エピローグ 二 『縁』と『結』


「……と、言うわけで。最近は、いかがお過ごしですか? 鵜坂さん」

「いきなりやって来て、またですか。――別に、どうもしてないですよ。イズモさん」


 自室でノートパソコンを起動しようとしていた俺に、白雪髪の女性――言わずもがな、イズモさんがそう声をかけてきた。――俺はため息をつき、気だるげにそれをあしらう。


 すると彼女は、「まぁっ!」と、声を上げて――


「私としたことが、またしても同じ過ちを犯してしまいましたわっ……」


 ――よよよ、と。


 手の甲を額に当てながら、テーブルを挟んで俺の向かい側に崩れ落ちた。その所作は以前にも増して芝居がかっており、飽き飽きとさせられる。

 なので、今日こそはハッキリと言ってやることにした。


「イズモさん。いい加減、そうやって猫被るのやめにしませんか? ……気味が悪いです」

「――あら。いつからお気づきでしたか? 私としては、完璧な演技だと……」


 指摘するとイズモさんは、あっさりと認める。そしてそんなことを口走るので、俺は小声でだけ「どこがだよ」と、ツッコみを入れるにとどめた。――これ以上、掘り下げたらどんな反撃を喰らうか分かったものではない。


 だから俺は、ここで一つ。ずっと言いたかった文句を言うことにした。


「……イズモさん。どうしてあの日、嘘をついたんですか?」

「嘘……? あらあら。私、貴方に嘘をついたことがあったでしょうか」


 彼女は少し首を傾げるが、すぐに何のことか思い当たったらしい。――こぼれてくる笑いを隠そうともせずに、そんなことを言ってみせた。


「それで誤魔化せてると思っているんですか?」


 俺の言った『嘘』というのは、火曜日の夜――イズモさんと二人きりで、エニシの過去について話を聞いた時だった。彼女はあの時、俺に大きな『嘘』をついたのだ。


 そしてそれは、彼女が猫被りだと気付いた一因でもあった。


「あら? 私、もしかしたら誤解を招くような言い方をしたでしょうか?」

「この期におよんで、そうやってはぐらかさないでください」


 のらりくらり。


 弄ぶようなイズモさんの態度に、いい加減に俺も痺れを切らし始める。なぜならあの時に、エニシのことをもっとよく知っていれば、エニシにもっと寄り添えていたら……。


「あの時に、イズモさんがちゃんと話してくれていたら……――」

「――エニシさんは、あんなに苦しまずに済んだのではないか? ……ですか」


 こちらの心が読めているのではないか、と。そう感じるほど的確に言葉を引き継いだイズモさんに、俺は不承不承、頷くことにした。

 すると、そこでニヤリと――


「いやぁ、若いですね! うふふっ……いいです。やっぱり、貴方は面白いですわぁ」


 イズモさんは堪え切れなくなったらしい。腹を抱えて笑い始めた。


「笑い話じゃないですよ! アレのせいで――」

「――それでは、鵜坂さん? もしあの時に、あの子のすべてを知ってしまっていたら……貴方には、正しい行動が取れた自信がおありですか?」


 と、思ったら。今度は真剣な眼差しで、俺のことを射すくめた。


 たしかに、悔しいがイズモさんの言う通りかもしれなかった。もし、あの時点でエニシの過去を知ってしまっていたら――考えるだけでも恐ろしい事態に陥っていたかもしれない。だとすれば、これは俺のわがまま……なのかもしれない。


 だけどもどこか釈然としなかった。この人は、最初から全部を知っていたのだから。


「ふふっ。その純粋さも大事です。が、物事を上手に運ぶためには、嘘が必要な場合がありますわ。それに、鵜坂さんはお忘れですか? 貴方もあの時、嘘は必要だと言って――」

「――……もう、やめましょうか。ご用件をお伺いいたします」


 この人は、どこまで知っているのだろうか。――そのことに恐怖すると同時に、二度と、この人とは口喧嘩をしないと心に誓った。まったくをもって、勝てる気がしないから。


 俺が許して下さいとばかりに頭を下げると、イズモさんは残念そうな声を漏らした。――だが、すぐに気持ちを切り替えたのか。また真面目な声色に戻って、


「鵜坂さんは、いつまでエニシさんを探すおつもりですか? ――死ぬまで?」


 そう質問してくる。――最後の一言には、絶対ツッコまないぞ!


「そう、ですね……――」


 それを受けて、俺はここ数日のことに思いを巡らせることにした。


 空港での別れの後。アンジェリカとは家の電話でやり取りをしているのだが、エニシは『デモハン』にもログインしていないらしい。そして当然、俺もこっちで彼女が行きそうな場所を探したが、すべて空振りだった。


 普通だったら、そろそろ不安でいっぱいになってくる頃合いだろう。

 でも、不思議とそんなことはなかった。なぜなら――


「――なんか、そろそろ帰ってきそうな気がするんですよ。今日が駄目だったら明日、明日が駄目だったら明後日って……結局は、ずっと待ち続けるってこと、かもですけど」


 ――偶然に、出会えそうな気がしたから。

 根拠としては非常に弱くて、不確実なもの。それでも俺には、予感があった。


 いつの日か、あの日にネット上で出会った時のように。それこそ適当に、街中を歩いていて肩がぶつかる――程度の感覚で。それはもう、あっさりと出会える気がしていた。


「――あっ! い、いや! 要するに俺は、エニシを信じているので! その……」


 ……そこまで考え、口にしてから。俺は我に返った。

 よくよく思い返せば、今の俺はもの凄く恥ずかしい発言をしている。その証拠に――


「ふふっ――あら? どうぞ、話し足りないでしょうから続けてくださいな」

「だーっ!? もう、この話はここで終わりです! しゅーりょーッ!」


 ――イズモさんが、ニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。だから、強制終了。


 すると彼女は、「あら残念」と言いつつ、口元を手で隠していた。その下にある笑みは、いったい何を企んでいるのか。――考えるだけで、ぞくりと、悪寒が走った。


 だが、戦々恐々としている俺のことなど構わずに、イズモさんは突然に立ち上がる。

 そして、満足したように頷いてこう言った。



「さて。今日のところは帰りますね? まだまだ小さな、でもそれ故に愛らしい恋心。大切にしてあげて下さいね? それでは、お幸せに――ユウさん?」――と。



 取り残された俺はポカンとして、彼女が消えていった宙をぼんやりと眺めていた。本当に嵐のようで、まったく考えが読めない。常に、手のひらの上で踊らされているようだった。

 それに、さっきの――


「『お幸せに』って……何だよ。俺の頭が春だとか、言いたいのか?」


 ――しかし、やはり考えても分からないのだろう。

 だったらこれは、きっと無駄な時間だった。


 それなら、急な来客によってずれ込んだが、日課をこなした方が何倍もいい。


「よっし。それじゃあ、今日もやりますかっ!」



 そう思って、俺は早速ノートパソコンを起動させた……――


◆◇◆


 ――……人の『縁』というのは不思議なものだ。


 袖触れ合うも他生の縁、という言葉もあるように、人生は様々な『縁』で出来ている。

 恋愛や友情、それに親子や兄弟だってそうだ。だからきっと、ネットの世界の出会いにだって『縁』はあるのだと、俺は思っている。そして、それらの『縁』が積み重なることによって人は成長し、未来へと向かって歩いていくのだ、と。


 そう。それは俺と、あの少女のように――


「さてさて……今日は――」


 俺はあの日を境に、ネットゲームの世界を放浪するのが日課になっていた。


 目的の一つはもちろん、エニシと巡り合うことを期待して。だが、それだけではない。ただ純粋に、ネットの世界での繋がりも、悪いものではないと思ったから。それも理由だった。


 その証拠に、このゲームは『デモハン』ではない別のもの。

 マイナーなオンラインゲームで、利用者は決して多くはなかった。



「おっ? ……この人は、もしかして新規さんかな」



 そして、今日もまた新しい出会いが一つ――



【U】:こんにちは! もしかして、新規さんですか?

【神】:う、うむ。実はここに……探している人がいると聞いて、な。

【U】:人探し、ですか? それだったら、ここは利用者が少ないからすぐに見つかると思いますよ。よろしければ、その人のことを教えてもらえませんか?

【神】:ありがとう。そいつは、な――神に選ばれし童顔なのだ。



「えっ……? それって――」


 その文字を見て、心臓が大きく跳ね上がった。――じわりと、手に汗がにじむ。

 もっと、確信が欲しい。そう思ってこう、返信を送った。



【U】:分かりました。……あと、あなたのことも何か、教えてもらえますか?



 すると、しばしの間を置いて返ってきたのは――



【神】:一週間ほど前に、とある神社にいたと……そう伝えれば、分かるはずだ。



「――――――――――」


 涙腺を崩壊させるには、十分すぎる情報だった。

 俺は目頭を押さえつけながら、必死になってキーボードを叩く。



 やっぱり、人の『縁』とは不思議なものだと思う。



 もちろんその中には、苦しいものや辛いもの、そして悲しいものだってあるだろう。だけどその全部が、未来に繋がっている。過ちも、涙も、寂しさも、今ここにある幸せに、繋がっているのだ。――無駄なことなんて、一つもない。



 瞬間――優しい光に包まれた。



 ――光の中から、愛しい少女の形が現れた。


 その顔はすでに涙に濡れて、しかし、強がりな彼女らしく満面の笑顔で。

 大きく頷き、腰に手を当てて胸を張って言うのだ。


「今、帰ったぞ! ユウよ。さぁ――」


 いつもの、あの口癖を。



「存分に――喜ぶがよいっ!」



 その日。きっと俺は、世界で一番の幸せ者だったと思う。

 なぜなら、最愛の人と今、縁を結べたのだから。


「あぁ……おかえり、エニシ!」





 愛しき我が家の(廃)神様が――帰ってきたのだから。

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愛しき我が家の(廃)神様! あざね @sennami0406

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