バック・トゥー・ザ・トーチャン

@tanukids

バック・トゥー・ザ・トーチャン PART1

 俺のトーチャンはカーチャンだ。カーチャンがトーチャンと言った方がいいのか。まあいい。どっちにしても、回りのやつらには笑われるし、サイアクだぜ。

 本当のカーチャンとは俺が物心つく前に離婚して、今は海外にいるらしい。トーチャンは写真の一枚も見せてくれないから、相当拗れたみたいだ。もちろん一人で俺を育ててくれたことには感謝してるけれども、それとオネェは話が別だ。

 そんなこんなで悶々とした日々を送っていたある日、昔からとなりに住んでる自称天才科学者がタイムマシンを完成させたという話を聞きつけ、俺はこれを期にトーチャンを更正させてやろうと考えた。


「時速うんキロで、このボタンをどうにかしたらなんやかんやで過去に戻ることができるのよ」


 とかなんとか科学者は言っていたけれども、詳しいことはシラネ。とにかくトーチャンがトーチャンだった頃に戻って、一発ぶん殴ってきてやればそれでいい。科学者によれば、トーチャンがオネェ口調になったのは14年前頃だというので、時間を設定してもらって俺は過去へと飛び立った。




 気が付くとそこはトーチャン行き付けの喫茶店の駐車場だった。辺りの町並みは今と少し違っている様子だが、この古ぼけた店だけは何も変わっていない。俺はずかずかと入り込み、店内を見渡すと、案の定トーチャンは居た。窓の景色を見ながら何やら物思いに耽っている横顔は、悔しいが男前だ。……ホントなんでオネェなんかに。

 俺は若いトーチャンに歩みより、荒い声をあげた。


「おい! お前女男になるんだってな」


「な、な、なんでそれを?」


 ビンタ一閃。乾いた音が店内に響く。


「アンタ、子供の気持ち考えたことあんのかよ?恥ずかしくて学校にもいけねえぜ」


「そうか……そうだよな」


 俺は騒ぎが大きくなる前に喫茶店を抜け出してタイムマシンに向かった。これでトーチャンも思い直すだろう。一仕事終えてほっとした俺は自販機でジュースを買おうと財布を取り出した。すると、手が薄く透けている。ど、どういうことだ?




「あれ? さっきの?」


 俺はこそこそと喫茶店に舞い戻ってきた。存在感が薄くはなっているものの、さっきの大立ち回りを見せた後は気まずいことには変わりはない。


「悪かった。なんで、その、女になろうとしてるのか、教えてくれないか」


「……ああ、いいよ。何かの縁だしね」


 トーチャンは胸ポケットから一枚の写真を取り出した。それにはトーチャンと華奢な女の人が二人で幸せそうに写っている


「僕、婚約者がいるんだけど、体が弱くてね。赤ちゃんを授かったんだけど、産むと彼女死んでしまうかもしれない」


 俺は思わず息を飲んだ。手にもったコーヒーカップが小刻みに震えて、口を付けていない中身がソーサーに少しこぼれる。


「彼女は産みたいと言う。この子には私の分も幸せになって欲しいって。でも僕は自信がないんだ。彼女が居なくなったらその子は母の温もりを知らずに育つ訳だろう。僕はこの子を幸せにすることが出来るのかなって」


「ふざけんなっ!」


 俺はテーブルを叩き付けた。


「俺のカーチャンはトーチャンだけど、母の温もりをヘドが出るほど教えてくれた!そんなこと言うんじゃねえよ。カーチャンのこと好きなんだったら責任持てよっ!!」


 俺は再び喫茶店を飛び出した。タイムマシンにたどり着いたころには、俺の体は元に戻っていた。それからのことは覚えていない。ただただ涙が止まらなかったことしか。





「来週の参観日はぜーったい行くからね」


 現在に戻っても俺の日常は何も変わらない。けど、分かったことが一つある。トーチャンがいつも着てる服、間違いなく写真で見たカーチャンの趣味だ。トーチャンにとってのカーチャンは今でもあの人なのだろう。……無駄にムキムキだから、そのせいで余計に笑われんだけど。


 そう言えばあの科学者、よくピンポイントでトーチャンの前に到着させてくれたな。天才、てのは本当だったのか。科学者ってのも悪くはないかもしれねえな。……まあいくら天才でもあんなオネェになるのはゴメンだが。

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