ある売れない画家の死 日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~ 二次創作

結城藍人

番外.1935年頃 過去

――オランダ アントワープ 用宗もちむね 過去


 オランダに語学学校の分校を作る計画は順調に進んでいた。その合間を利用して、用宗もちむねはヘルマンにオランダ各地を案内してもらっていた。半ば観光がてらではあるが、現地を知るという意味合いもある。


 今日はアントワープの有名な大聖堂を見に来ていた。


「あれが今日の目的地ですか?」


「ええ、建物も美しいのですが、中に飾られているバロック期の有名な画家の絵も見物ですよ」


「それは楽しみです」


 そんなことを話しながら入口の方に向かって歩いて行くと、何やら人だかりができていた。


 二人が近寄ってみると、一人の男と一匹の犬が大聖堂の前で倒れているのを、大勢の人が取り囲んでいる。


「どうやら行き倒れのようですね」


 ヘルマンが見物人の一人と話をして、事情を聞き出す。


「オーストリア人の画家のようです。本国やドイツで売れずにこのあたりに流れてきて絵を描いては売っていたようですが……なかなか売れなかったようで、一文無しになってしまい借家を追い出されたとか」


「それはまた……」


「何でも、先の欧州大戦で徴兵され、戦場で毒ガスに目をやられてしまったのだそうですよ。失明こそしなかったものの視力が極端に低下してしまったとか。それでも画家の夢を諦め切れずに頑張っていたようですね」


「そうだったのですか。ところで、あの犬は?」


「彼の飼い犬だったようです。元の主人に虐待されて捨てられたのを拾って飼っていたとか。自分も食うや食わずやの状況だったはずですが、身につまされたんですかね」


「優しい人だったのですね」


 そう用宗もちむねは感嘆したのだが、ヘルマンは首を横に振って言う。


「いや、それが話を聞く限りでは、相当な偏屈者だったみたいなんですよ。ただ、あの犬を飼いだしてからは人当たりが柔らかくなったとか。画風もだいぶ変わってきて、それまでは風景画を描いても無機質な感じがしていたのが、最近は絵に暖かみが出るようになってきていたとか」


「ようやく夢がかなうかもしれないという時に亡くなってしまうとは……」


「ところが、どうやら昨日結果が発表されたコンクールで落選してしまったそうなのですよ。それも、絵自体は高く評価されたのですが、絵の大きさがコンクールの規定に合っていなかったのだとか。酒場で愚痴っていたのを聞いた人の話によると、どうやら彼は、昔、ウィーンの美術学校に入ろうとしたときも規定違反で入れなかったらしいんです」


 それを聞いて用宗もちむねは溜息をついた。才能の有無や、努力したかどうか以前に、社会にうまく適応できていなかったのかもしれない。時折、語学学校にもそういう生徒が来ることがあるのだ。


「最後に大聖堂に飾られている絵を見に来たかったのかもしれませんね」


 そう言うヘルマンに頷きながら、用宗もちむねは倒れていた男の顔を見て、ふと既視感にとらわれた。


「どこかで見たことがあるような……」


「アメリカ映画の喜劇王ではないですか?」


「ああ、あのチョビ髭は、確かに」


 男は、アメリカの無声映画時代の名俳優によく似たチョビ髭をしていたのだ。


 その時、用宗もちむねは思い出した。つい最近、ドイツで同じようなチョビ髭をした有名人の顔を見たことを。


 その有名人は、ラジオ広告で通信販売を行うという斬新な方法で一代で大企業を作り上げた立志伝中の人物だった。巧みな弁舌で消費者の心をつかみ、さまざまな商品を売りさばいて大成功したのだ。そのカリスマ的な人気と豊かな資金力を生かして、近いうちに政界に進出するのではないかという噂もある。


 その成功の軌跡を描いた『私の戦い』とかいう題名の自伝がベストセラーになっていたのを用宗もちむねは読んでみたのだが、そこに載っていた著者写真によく似ていたのだ。


 その時、用宗もちむねは男が絵を小脇に抱えていることに気付いた。死ぬときもなお離そうとしなかった絵は、恐らくコンクールで落選したという彼の自信作なのだろう。


 その絵の隅の方にA・Hという頭文字イニシャルの署名があるのを見つけて、用宗もちむねは奇妙な感慨にとらわれた。あの通販で成功した有名人の頭文字イニシャルもA・Hだったのだ。


 そういえば、その有名人も欧州大戦で毒ガスを吸ったために一時的に失明の危機にさらされたと自伝に書いてあったな、と用宗もちむねは思い出していた。


 同じような顔で、同じ頭文字イニシャルを持ち、同じような経験をしていながら、片方は異郷で行き倒れ、片方は成功者として注目を集め、政界に乗り出そうとしている。


 そんな運命の皮肉を感じた用宗もちむねは深く溜息をつくと、ヘルマンを促して大聖堂の入口に足を向けるのだった。



――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ!


 ただ、今回はあまり軽いノリでできる話じゃない。ドイツで大きな飛行機事故が起きたんだ。


 ドイツの国営航空が運行している世界最大級の大型旅客機が墜落したんだ。乗客乗員三十七名全員が助からなかった。なお、日本人は乗っていなかったそうだ。


 科学技術の粋を集めて作られた飛行機でも事故は起きる。科学技術の進歩で世の中は色々と便利になったけど、その反面、事故や災害の規模も大きくなってきているんだ。一昔前の飛行機だったら、三十人なんて大勢のお客さんは乗れなかったんだからな。


 それに、今回操縦していたのは、欧州大戦では赤い飛行機のエースの後継者と言われた白い飛行機で有名なエースパイロットで、大戦後は一時曲芸飛行で人気者になるなど、操縦の腕は抜群の大ベテランだったんだ。そんな凄腕パイロットが操縦していても事故ってのは起きてしまうものなんだな。


 亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、事故原因を究明して、今後の安全に役立ててもらいたいと切に願うよ。

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