第3話 宇宙の支配者

「眠り屋台か」

「《覚悟》かもしれん。商品が見えへんかった」

 商品を売り尽くした屋台の主人は、宇宙の果てを目指してわざと暴走させることがある。それを誰かが《覚悟》と呼ぶようになった。

「宇宙の果てって、どないなってんやろな」

「ドラ、そんなのに興味あるのか」

「小麦粉もタコも、少なくなってきてんねん」

 ドラの声はちいさい。

「どっかで補充できるって。屋台の食材売りとかさ」

 だがドラは金魚にえさをやりながら、つぶやく。

「あのなあ。暗くて冷たい、遠い遠い宇宙の果てに宇宙の支配者がおってな、人を呼びたい思うねん。そいつは雑誌に広告だすんや。誰もがインチキと思う広告な」

 オレは黙った。さっきの屋台は、もう見えない。

「でも、宇宙の果てに支配者がいるって…?」

「そこ以外におらんやろ。いたら誰かが見つけとるわ」

「でも、どうやって支配者に会うんだ?」

「眠るんや。眠れば、タキオンが暴走して宇宙の果てまでまっしぐらや」

 それからドラは語りだした。

「ドラが思うによ、宇宙の果てにはほったて小屋があるんや。臭いドブが流れとる。戸をあけると、宇宙の支配者がおってな、エロ雑誌向けの広告をせっせと書いておるんや」

「…なんでそんなこと、するかなあ?」

「話、聞けや。ドラは紳士的に声をける、『われ、どうゆうつもりや! 答えによっちゃあ、容赦しないぜよ!』。

 すると宇宙の支配者は顔をあげて、にっこりする。『よう、きたなあ』ってな。するとドラは問い詰める。『あのインチキ広告は、なんや! 出るところに出してもいいんやで!』」

「それで?」

「宇宙の支配者はいう、『人を呼んでいたんだ』とな。『いい迷惑やないけ』。しかし宇宙の支配者はひるまない。『ここは寂しいからなあ』。それを聞いて、ドラは許してやるんや」

 ドラは、ニンマリする。

「それからドラが宇宙の支配者になるのも、いいかもしれん。そしたらにいちゃんも遊びにこいや。たこ焼き、おごったるで」

「何個くらい?」

「ドラは宇宙の支配者やから、一六個くらいな」

「少なっ!」

「ところでにいちゃんは、なにしたいんや?」

「なにって?」

「宇宙の果てには、いきたくないんやろ。それやったら、どこにいきたい?」

「地球さ」

「地球に戻りたいんか?」

「当たり前だよ、あそこには大阪もあるし、森も町も地面もある。人だってたくさんいる。風鈴もたこ焼きも焼き芋も、たんまりある。戻りたいに決まってるじゃないか」

 ドラは、顔を曇らす。

「あのなあ、にいちゃん…」

「なんだい?」

「いいにくいんやけどなあ」

「うん?」

「うちら、ずっと超光速やってたやろ」

「まあ、そうかな」

「シナ蕎麦屋のあんちゃんがいうておったけど、光より速いと、時間が逆向きに進むんやと」

「?」

「つまり、うちらは過去にいるんや。ここは過去や。地球があっても過去の地球や」

「そんな…嘘だろ」

 ドラは首をふる。

「うちらがいた地球には永遠に戻れん。そんなら宇宙の果てのほうがいいんとちゃうか?」

「それって…でも説明書には、そんなこと書いてなかったし」

「シナ蕎麦屋は、すみっこに小さく書いてあったって、いうておった。ドラも見たが、確かにあったぜよ」

「嘘だよ、絶対に嘘だ」

「にいちゃんも読んでみい」

「でもでも、絶対に戻りたいし!」

「地球に戻っても恐竜しか、おらんで」

「恐竜でもいい! いいじゃないか、恐竜見られるなんて、めったにないんだから!」

「恐竜が風鈴、買うはずないやろ」

「売るよ、売りつけてやるよ。恐竜に風鈴、風情があるじゃないか!」

「ねえよ」

 ドラがうんざり顔になったとき、風鈴がキーン、キーンと立て続けに素粒子音を鳴らす。バブルとバブルが離れつつあり、隙間から素粒子が飛び込んでくる。ドラとオレは同時にため息をつく。

「晩秋と真夏じゃあ、長くはもたねえな」

 バブルどうしは長くは融合できない。季節が違えば、なおさら。出会って、商売して、おしゃべりしたら、さようなら。

「もっと涼みたかったのにな…」

 ドラはカウンターごしに、手を差しだす。

「どこかでおうたら、またたこ焼き食おうな。奥山」

「ああ」

 オレはドラの手をかたく握る。

 自分のバブルに戻ると、ドラのバブルはどんどん離れていく。少しの間だけでも併走するんだった、と思ったときには見えなくなっていた。

 仕方ない、こんなもんだ。人は自分のバブルでしか、生きられない。

 オレはため息をつくと、風鈴を数えた。残りは五九個。これがあるうちは、白鳥型ブラックホールを見にいくのもいいか。ビッグバンを見物するのも面白そうだ。

 でも風鈴がなくなる前に、恐竜に風鈴を売りつけてやる、絶対に!

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宇宙の風鈴売り 七佳 弁京 @benkei-shichika

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