後編 恋の花束
彼は少し困ったような、それでいてどこか楽しそうな顔になった。
「仕方ない……じゃあ、一緒に作るから、花を先に見繕っちゃおう。野草でもフラワーアレンジメントの要領でやれると思う」
「わかった」
「最初に、どういう色で作りたいか考えてみて。それから、完成させた時のイメージ。そこから花を選ぶと失敗が少ないから」
「うん」
彼とは一旦別れて、30分ほどかけ材料を集めた。
家に戻ってテーブルに新聞紙を敷き、花を並べてしばらく待つと、彼が帰って来た。
「お待たせ。必要な道具もそろえたよ」
「ありがとう」
買ってきたものを花の隣に並べると、私の左隣であぐらをかく。
「さて、始めようか。まずはこれを切って、水につけます」
どこか得意そうな口調になると、私に彼の手のひらよりも少し大きいくらいの緑色のスポンジを見せた。
「それ、なに?」
「オアシスと言って、水を含ませたこいつに花をさしてあげると、持ちが良くなるんだ。少しだけね」
「へぇー」
彼の知識には感服するしかない。
「それでこれを使うには、まず花を入れる容器の大きさに合わせる必要がある、というわけなのです」
「なるほど」
「カッターでも切れるから、やってみて」
「はーい」
使うのは、私の手のひらくらいの大きさの茶碗。
「どのくらいの大きさがいいの?」
「器と同じくらいかな」
オアシスに器をかぶせ、カッターを1周するだけの簡単な作業なのに、どうしてか私の手は震える。
乱れる動きを脳からの指令で無理やり抑えながら、緑色がはみ出た部分をどうにか切り離した。
「出来たよ」
「じゃあ次は、これに水を吸わせます。使うのは……ボウルがいいかな。水を入れて、そのまま放置」
「どうして?」
「オアシス全体に水を含ませなきゃいけないから、スポンジみたいに水の中に沈めたりすると中まで水がいかないことがあるんだ」
「へぇー」
台所で水を張り、オアシスを置いた。
水が浸み込めば勝手に沈むので、それでわかるらしい。
「さて、前処理はこんな感じで……1番大事な花の配置を決めちゃおう。そうだなぁ……」
机に置かれた野草を2人で眺める。
左から順にツリガネニンジン、イヌゴマ、サワヒヨドリに飾り用のクローバー。
オミナエシもできれば使いたかったが、色のバランスがとれなさそうなのでやめた。
「どういう感じにしたい?」
「えーっとね、こう……ヒヨドリを真ん中において、」
両手で小さく花束を作る。
「周りをこれで囲む……とか、どうかなって」
薄紫色の釣り鐘を、1つつまんで彼に見せた。
「うーん……」
腕を組み、軽く目を閉じて唸る。
「ヒヨドリは真ん中でいいだろ……でもツリガネが厄介だな……アクセントとしてはいけるだろうけど、サブに使うには主張が激しいかな」
ブツブツと呟く。
「うん、ヒヨドリはメインでいいと思う。あとはツリガネニンジンじゃなくて、イヌゴマで隙間を埋めつつ、空いたところに1、2輪くらい挿しこむのがいいんじゃないかな。ちょうどオアシスの方も水が入り切ったころだろうし、早速やってみよう」
「はーい」
「まずは……」
「お茶碗にスポンジを置けばいいんだよね」
「うん。ピッタリに合わせてあるから、少し押し込んでおけばちゃんとはまると思う」
彼の言う通り、指で押し込むと器の中にすっぽりと納まった。
「次はどうするの?」
「ベースを作るところなんだけど、メインで大体スペースが埋まっちゃうから」
「じゃあ、ヒヨドリを挿せばいいの?」
「うん。ただ、その前に……」
1つを手に取ると、ハサミで茎を斜めに切った。
「こうすると、オアシスに挿しやすいんだ」
「へぇー」
「やってみて」
ハサミを差し出され、恐る恐る受け取る。
「そんな怖い顔しなくても大丈夫だって」
「う、うん」
不思議なことに、こういう作業は子供のころから慣れなかった。
茎を鉄の刀2枚で挟み込み、力を加える。
切り口が現れると同時に、周囲に少しだけ植物特有のにおいが拡散した。
「お、いいじゃん」
「はぁ……」
息を吐くと、彼が苦笑した。
「そんなに息を詰めてやらなくたっていいのに」
「なんでか分からないんだけど、こういうことするときっていつも緊張するの」
会話をしながらも、常に意識は花の方へ向けたまま。
オアシスに、たった今切ったヒヨドリを挿しこむ。
再び手が予想だにしない動きを見せようとしていた。
懸命に抑え込みながら切っ先を緑色の地面に刺す。
すると、さっきまで何もなかった草原に、大輪の花が咲いた。
「うん、いいね。次はイヌゴマを少し入れてみようか」
辺りを取り囲むように、今度は紫色の小さな花がポツリポツリと開いていく。
最後に小さな釣り鐘が実をつけ、小さな葉っぱがすき間から顔をのぞかせた。
「出来た!」
私の手のひらほどの茶碗につまった、白や紫、そして緑。
食卓の中心に飾り、2人で鑑賞する。
「そういえば、私たち結婚式とかしてなかったね」
「ブーケがどうとか言ってたくせに、今更思い出したの?」
「別にいいでしょ」
また口をツンと尖らせる。
「まぁでも、確かにウェディングブーケに見えなくもないよね」
「見えなくもないってなに……? 褒めてるつもりなの、それで……?」
「あ、いや、それは……」
「ちゃんと言ってよ」
「……綺麗だよ。これは世界に1つしかない、キミだけのブーケだ」
「まったくもう……」
どうして歯の浮くような台詞が素面で言えるのだろう。
でも、私が好きになったのはそんな彼だ。
心の中でいたずらっぽい笑みを浮かべると、彼の頬にそっと口づけをする。
「えっ」
「誓いのキス、だよ」
目を丸くする彼に、私は満開の笑顔で答えた。
君の両手に花束を。 並木坂奈菜海 @0013
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