第2話 蛍

初めて彼の歌を聴いて、私は一目惚れならぬ一聴き惚れをした。


彼の新譜を買いにCDショップへと足を運んだ日

まだ売れていない彼のCDは、大型店舗の片隅にひっそりと置かれていた。

私が「沖津雅人」と書かれたCDに手を伸ばすと

「はっ!」

って息を呑む音が聞こえた。

驚いて振り向くと、そこに本人が立っている。

「お(沖津雅人)!…本(本人)!…」

言葉にならない言葉で叫ぶと、彼は人差し指を口元に当てて「し~」っという仕草をすると

「買ってくれてありがとう」

と優しく微笑み、私の頭をポンっと軽く撫でてくれた。

好きで好きで大好きな人。

 まだファンの数が少なくて、名前を憶えてもらえる関係になった。

でも、知れば知るほど彼は遠く…触れられる位置に居るのに触れられない。

切ない片思いに苦しんでいる私に、母が蛍を見に連れて行ってくれた。

梅雨時期に蛍は生息するため、案の定、朝は雨が降っていた。

旅館に着くと

「蛍は濡れるのが嫌いだからね…。雨、止むと良いですね」

と旅館の方に言われて半ば諦めていた。

しかし、夜になると雨は止んでいた。

旅館の下駄を借りて、浴衣で近くの河原へと向かう。

雨の湿気で、6月とはいえ蒸し暑い。

蛍の出没ポイントに来ても、雨が降っていたせいか蛍の姿は見えない。

やっぱりダメか…とトボトボ歩き出した時、

ふわふわと空を舞う蛍が目の前をよぎる。

「蛍…」

呟くと、一匹が二匹になり、気付くと無数の蛍がふわふわと舞っていた。

「綺麗…」

手を伸ばすと、蛍はふわふわと逃げていく。

そんな蛍を見て、ふと彼を思い出す。

沖津雅人

聞く者を魅了する温かい歌声の持ち主。

売れて欲しいと願う反面、どんどん届かなくなる彼に切なくなる。

いっそ、全く手の届かない遠い人だったら…

笑顔で名前を呼ばれる度、届かない想いに心が悲鳴を上げる。

押しつぶされそうになる心に思わず手を当てる。

そんな私の手に、ふわりと蛍がとまる

チカ…チカ…

柔らかい光が灯され、再びふわふわと空を舞っていく。

そうだよね…

私は彼の歌が大好きで…

彼の人柄が大好きで…

例え届かなくても…応援し続けて行くんだよね…。

せめて…彼が芸能界という荒波を飛び回り疲れた時に、私達ファンが支えて上げられるように…。

彼が恥ずかしくないファンで居よう。

この思いは届かないけれど…彼が綺麗な光を放ち続けられるよう

せめて応援し続けよう。


まだ6月…

でも、身体を覆う熱気と湿気を帯びた風が夏の訪れを知らせているようだった








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恋愛小説 湖村史生 @Komura-1104

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