魔法少女・スミレ
「はぁ……今日はついてないわ……」
下校途中、道の上で少女は呟いた。あまりにも散々な一日だったので、声を出さずにはいられないらしい。
とぼとぼ、と遅い足取り。歩く度に揺れ動く長い髪も、普段ならもっとキレが良かったが、いまはお休み中のようだ。
少女スミレは、今まで9年間生きたがこんなにも不運が重なる経験を味わった覚えがない。
朝の寝坊から始まり、走るとつまづいて転び、やけに授業中名指しされ、給食はなぜか隣の同級生が溢したスープを被り、午後は体操服姿で過ごした。
やっと楽しい部活の時間がやってきたというのに、顧問が早退した為中止に。
今、まさにその帰り道だ。
「あぁスミレお嬢様、今日はいったいどうしたということでしょう。ランドセルを背負う姿に哀愁が……あのスミレお嬢様から哀愁を感じる日が来るとは……」
瞳を涙で滲ませながら、建物の陰からスミレを見守るこの老人。
スミレの忠実なる
いつ何時も視界の範囲内にスミレを入れておかないと死んでしまうと公言しているこの老人の名は、タチバナ。
スミレが産まれた時から世話をまかされているのだ。
スミレはお金持ちの娘であり、とても可愛らしい。それ故、いつ悪者に捕まるかわからないと心配する父が、娘お守り隊を密かに結成させた。
その代表がタチバナだ。
今日もミッションを達成させるべく、安いよれた服を身に纏い、誰にもバレないよう振る舞っているのだ。
しかし、端から見れば怪しい老人である。
普段なら10分程度で帰宅できるところが、今日はその倍かかった。
スミレは背丈程の門を開け、屋敷の敷地へ入る。
それを見届けているタチバナは安堵の溜め息をついた。
「今日も無事に帰られた事をみなへ伝えなくては……」
タチバナはポケットからスマートフォンを取りだし、娘お守り隊というグループ設定されているコミュニティツールへ入力をした。
約20名の隊員とスミレの父のみがやりとり出来るツールだ。
入力を終えて送信すると、即座に相手が確認できるという仕組みであり、とても重宝している。
「スミレお嬢様無事ご帰宅、と」
手慣れた指さばきである。
送信してから即返信が届いた。
よくやった。
報告感謝。
など、タチバナを労る言葉がずらっと並んでいく。
スミレは自室へ入り、鞄をぽいっと床へ放り投げてベッドへ流れ込んだ。
高い位置にある天井へ向けてため息を送る。
4回連続寝返りをうっても安心な程の大きなベッドの上で、スミレは大の字で天井を見つめている。
もう今日は寝てしまおう。そう決意した。
寝て朝を迎えれば、この不運な日とお別れできる、そう考えたからだ。
スミレは装飾の施された掛け布団を頭まで被り、眠くも無いのに眠ろうと試みる。
目を瞑り、心を静めつつ、早く寝ようと焦っている。
「んーもう! 眠れるわけないじゃない……」
布団をバサっと投げ、身を起こした。
「はぁ……ほんとついてないわ……
胸元で揺れるペンダントを握りしめながら、スミレは最近の出来事を振り返った。
スミレにはまったく心当たりがない、それは当然である。
なぜならスミレは、自分の行いをまったく疑う事もせず、全てが正しいと。そう思っているからだ。
だから、例えそれが受け手にとって嫌な事でも、スミレから見れば、良いことになる。
そう、スミレがどんなに考えようとも、自分に落ち度があるシーンは浮かんでこないのだ。
握り締めているペンダントから突然、熱を帯びた光が滲みでてきた。それを感じたスミレの口元からは、無意識に笑みが零れ落ちていた。
「ふふっ、丁度いいわっ」
ベッドの上で立ち上がり、ペンダントを握り締めたまま、呪文のような言葉を発した。
「イストール、アーティファクト、スミレ!」
ペンダントから抑えきれない程の光が、スミレの小さな手から放たれていく。それは勢いよくスミレの周りを飛び交い、繭でも作るかのように、スミレを包み込んでいく。
光の繭だ。
黄色ではなく、白い光。目も眩むような白い光の中、スミレの着衣が光に溶けていく。
やがて全て溶けつくした頃、光が体の部位毎に集まっていく。
足を覆う光は白く艶のあるブーツに、手元の光は白い手袋に。
胴は上下で別れ、下は真っ白なプリーツ入りのスカート、上はシルクを想像させる布で作られたようなブラウスに変わった。
首元からは萌黄色の大きめなネクタイが現れ、同じ色のリボンが頭の両サイドに出現。横の髪を束ね、ツインテール姿になった。
変身が完了したのか、光の繭が徐々に薄れ、先ほどまで溢れていたペンダントの光も収まったようだ。
今は淡く白い光をぼんやりと灯している。
「さーってと……今日のターゲットはどこかしら……」
スミレはベッドから降りて窓を開け、小さなベランダへ出た。
目を閉じ、ターゲットの気配を探る。
★★★
その頃、この家の地下室にはとある秘密の部屋が存在している。
スミレにだけ、秘密の部屋。
その部屋では24時間、スミレの部屋の防犯を担っている。
監視カメラはないが、スミレ以外の熱を探知出来る機械や、窓が外側から開けられた際には非常ベルを発動させたり、とにかく機材だらけの部屋だ。
わずかな隙間に椅子が2つとベッドが1つ。
それを利用するのは、娘お守り隊のメンバーだ。
先ほど、スミレの部屋内で異常な光を感知し、計測、分析をしていた2人がいる。
タチバナとジンカワだ。
「分析は終わったか?」
物々しい雰囲気である。
ここ最近、週に2回程同じような現象を感知しているようで、分析結果が出るのは早かった。
「いつもと同じですね、どうします?」
「お嬢様はまた外へ出たようだな……まったく、2階の部屋からどうやって外に……」
うなるタチバナ。
「ジンカワ、お前にはお嬢様の部屋に異常はないか見てきてくれ。但し、お嬢様の私物に触れてはならないぞ。私はお嬢様の後を追う」
「了解です!」
老人と中年の男二人は慌てて秘密の部屋から出ると、見合わせてうなずき、二人は別方向へと走っていった。
タチバナは腕時計へ口を近づけ、応援を要請した。
腕時計型通信機だ。
応答したのは、夕食のエスコート担当の男と、入浴担当の女である。
合計3人は、スミレが肌身離さず持ち歩く家の鍵に仕掛けてある発信機の信号を頼りに向かった。
彼らが向かったのは、オフィスビル街だった。屋敷から歩いて20分程の場所だが、スミレの歩幅では30分はかかるだろう。
何故そんなところに、という疑問が浮かぶが、実はこれが初めてではない。
前回は空きビルまで追跡したと思ったら、すでにスミレは帰宅していたり、近所の公園へダッシュで向かったら、屋敷の庭でくつろいでいたり。
発信機の調子が悪いのだと思い、近々修理する予定だった。
★★★
ターゲットの気配を掴んだスミレは、部屋のバルコニーで一回転ジャンプをした。
何回も練習したおかげで、今ではしなやかに回れるようになった。地面から離れた足元で、回転と同時に光る円盤が描かれ、着地と同時にその円盤の上に乗る。
その円盤は空へ浮かび上がり、意のままに動かすことが出来るのだ。
空での移動手段として作られた、魔法の円盤。
そう、スミレは魔法少女なのだ。
属性は光。数ヶ月前、とある事情で魔法少女となったスミレは、日夜、ターゲットという悪を退治する任命を受けている。
最初は面倒臭がっていたが、今では嬉々として退治している。
ストレス発散なのか、楽しんでいるようだ。
空からターゲットの気配を強く感じる場所まで、数分で到着した。
ここは、テナント募集中のオフィスビル。
ちらほらと店の明かりに照らされているが、スミレが降り立った屋上はほとんど真っ暗だ。
スミレを纏う衣服の光はとても目立つ。わかっているが、スミレは隠れたりせず、屋上をゆっくり徘徊するよう歩いた。
回りくどいことを嫌う性格らしい、自身の光でターゲットを誘い寄せる作戦だ。
光は魔力の源、ターゲットは魔力を探しているという習性があるが、本人は単に光は目立つからという考えしかない。
その光に釣られ、背後から忍び寄るターゲット。足音と吐く息を忍ばせ、スミレの背中を見つめている。
今にも食ってかかりたい衝動を懸命に抑えるかのように、歯を食いしばっている。が、うめき声は洩れていた。どうしてもこれ以上は抑えられないようだ。
その小さな音を、スミレが聞き逃すはずがない。
「あらあら野蛮ねぇ……そんな醜いターゲット《あなた》を、私が浄化して差し上げますわっ」
ターゲットへ振り向き、スミレは両手を空へかざした。
その手を伸ばした先に光が集まり、球体になり、やがてそれは潰れたように長くなる。スミレは軽く翔び上がり光の中へ手を入れ、そこにあるものを掴んだ。
瞬間、光は消え、スミレが掴んだ物の姿が現れる。
槍だ。淡い光を放ち、月槍の形に酷似している。
先端の刃は刺股を想像させる三日月型で、内側に刃がある。
姿がバレては忍ぶ必要がない。そうターゲットは判断し、勢いをつけてスミレめがけてとびかかった。
浅はかな行動であり、真っ直ぐ飛び込むとは命知らずである。
それはスミレも理解していた。ターゲットが伸ばす腕の中に絡まれる前に、横へ飛び込んだ。
ターゲットの腕はスミレをかすめ、宙を抱きしめる。
隙を作ってしまったターゲットへ、スミレは浄化魔法を展開。
「デジ、リテーション!」
槍の矛先に光が集まり、三日月の型がまるで陽の光を受けた月のように光輝いた。
蛍光灯の光よりも強いその光は、膨れ上がっていく。
「
三日月型の光が矛先から放たれた。それはターゲット目掛けて突き進む。
★★★
ターゲットがまさに浄化されつつある時、執事達は現場の近くまでたどり着いていた。
「む、あの光は……」
とあるオフィスビルの屋上が強く発光しているのを見つけたようだ。それはよくある光の強さではないということが見てわかる。
まさかスミレがそんなところにいるはずがない、そう思った。
「執事長、これを」
入浴担当の女は、持っていた追跡機をタチバナへ手渡す。そこに表示されているものに、タチバナは愕然とした。
腰をその場に下ろし、深い溜息ひとつ。
「またか……いったいどうなっているんだ」
スミレの現在地を示す赤い点は、屋敷にあった。
すなわち、スミレは今屋敷にいるということになる。
「これで7回目だ。通信機壊れてるんじゃないか?」
「ちゃんと整備してますよ、最新の状態ですし、間違いありません」
「いけない、お風呂の時間だわ!」
執事達は帰宅する以外選択肢はなかった。
しかし、タチバナは何か頭にひっかかっているような気がしてならない。先程見た強い光、以前にも見かけたことがある。
発信機を辿っていった先で、だ。
★★★
「……遅いわよ、いったいいつまで待たせる気なの?」
浴室の前でスミレは言った。入浴担当は息を切らせながら謝罪をし、タオルや着替え等の用意を始める。
「まぁいいわ、ストレス発散もできたことだし気分がいいから許してあげる」
鼻唄を歌いながら服を脱ぎ、湯気が立ち込める浴室の中へと入っていった。
その扉が閉まった事を確認した後、入浴担当は大きく息をはいた。
怒られずにすんだ、安堵のため息だ。
しかし、これで終わる執事達ではない。
改良や改善を重ね、スミレをしっかり守り通していくと燃え上がる。
が、それから数ヵ月たってもスミレの正体を明かせず、実はスミレに振り回されているなんて知るよしもないのであった。
発信機入りの自宅鍵をわざわざ持ち運ぶのには理由がある。
スミレは、執事達の行動を把握済みであり、自分を心配してくれる姿を遠くから見て楽しむ為だ。
魔法少女詰め合わせ りーりん @sorairoliriiro
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