君の両手に花束を。

並木坂七海

前編 朝の風景

 朝。

 私が起きて真っ先にしたのは、彼の部屋のふすまを勢いよく開けることだった。

 息を大きく吸い、しかし近所迷惑にならない程度に大声を出す。


「起きなさぁぁぁぁぁい!!」

「んにゅ……」

 

 布団から、人間の声とは思えないような声が聞こえた。 

 彼がひょっこりと鼻から上を出す。


「おはよ……」

「おはよう。とりあえず、布団上げなさい」

「分かったけど、せめてあと2分だけ……」


 彼の声は無視し、再び布団に潜ろうとするところを問答無用で引きずりだす。


「さっさと起きるっ!!」


 薄目をしたまま、空をつかみながらのそのそと立ち上がる彼を尻目に、部屋のカーテンを開けると、予報通りの快晴だった。


「人が気持ちよく寝ていたところを……鬼、悪魔」


そんな抗議の声は聞こえないものとして処理をする。


「朝ごはんすぐ出来るから、早く来なさ……」

「うーん、眠い……」


 振り向いた瞬間、彼が私に抱きつき胸に顔をうずめてきた。


「ちょ、ちょっとあんた、いったい何をしているのっ!」

「うにゅ……なんか……気持ちよくて、暖かい……」


 目をこすっているつもりなのか、谷間のあいだで頭を左右に振る。


「このバカ! 変態! エロジジイ!」


 さすがに最後のは言い過ぎだったかと思いつつ、こめかみに拳を当てぐりぐりと動かすと、少しくぐもった悲鳴をあげた。


「何寝ぼけて変なことをしてるの……! 早く顔を洗ってきなさい」

「はーい……」


 さっきの攻撃はかなり効いたらしく、顔をしかめ、中指の関節が当たっていた部分をさすっていた。

 でも、ああされるのも少し気持ちよかったかも……って、朝から一体何を考えているんだ私は。

 自分にも喝を入れ、キッチンに向かった。




「今日はなに?」

「鮭の塩焼き」


 ようやく頭が平常運転になった彼の質問に、短いながらもはきはきと返答する。


「いただきます」


 2人そろって食卓につき、豆腐入りの味噌汁をすする。


「今日は予定とかあるの?」

「ないよ。この前引き受けたソフトの開発も終わったし、しばらく休みかなぁ」


 フリーランスのクリエイター業で生計を立てる彼のスケジュールは、ひとたび仕事が来れば1か月くらいは簡単にそちらの予定で埋まってしまう。

 私にとっても、久々に2人でのんびりと過ごせる時間だった。


「じゃあ、どこかデートにでも行かない?」

「それより、昼寝がしたいかな」

「昨日もおとといも、徹夜明けだからなんとか、って言って寝ていたのはどこの誰でしたっけ?」

「さ、左様でございますか……?」

「そうよ」


 じろりと彼をにらみつける。

 魚をつまむ箸を休め、ぼりぼりと頭をかくその姿に、私はため息をついた。

 女心は男には分からぬとはよく言ったものだ。その逆もまた然り。


「私、あなたが仕事の間じゅう、ずっと寂しかったんだよ……?」


 口をツンと尖らせ、上目遣いで彼を見る。

 この年でもまだ色仕掛けモドキが通用することに内心驚き呆れもしたが、自分自身は別に噓をついているわけではない。

 仕事が入ると同居しているのにも関わらず、彼と顔を合わせたり話をしたりする機会が格段に減ってしまうからだった。


「そっか。ごめんね?」


 そう言って優しく微笑んでくれる。

 これはこれで反則だ。


「なら、行動で示してよ」

「うん。どこに行こうか?」

「えーとね……」




 もう半分ほど緑色に変わった、川沿いの桜並木。

 満開の頃には、薄桃色に染まった青空がいつも私たちの目を楽しませてくれている。


「もうこんなに落ちてるのか」

「そこは、まだこんなに残ってるんだ、って言うんだよ?」

「それもそっか」

「そうかじゃなくて、そう言うの」

「はいはい」

「ねえ、私の話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「本当かなぁ」


 絡めた指のこの温かさを感じるのは、いつ以来だろう。

 自然と頬が緩む。

 私は、繋いだ手に少しだけ力を込めた。


「どうしたの?」

「ねえ、少し下ったところに川原があるでしょ? そこに行ってみない?」

「うん、いいよ」




 10分ほどさらに歩くと、川原で人々が思い思いの時間を過ごしているのが見えてきた。


「なんか、川遊びしたくならない?」

「ならない。ていうか洗濯物増えるじゃん」

「あんたは女子か! ……まぁ、服が濡れるのはイヤなのはわかるけどね」


 辺りを見回すと、草むらにところどころ色がついている。

 近寄ってみると、黄色い花が咲いていた。

 すぐ後ろに立っていた彼の服のすそをつかむ。


「ねぇねぇ、この花はなんていうの?」

「これはオミナエシっていうんだよ。秋の七草の1つで、花言葉は『美人』」

「へぇー。じゃあ、こっちは?」

「これはイヌゴマ、花言葉は『正直』。種がゴマにそっくりなのが特徴なんだ。イヌゴマの名前も、そこから来ているんだよ」


 クリエイターには知識も必要だとかで、妙なところに異様に詳しいためか、こういうときはなんだか頼もしい。



 彼の腕をつかみながら川原を散策(といっても主に私が彼を振り回している、と言った方がずっと正確だが)し、堤防の頂上付近で腰を下ろした。


「そういえば、前に読んだ小説で、野草を使って花冠を作るシーンがあったんだけどさ、そうじゃなくってブーケとか、花束って作れたりしないのかな」

「うーん……花冠よりもずっと手間がかかるし必要なものも増えるけど、出来なくもないんじゃない……かな?」

「じゃあ、やってみようよ」

「まあ、いいけど……って、えぇ!?」


 彼が素っ頓狂な声を上げた。


「せっかくだからさぁ、いいじゃん」

「なんだそれ……それにせっかくってなんだよ」

「そこは別にいいでしょう」


 ここは流れで押し切ってしまおう。

 なんだかんだとごねる彼も、私の熱でようやく折れた。


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