宇宙の風鈴売り

七佳 弁京

第1話 真夏の風鈴

   宇宙の風鈴売り

 

 ここは暗黒の銀河間宇宙。ゴミひとつない、からっぽの空間。遠く遠くに、光るうろこ雲のような銀河の数々。きれいだけど、寂しい闇々。

 こんな人跡未踏の空間でオレがなにをしてるかというと、リヤカーに屋台をつんで、風鈴を売っているのだ。今までに三つ、売れた。売れたはいいが、暑い。外はマイナス二七〇度の極寒のくせに、屋台を包んでいるタキオン・バブルは、真夏の午後なのだ。

 照りつける西日。無風。地球をたったときから、汗は流れっぱなし。オレはいつも思う。

 …日暮れ頃にたつんだったなあ。そうすりゃあ、少しは涼しいのに。

 ガゴン。 

 タキオン・バブルがダークマターにのりあげる。屋台が揺れて、風鈴がリリリンと立て続けに鳴る。だが、想いは続く。

 …冷えたスイカがあったらなあ。アイスキャンデーもいい。

 一休みすると、目をとじてアイスキャンデーを思い浮かべた。ソーダ味。氷河の断面のような凍結した氷色、キンッと冷たい甘さ。つばがあふれ、頭痛まで再現しそうだ。

 子供のキャッキャッという声、やかましいセミの鳴き声も聞こえそうな、怠惰な夏の午後。と、夕立がふりだす。

 これで涼しくなる。

 ところが夕立がオレを直撃してるのに、涼しくならない。頭のなかで光が爆発しまくった。

 リンッ!

 風鈴が鋭く鳴る。目をあけると、素粒子が超々光速で当たって、バブルが、風鈴が青白く光っている。バブルを突き抜けた素粒子は、パチパチはぜている。光の爆発は、オレの脳ミソを素粒子の雨が叩きつけたためだ。

 宇宙は黒い紙を丸めたように変形し、棒のような銀河が突き抜けて、気持ち悪い。

 いかん! うたたねしてしまった。屋台を引かないと、速くなりすぎる。説明書には『長く眠っていると、タキオン・バブルが宇宙の果てまで暴走するので、注意しましょう』と書いてあったのに。

 オレは引き棒を握ると、力いっぱい屋台を引く。バブルはすぐにほどほどの速さになり、宇宙はもとに戻る。うたた寝が許されるのは、三十分ほどだけ。

 眠いけど、引くだけ引くか。

 汗を拭き吹き、しぶしぶ引いていると、宇宙にしみが見える。ブラックホールかもしれん。タキオン・バブルがブラックホールにぶつかるとなにが起こるかは説明書に書いてなかったが、避けたほうがいい。左右に避けるか、それとも上下にしようかと迷っているうちにしみは大きくなり、屋台となった。 

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