第3話

あれから猫は私の家に居ついた。ベランダに出してもすぐ部屋の中に戻ってくる。思い切ってドアを閉めてもずっと鳴き続けているのでつい受け入れてしまう。すり寄ってくる姿が可愛くて、このまま飼っても良いかななんて思ってる。


ふふっ、今日は、猫缶でも買って帰ろう。


「おはようございます」

今日は月曜日。時間は朝8時45分。私は会社にいた。

またつまらない一週間が始まる。仕事にやりがいとか見出せない。社員になったのも独りで生きていく為の社会保障や安定したお給料しか考えていない。

ただ、与えられた事をやるだけ。

仕事が終わればまっすぐ誰もいない家に帰るだけ・・・

あっ、一昨日から黒猫がいるんだった。猫の為にも仕事頑張ろ!飼うんだったら名前決めようかな…?


「休日、いい事あった?」

声をかけてきたのは、私の上司の東條さん。

「・・・いえ、なんにもないです」

この人ちょっと苦手。私より2歳年上で係長。仕事は無駄もスキも無く効率よくこなす。部下達からも信頼されていて女子事務員からの人気もある。

とても尊敬はできる人だけど、地味な私にとって華やかな人との会話はちょっと苦痛。

「ふーん、・・・見積書午前中によろしくな」

「あっ、はい」

ポンと肩を叩いて東條さんは自分の席へと戻っていった。

1か月前から東條さんの仕事のお手伝いをして、話す機会は増えたけど、人とのコミュニケーションが苦手な私は未だにまともに話ができていない。


エクセルで見積書を作成し、印刷したての少し暖かい用紙を手にとった。印刷がずれていないか確認しクリアファイルに入れると東條さんに渡しに行く。

東條さんの席に向かうと、ちょうど電話をしている所で私は踵を返し自分の席に戻ろうとした。

と、その時。

「高梨!それもらうよ」

電話を終えた東條さんがこちらに手をのばしている。

「あっ、どうぞ」

書類を手渡す。東條さんは書類に目を通すと、

「高梨の仕事は丁寧で速いな。流石!」

屈託のない笑顔で褒めてくれた。

「いえ、そんな・・・」

東條さんの元で仕事をするようになってから、仕事を褒められる事が増えた。褒めてくれるのはたった一人だけ。少しだけ…ほんの少しだけ仕事頑張って良かったなって思う。

「あぁそうだ、今度の金曜日空いてる?」

「?」

「同じ部署の何人かで飲みに行こうと思っているんだよ。高梨さんも是非」

部署内での飲み会は前から定期的に開催されていた。入りたてのころ何回も断っていたらもう声をかけてもらう事はなくなっていた。また誘われるなんて思っていなかったから少し驚いた。

正直嬉しい、・・けど人付き合いは苦手だ。私は軽く頭を下げて断った。

「その日は用事があって…、誘ってくださってありがとうございます」

「そっか、先約の方が大事だからな。また誘わせてもらうわ」

「すみません」

もう一度頭を少し下げて自分の席へと戻った。



「せっかく東條さんが優しくしてあげてるのにあの態度何?」

「ね、調子乗ってるんだよ」


悪口が聞こえる。

私は、得意先からの依頼のデータをPCの画面に表示させると、電話で内容を確認する為に受話器を耳にあてた。仕事に集中していば、私への中傷の声は聞こえない。




猫が家で待っているから、今日は早く帰ろう。

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私が失敗した理由(仮) ののむら @asa07

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