魔法少女・コモモ

「コモモ、出動だ!」


 慌ただしいその声には焦りと、呼びかけた相手を急かそうとする心情が混じっている。

 どうやら緊急事態のようだ。

 呼ばれた少女は書きかけのノートをそのままにして椅子から立ち上がった。丁度キリがよかったこともあり、普段なら重い腰のところが、今日は軽快だ。肩下まで伸びる髪は三編み、軽いフレームの眼鏡姿の少女が、コモモである。


「場所はここから結構近いな……ターゲットの反応をビンビン感じるぜ……」

 細長く白い尻尾を震わせているこの生命体、名をウーフェという。手乗りサイズで一見ハムスターのように見えるが、げっ歯類ではない。

 小さな鳥の羽を生やし、3本の口ヒゲをなびかせる姿は、地球上には存在しない生物だ。

 ウーフェは、ひとことでいうなら地球外生命体である。


 しかし今はそんなことどうでもいい、緊急事態だ。

 コモモは、首からさげている小さなペンダントを握り締め、ある言葉を発した。


「イストール、アーティファクト、……コモモ!」

 若干恥ずかしそうだ。

 謎の呪文のような言葉を唱えた後、ペンダントから淡く、しかし力強い青色の光が放たれた。その光はあっという間にコモモを包みこみ、傍からは中が見えない程の眩い青色の輝きが。

 側にいるウーフェも目を閉じてしまう程の閃光は、時間にして30秒経過したところでその光は輝きを失っていく。

 まさにあっという間だった。

 光に包まれたコモモはというと、先ほどの学生服姿から一変、鮮やかな青い装束を身にまとっていた。


 この装束、コモモ専用の魔法衣というものだ。コモモの特性エネルギーを具現化したもので、デザインや色はコモモの性格を表している。

 魔法の力を細い糸に変えて紡いだ服であり、この服を着ていないと魔法の力を発揮出来ない。

 つまり、今のように変身しないと魔法が使えない。変身すると使える、という事だ。


「ほんとこのセリフなんとかならないの? 毎回恥ずかしいんだけど……」

「由緒正しき変身の呪文だぞ、恥ずかしがる要素なんてないだろ? 地球人の恥ずかしがりポイントはわからんなー……ほら、さっさと向かう!」

「はぁい……」



 ★★★


 コモモはつい最近ウーフェと出会い、魔法少女として週3日程度の割合で悪と戦っている。

 それまではどこにでもいる普通の女子高生だった。来年は受験を控えている為、真面目に勉学に励んでいる。

 昔から学ぶ事が大好きで、運動は苦手だ。まさか自分が魔法を使って悪と戦うなんて夢にも思っていなかっただろう。

 50メートル走は全力疾走して15秒。ハードルも必ずどこかでつまづくし、バレーをしてもボールはあさっての方向へ行ってしまう。

 要するに運動をしても人並み以下の体力であり、おまけに不器用もセットという、生粋の運動音痴だ。

 そんなコモモには、強い魔法の力が備わっていると、ウーフェは確信している。

 実際、幾度と無く悪を葬り去ってきているので、運動神経は関係ないようだ。



 先ほどまでいた自宅の窓から、二人は夜空へと飛び出していた。

 ウーフェは自前の羽で空を飛び、コモモは足元から長い羽を広げて飛んでいる。羽ばたかず、魔法の力で浮いているようだ。


「3丁目の公園にいるやつが今回のターゲットだ」

「了解だよ」

 コモモの右手にはいつの間にか長細い杖のようなものが握られていた。いわゆる魔法使いの杖という風格だが、木製ではなく何かの金属で作られている。

 魔法衣とセットの装備のようだ。

 コモモの特性は水の為、魔法衣からは時々雫が滴り落ちていく。服も青色のワンピーススタイルだが、肩から腰にかけて水でできたベールが垂れ下がっている。

 夏の時期にはピッタリかもしれない。


 ウーフェが言っていた3丁目の公園を空から視界内に収めた。

 ぽつぽつと灯っている明かりと、半分欠けた月明かりが照らす公園を眺める。特に被害はまだないようだ。


「よし、降りるぞ、気をつけろよ」

「うん」

 二人は木の陰に隠れるようにして公園へ静かに降り立った。

 辺りはしんとしていて、虫の鳴き声がかすかに響いている。


 息を潜め、ターゲットを探す。

 一歩一歩、公園内を歩き始めた。


 たいして広くないのですぐ見つかるだろう、そう思っていた矢先、すぐ見つけた。

 二人を目掛けて鋭利な矢のようなものが風を突き抜けて向かってきた。

 風を斬る音が二人の耳に入ると、コモモは反射的に防御膜を展開、二人を水のバリアが覆う。

 矢はふよふよと蠢くバリアを貫通することができず、はじき返された。


「お前のその反射神経はさすがだな」

「ずっと身構えてたから……あぶないあぶない……」

 運動時には発揮されないこの反射神経は、コモモの特性である。

 すなわち、これも魔法の力だ。


 チッという舌打ちをしてから、木の影からターゲットが姿を現した。

 人が悪に染まった者の事を、ターゲットと呼んでいる。

 姿かたちに変化はないが、中身が、悲しい事に人ではなくなっている。憎悪と嫉妬、そして悲しみだけが動力となって体を動かしているのだ。

 人格や精神というものは悪に封印され、本能むき出し状態である。


「気をつけろ、あの矢が無数で来たら結構やばいぞ」

「わかってる……」

 コモモは杖を前面に持ち、相手の出方を伺った。

 ターゲットはおぼつかない足取りでゆらり、ゆらりと二人へ近づく。


 お互いが荒くなる息を落ち着かせ、静かに見合う。

 どちらが先に手を出すのか、コモモは息を飲み込んだ。



 先に動いたのはターゲットである。痺れをきらせたのか、荒々しい奇声を発しながら二人の方へ走り寄ってきた。

 コモモはすかさず杖をかざし、大きな円を描く。円を満たすように水が満ち、そこから水のつぶて達がターゲットへと飛びたっていく。


「さっきのおかえしだよっ」

 水のつぶては、まっすぐ向かってくるターゲットの手足に着弾。

 ダメージはたいしてないが、このつぶては単なる飛び道具ではなかった。

 まるで餅のような粘りけがターゲットの手足にまとわりつき、地面と足を固定させている。


「ぐっ……ぐ、あぁ……」

 身動きとれず、足にくっついた粘りを払おうと、手を足につけてしまったからもう、どうしようもないだろう。

 手足を粘着で固定されてしまっては為す術がない。


「よし、そのまま浄化リンバートだ!」

 コモモの後ろで羽をばたつかせながらウーフェが叫んだ。

 その呼び掛けに反応するかのように、コモモは杖の先端をターゲットへ向け、呪文を口にする。


「デジ、リテーション……浄化リンバート!」

 やはりこれも恥ずかしいようだ。

 呪文に呼応して光を灯すペンダントと杖。その鮮やかな青色は杖の先端に集まり、膨れ、必死にもがいているターゲットへ放たれた。

 青白い光の玉がターゲットに触れた。それはターゲットを優しく包み込み、体の中で蠢く憎悪や悲しみを癒していく。

 そう、浄化されているのだ。

 やがて浄化が完了すると、ターゲットは眠るようにしてその場へ倒れ込む。粘着物もいつのまにか消え、何事もなかったかのように。

 浄化されたターゲットはしばらく深い眠りにつくが、いつか目を覚ますそうだ。

 いつかはわからない。

 明日か、永遠を過ぎた後、だ。


「よくやったな。そろそろ慣れてきたのか、だいぶスムーズになったな」

「真っ直ぐ突っ込んでくる相手だったから、前回より楽だったよー」

 ニコリと微笑むコモモ。

 前回は雨のように降り注ぐ槍を避けつつターゲットを探していたので、だいぶ手こずったようだ。

 しかしかすり傷ひとつないのは、やはり魔法の力が強いという証拠だろうか。

 それとも、運がいいのか。

 ウーフェにとって、理由は重要ではない。大事なのは、ターゲットが浄化できればそれでいい、ということだ。




 こうして、今日もひとつの悪を倒し、一人を助けた。

 コモモの魔法少女生活はまだ始まったばかりだ。


 今はまだ知らない事実を、これから徐々に知っていくことになる。

 それでも、戦うしかないのだ。

 それがコモモの運命であり、コモモもその道を選ぶことになるだろう。

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