どうかした?

「…えーとぉ」


 我慢出来なくなった野上君は、意を決して口を開きました。


 口に運ぶん分だけケーキを切り分けていた、真銀さんのフォークが止まります。


「どうかした?」


「今日の分…は?」


 真銀さんは、前回分のラブレターの添削の事だと理解しました。


「─ 合格だから、持ってこなかった。」


「え?」


「…何で、意外そうな顔する訳?」


 適当な大きさ分のケーキを、真銀さんはフォークで口に運びます。


「真面目に…書いてくれてなかった訳?」


「そ、そんな事は…」


 野上君は、真銀さんが一口分を食べ終わるのを待ちました。


「因みに…あれ、どうするつもり?」


「破って捨てるラブレターなら、添削なんか…しないよね?」


「…」


「私の人生の初ラブレターだし…大事に仕舞っておく♡」


 ご満悦な真銀さんから、野上君は目を逸らします。


「ご…誤字とか、無かった?」


「…気が付いていたなら、何で直さなかったの?」


 真銀さんが身を乗り出した分だけ、テーブルの反対側の野上君は、頭を引きました。


 姿勢を戻した真銀さんに、野上君が封筒を差し出します。


「取っておくラブレター、こっちにして欲しいんだけど…」


 テーブルの上に置かれた封筒と野上君を、交互に見る真銀さん。


「こっちのラブレター持ってた方が、優位に立ってると思うんだよねぇ…」


「…え?」


「─ 喧嘩とか、した時にね。」


 動揺する野上君を見て、真銀さんの口が緩みます。


「冷めない内に、飲んだら?紅茶」


 ノロノロと、手をカップに伸ばし野上君。


 その隙に真銀さんは、脇に置いた鞄から 2つに折られたチラシを取り出しました。


「笹本美術館で、アルフォンス・ミュシャ展やってるんだけど…」


 カラフルな印刷のチラシ開いて、野上君に見せます。


「─ 来週の土曜日、添削料のお茶の前に、一緒に行ってくれる?」


 野上君が何度か頷くのを確認した真銀さんは、チラシの後ろから封筒を取り出しました。


「じゃあ。こ・う・か・ん、してあげる♡」


 伸ばされた野上君の手は、封筒に触れる瞬間に空を泳ぎます。


「?」


 封筒をヒラヒラさせながら真銀さんは尋ねました。


「最後の添削料…入場料も込みで良い?」


 大きく頷いた野上君の指に、真銀さんは封筒を挟ませます。


「添削料じゃない<デート>は…割り勘に、しようね。」


 真銀さんは、テーブルの上の封筒を手を伸ばしました。


 手にした<最終版のラブレター>を、満足そうに愛でる真銀さん。


 安心した様子の野上君に、ボソッと呟きました。


「一応、言っておくけど…添削したラブレターのコピー、全部、取ってあるから♡」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真銀さんとラブレター 紀之介 @otnknsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ