所の窓を見上げる。


 けれど、カーテンが閉まっていて肝心の中の様子を見る事は叶わなかった。今、彼女は学校だろうか。あれから3年だから順調に行けば高2になっているはず。俺とは頭の出来も違ったから今生きていても高校は別々だっただろうな……。


 俺は結局彼女と合う事は出来ず、近くの公園で暇を潰していた。この公園にも思い出は沢山詰まっている。当時彼女とのデートはお金がなくてこの公園で他愛もない会話をするのが定番だった。

 俺はそんな思い出の詰まったベンチで昼寝を決め込む事にした。


「やっぱり、ここにいたんだ」


 俺が気がつくとそこに彼女がいた。おかしい、平日の昼間なのに。学校はどうしたんだ? もしかして、これは夢か?


ふにゃああ~ど、どうしてここに?」

「うふふ、猫さんもひとり?」


 ダメだ、話が通じない。前世の記憶が蘇っても俺は猫。見聞きは出来ても言葉は喋れないんだ。これほど猫の体を不便に思った事はない。いつもならその身軽さとか自由さで猫って事に幸せを感じていたのに。


「そうだ! 猫さんうちの子になる?」

にゃ、にゃあな、何をっ?」

「だって猫さんかわいいんだもん」


 彼女はそう言うと俺の脇を抱えてばんにゃいの姿勢をさせる。や、やめろ、恥ずかしい。


にゃにゃーっや、やめろっ!」

「猫さん、嫌なの? それともあなたはどこかの子?」


 彼女はそう言いながら俺の顔を覗き込む。その無邪気な顔は俺と付き合っていた頃と変わらない。いや、多少大人びてはいたけど。

 じっと見つめられて恥ずかしくなった俺は思わず顔をそらした。


「ふふ、猫さんまるで人間みたい」

ふにゃああ~ふ、ふざけんなっ


 駄目だ、言葉が通じないのがこんなにもどかしいなんて……。俺は彼女に言いたい事が、会えたら伝えたい言葉が山程あった。

 けれど、それを全く伝えられないこの現実に失望していた。せめて、自分があの時の俺だって伝えられたなら……。


「私ね、引きこもりなんだ」

にゃ、にゃあっな、何だって?」

「3年前に彼がトラックに跳ねられて死んじゃって、それから何もかもどうでも良くなっちゃって……」

にゃあぁ~う、ごめん……」

「今日もずっと部屋に閉じこもっていたんだけど、カーテンの隙間からあなたがこの部屋を覗いている気がして……」

にゃ、にゃにゃっ見、見てたのかっ?」

「それで気になって追いかけて来たんだよ、テヘヘ」


 彼女は俺がさっき家の塀に上って部屋を眺めていたところを見ていた。あの時、ずっと部屋にいたんだ。全然気付かなかった。

 俺が呆然としていると彼女は更に話を続ける。


「あなたを見た時に、何故かな、彼が戻ってきた気がして。このベンチで寝ているのを見て、それで思わず隣に座わっちゃった」

にゃあ~にゃああ~俺だよ、この猫が俺なんだよっ!

「あなたは逃げないし、まるで初めて会った気がしないんだ。こう見えて私ね、猫には逃げられる体質なんだよ。どうしてあなたは私に寄り添ってくれるの?」

にゃ、にゃあ~っだから、俺なんだって!」

「もし嫌だったらすぐに逃げてね。で、もし良かったら私と一緒に暮らしましょう」


 彼女はそう言うと俺を抱きかかえて家に連れ帰る。勿論俺がそれを嫌がる訳もなかった。彼女の家では俺は大歓迎される羽目になった。

 この家の初めてのペットと言う事で、かなり猫にしては贅沢な暮らしをさせてもらっている。今までは野良が性に合っていたけれど、飼い猫と言うものもいいなってこの時初めてそう思えたんだ。


 そして家族の会話から大体の事情は飲み込めた。


 俺の死が彼女にとって大きな精神的ダメージになった事。

 後を追おうと何度も自殺未遂を繰り返した事。

 その結果、周りについていけなくなって引きこもりになった事。


 全ては俺の死が原因だった。この事実を知った俺はかなり落ち込んだ。俺を撥ねたトラック野郎が許せなくなった。

 でもそれはもう後の祭り。今更失った過去は取り戻せない。


 彼女が猫を飼う事で精神的回復も望めるだろうと言う事で、彼女の両親は俺に期待をしている。頑張らなくちゃだな。


「たける~! ご飯だよ~」

にゃあぁお腹空いたぜ~」


 彼女の家の猫になった俺は新しい名前をもらって、今はたけるとして生活をしてる。この名前は彼女の好きなマンガのキャラの名前なんだそうだ。俺はそう言うのに疎いからこの名前に対して特に何の感情も抱いてはいない。

 俺と触れ合う事で彼女が元気になったくれたならそれだけで俺は満足だ。


 彼女は日に日に元気になって口数も増えるようになった。きっとこの調子だと社会復帰する事もそんなに遠い未来ではない気がする。

 俺はこれからも飼い猫として彼女の生活を見守って行こうと思う。悪い虫がついたら追っ払わなくちゃだしな。


 考えてみれば、俺が猫になったのってこう言う事だったのかも知れない。勝手に先に死んで彼女が病んで。それを治す為に俺は猫になった。

 本当は違うのかも知れないけど、そう思えば俺が猫になった意味も少しはあるのかな、俺みたいなのでも役に立てるのかなって気がして誇らしくも思えるんだ。


「たける~! 一緒にお風呂入ろっか」

にゃあ~勿論だぜ!」


 夜にはこんな役得もあるし。やっぱ猫って最高だぜ!

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猫になった俺 にゃべ♪ @nyabech2016

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