第2話 たこ焼き

 おおっ! 実はときどき出会うのだ、同じ境遇の人に。

 正体が分かってほっとして、屋台と併走した。のれんには『たこ焼き』とある。小柄な、オレと同い歳くらいのねえちゃんが屋台をギッギギッギ引いている。オレが手をふると、ねえちゃんは手まねきした。バブルをくっつけてもいいという合図だ。横に並んでバブルどうしを触れさせると、自然とバブルは融合する。ねえちゃんはオレのバブルにやってきて、でかい目でじろじろ見る。

「にいちゃんとこは、暑いんやな」

「地球をたったのは、真夏だったから」

「風鈴か。見てもええか?」

「どうぞ」

「にいちゃん、名前はなんや?」

「奥山」

「ドラや。よろしくな。にいちゃん」

 名前を聞いておきながら、にいちゃん呼ばわりするドラは、ためつすがめつ風鈴をながめる。

 紅に茜に瑠璃に水色に草色。日本の風物を切り取ったガラス風鈴。

 ドラが息を吹きかけると、いっせいにリンと鳴りだす。

 ドラは、ひとつを指さす。真っ赤な金魚と涼しげな水草の瑠璃色の風鈴。

「ドラはこれがええ。たこ焼き八つと交換で、ええか?」

「OK」

 オレはすぐに風鈴を取ろうとする。

「ちょっと待ってやれや」

「なんで?」

「仲間にさよならいう間だけ、待つ。ドラはそう決めてんねん」

 …変な習慣だな。

 ドラはきっかり十五秒、黙っていた。

「もういいで。にいちゃん、こっちこいや。たこ焼きご馳走、したる」

 ドラのバブルは涼しい。そろそろ秋も終わりって頃。紅葉していた葉は落ちて、枝の間から向こうが透ける。寒そうな町や山や森が見えそうな、地面に積もった色とりどりの枯れ葉。

 ドラは自分の屋台にはいると、風鈴をのれんに吊す。小麦粉をといで、鉄板のくぼみにいれ、タコをひとつずつのせる。香ばしい匂いが広がると、突っつき棒でひっくり返す。焼きあがったたこ焼きをふたつの皿に盛り、ソースと削り節をかける。ついでにマヨネーズの容器をだす。

「マヨネーズは、自分でやってな」

 ドラのたこ焼きは大粒だ。オレたちは黙って食べる。通天閣、大阪城、太陽の塔、道頓堀。大阪の情景が漂う。

 …通天閣でビリケンさんの足の裏、なでるんだった。

 大阪にいったのに、俗っぽいコトをやらない主義だったあの頃が、悔やまれる。

 たこやきが半分になったところで、ドラが話しかけてくる。

「にいちゃんも通販かいな」

「うん」

「やっぱ、騙されたんやな」

 そうだよ、エロ雑誌の裏の『貴石のブレスレットで怖いほどもてる』とか『追跡系人工精霊スパロー・憎い相手をどこまでも追いかけます! 悪用厳禁』とか『無限の宇宙パワーで彼女も大金も思いのまま』とかの広告の数々。

 そのなかに『タキオン・バブルで、あなたも宇宙の果てまでひとっとび』なんて広告があっても、インチキと思うに決まってる。

「にいちゃんは、なして風鈴なん?」

「涼みたかったんだ。ドラはどうしてたこ焼き?」

「食いたかったからや」

「買えばいいじゃん」

「じぶんで作りゃあ、食い放題やんけ」

 広告には『お好きな屋台を選べます。商品も付いていて、即開業OK 保健所への申請も不要』とあった。

 タキオンや宇宙と、屋台はいまひとつ結びつかないけど、送料込みでイチキュッパなら、おいしい話。インチキでもともと、本物だったらウハウハ。

「まさか、本物だとはね」

「屋台の引き棒握ったら、ドッカーン。気づいたら宇宙やった」

 届いた荷物は、とても部屋にはいらない。オレは近所の公園でガキどもが見物しているなか、リヤカーの引き棒をにぎった。そしたらいきなり宇宙。タキオンの性質なんて知らなかったから、初めのころは操作が大変だった。

 ドラは遠くを見る目になる。

「誰だったんやろ、広告だしたんは」

「宇宙の支配者、とか」

「それにしては、チープないたずらやな」

「いたずらっていうより、サギじゃん。立派なサギだよ」

「そのくせ、ひとことも嘘、書いてあらへんかった」

 そうだよ、嘘はないよ。屋台も商品もあった。『注意! 超光速が出ます』も説明書にあったが、どうせ嘘だろうとオレはせせら笑っていた。思えば、遠い遠い若気の至り。

 食べ終わると、ドラは風鈴の短冊を吹く。

 リンッ!

 音とともにタキオン・バブルが一瞬だけ、真夏になる。のれんには、ぬいぐるみも吊ってあり、カウンターの端には金魚鉢と金魚、となりに飴細工。出会った屋台の歴史が並んでいる。

「今まで、どんな屋台に会ったんだ?」

 ドラのでっかい目は屋台の天井を向く。つられてオレも天井を見上げた。油でギトギトに煤けている。

「そやな。金魚屋、飴細工屋、シナ蕎麦屋、焼き芋屋、りんご飴屋、射的屋もあったな、屋台の射的屋や」

「へえ」

 オレは、ぬいぐるみを見る。前半分は猿で後ろは魚、不気味だ。

「このぬいぐるみ、もしかして射的屋で?」

「そや。五十発使った。手のひら、痛くなったで」

「なんのぬいぐるみ?」

「人魚のミイラや」

「気持ち悪くない?」

「射的屋のにいちゃんが、食べれば不老長寿になれる、いうとったんや」

「なった? 不老長寿?」

「かじってみたけど、よう分からん」

「ぬいぐるみじゃあ、不老長寿、無理でしょ」

「かもしれんな。飴細工屋はよ、銀河の中心のでかいブラックホールを細工するって張り切っておったで。もうじき象だか白鳥だかのブラックホールができるんとちゃうか」

「ブラックホールの白鳥じゃあ、黒じゃないか」

「白にする、いうておったで」

「それじゃホワイトホールじゃん。それ、なめられるかねえ」

「うんにゃ。なめたらアカン」

 オレたちはつまらないダジャレで笑った。誰かと笑うのは、久しぶりだ。

「焼き芋屋はガッツあったで。ビッグバンの始まったところにいって、芋焼くんやと」

「焼ける? それで焼けるの」

「ドラもそう意見したんやけど、聞く耳もたんかった」

「ビッグバンの中心って、どうやって捜すの?」

「どの方向にも赤方偏移するところが中心や、いうとったで」

「なんでそんなとこにいくのかねえ?」

「あのバブルはえろう寒かったさかい、暖かいとこにいきたかったんとちゃうか」

「今じゃあビッグバンの中心も冷えてるんじゃねえの」

「そこまで気がまわらんのやろ。シナ蕎麦屋は絶対に屋台、引かんゆうとった」

「どうして?」

「麺がのびる前に、宇宙一周するんやと」

 いくらタキオンでも、宇宙を一周するのにどれだけかかるんだ?

「のびるでしょ、絶対に麺のびるって」

「のびたら、屋台を逆に引くんやと。そうすると時間が戻るんやと。チャーシューも豚に戻るゆうておったで」

「ゆで卵は鶏になったりして」

「鶏がまた卵うむから、いいんとちゃうか」

「卵と鶏と、どっちが先なんだよ」

「この場合は卵やな」

 バブルがおおきくゆれた。そばを超々光速でなにかが通りすぎる。青白いタキオン・バブルと屋台がちらり、と見える。主人は引き棒にもたれて、眠っていた。

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