第四話:回復術士は【術】の勇者と出会う

 十四の誕生日と同時に、俺は回復術士のクラス。そして世界に十人しか同時に存在できないエクストラクラス、勇者を得た。

 クラスを得た後は、自身の村を目指し森を歩く。

 ただ、漠然と歩くのではなく、薬物耐性を得るために自ら毒物を摂取することも忘れない。

「【回復ヒール】」

 右手を体に当て、【回復ヒール】を唱える。

 体内の毒が除去される。

「【回復ヒール】の熟練度もあげないとな」

 俺は一人ごちる。

 本来、回復魔法を自身にかけることは非常に難しい。

 魔法の発動中に、発動体である体が変化して、魔法にノイズが入り制御ができないのだ。

 だが、俺は数千、数万回のヒールを行っている。

回復ヒール】を行っている対象がどう変化するのか予測でき、その予測を織り込んで魔法を使うぐらいはできるのだ。

 毒の治療をできるようになったおかげで、薬物適性の熟練度をあげるペースがあがっていた。 とはいえ、四回も【回復ヒール】を使えば、あっさり魔力が枯渇する。レベルをあげてMPを確保しないと辛い。そうして、クラスを得てから三日歩き続け、ようやく俺は自身の村にたどり着くことができた。


       ◇


 村にたどりつくと、知り合いたちが駆け寄ってくる。

 何も言わずに、十日もいなくなったことで心配させてしまったようだ。

 いろいろと話を聞かれたがごまかした。話して理解してもらえるようなことでもない。

 精霊の眼である【翡翠眼】は励起状態でなければ、独特の色に染まらないので、隠し通すことはできる。村長に王都に買い出しへ行くときに馬車に同乗しないかと誘われた。

 王都で、鑑定紙を買うためだ。

 俺の村は大きな村だが、さすがに上級魔術師しか作れない鑑定紙を作れる者はいない。

 その提案に頷いておいた。【翡翠眼】ですでにクラスを知っているが、【翡翠眼】のことを隠している以上、俺は自分のクラスを知らないはずなのだ。

 成人したばかりでクラスを知ろうとしないのは不自然だ。人は誰しも自らのクラスを知りたがる。 まあ、どっちみち無駄になる。買い出しの日よりも、勇者である俺を王女たちが迎えに来るほうが早いのだから。


       ◇


 村に戻ってからは、薬物耐性を得るための訓練をしながら、リンゴの世話をいつも通り行っていた。魔物を狩ってレベル上げをしたいところだが、俺の物理攻撃、物理防御の素質値は50という最底辺だ。

 唯一の攻撃に使える魔法、【改悪ヒール】は魔力の消費が激しい。今のMPならどうあがこうが使えない。この状況で魔物と戦いたくはない。

 まあ、焦らなくてもいい。【略奪ヒール】を利用して、あとでいくらでもレベルを上げられるのだから。

「ケヤルくん、その左手の模様はなんなの?」

 農作業を終えて、家に戻ろうとするとアンナさんが声をかけてきた。

「よくわからないんだ。ある日突然できてね」

「一度、呪い師に見てもらったら?」

 俺は苦笑する。

 勇者の存在は有名だが、勇者の紋様まではあまり知られていないのだ。

「痛くなったら見てもらうよ。それより、向こうが騒がしいな」

 村の入り口のほうが騒がしくなっていた。

 きっと、王女たち来たのだろう。さあ、歴史を進めるとしよう。


       ◇


 村の入り口にたどり着くと、騒ぎの原因はすぐにわかった。見慣れない馬車がとまっていた。 豪華かつ機能美に満ちている。馬も普通の馬ではなく、幻獣ユニコーン。

 生半可な資産家ではとうてい持ちえないものだ。

 そして、馬車の周囲にはミスリルの鎧をまとった騎士たちが護衛についていた。

 何よりも雄弁に彼らが何者かを語っているのが、鎧と馬車に刻まれた王家の紋章だ。

 馬車の扉が開き、十代半ばの少女が出てくる。

 集まった野次馬が、呆けた顔をする。見惚れているのだ。そのあまりの美しさに、流麗な佇まいに、聖女のごとき笑顔に。

 圧倒的なカリスマを持つ、王女にして勇者。その名は……。

「皆様、こんにちは。私はジオラル王国第一王女。【術】の勇者フレア・アールグランデ・ジオラルです」

 歓声が巻き起こる。

 彼女はすでに勇者として名をあげていた。

 フレアは人間に許された最強の魔法、第五階位をマスターし、その先にある前代未聞の第六階位すら使える世界最強の魔術師として有名なのだ。

 数年後には、彼女は第七階位にも至ることを俺は知っている。

 おおよそ、魔術で彼女に勝てる人間はいない。

「今日は、この村に誕生した新たな勇者を迎えに来ました」

 歓声はよりいっそう大きくなる。村人たちはお互いの顔を見合わせ、誰が勇者なのかを口々に話し始めた。

 俺は、眼に力を入れる。【翡翠眼】が発動する。フレアの能力を確認するために。

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種族:人間

名前:フレア

クラス:魔術師・勇者

レベル:25

ステータス:

 MP:155/155

 物理攻撃:40

 物理防御:25

 魔力攻撃:70

 魔力抵抗:55

 速度:50

技能:

・攻撃魔法(全)Lv3

・体術Lv2

スキル:

・MP回復率向上Lv2:魔術師スキル、MP回復率に一割の上昇補正

・攻撃魔法威力向上Lv2:魔術師スキル、攻撃魔法に上昇補正

・超越魔術師Lv2:魔術師・勇者複合スキル。全属性魔術使用可。高位魔術使用可。

・経験値上昇:勇者専用スキル、自身及び、パーティの取得経験値二倍

・レベル上限突破(自):勇者専用スキル、レベル上限の解放

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 改めて見るとすさまじいステータスだ。

 魔力攻撃が特に優れている。

 スキルのほうも、魔術師と勇者の複合スキルが存在し、本来せいぜい二属性しか使えないはずの属性魔法を全属性使える上に、高位の魔術が使える。

 まさに勇者にふさわしい能力だ。強いていえば、レベルの上限解放を他者にできないところが劣っている。一応、素質値も見ておこう。

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レベル上限:∞

素質値:

 MP:150

 物理攻撃:70

 物理防御:40

 魔力攻撃:140

 魔力抵抗:100

 速度:80

 合計素質値:580

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 勇者共通のレベル上限∞に加えて、合計素質値が580もの数字がある。

 並みの人間の素質値は、各ステータス60が標準。合計も三百半ばがいいところ。

 特に魔力攻撃の素質値140は、おそらく人類最高峰だろう。

 

 必要な情報を得たので、【翡翠眼】を閉じる。その直後、フレアと目があった。

「あなたが、私の仲間ですね。どうぞこちらに」

 フレアが口を開くと、俺とフレアの間にいた村人たちが、左右に分かれ道を開く。

 俺はその道を歩いて近づく。

「俺が勇者!?」

 わざとらしく驚いておこう。ここはそういう場面だ。

「まだ気づいていないのですね。あなたは勇者に選ばれました」

 彼女は俺のすぐ近くまで来ると俺の手をとり、高く掲げた。

「この右手に刻まれた紋章こそが勇者の証です。私はあなたを迎えに来ました。ともに、この世界を魔王の手から救いましょう」

 村人たちが、興奮し再び歓声が響き渡った。自分たちの村から勇者が出た。

 そのことは、誉れ高く、国からの援助を受けることもできるという実益もある。

「俺が勇者なんて信じられない」

「そう言うのも無理はありません。ですが事実です。さっそくですが私と共に王都に向かっていただきます。勇者として学ばないといけないことはたくさんありますから」

 俺は反吐を吐きそうになった。その勇者として学ばないといけないことが、薬漬けの回復する機械への調教だと知っているからだ。

「そんなことを急に言われても心の準備が」

「ふふ、安心してください。私がついています。先輩勇者としていろいろ教えてあげますよ」

 にっこりとフレアは微笑みかけ、手をぎゅっと握る。柔らかい感触。いい匂いがする。男なら一発で落ちるだろう。だが、俺はこの女の本性を知っている。嫌悪感しかわかない。

「わかりました。王女様。俺を王都に連れて行ってください」

「ええ、是非」

 村人たちは、誰も俺を引き留めようとしない。精一杯の祝福の言葉をかけてくれる。

 俺がこのあと、どんな目にあうかもしらないで。

 仕方ないとはいえ、そのことが苛立たしかった。


       ◇


 馬車に乗り、王都を目指す。

「そういえば、お名前も聞いていませんでしたね。私は、フレア・アールグランデ・ジオラルです」

「俺は、ケヤルです。よろしくお願いします」

「素敵な名前ですね。クラスを教えてもらってもよろしいですか?」

 相変わらずフレアは誰をも魅了する笑顔で心を掴む声を発し続けている。これを計算で出来るところが恐ろしい。

「クラスはわからないです。俺はまだ成人したばかりで、鑑定紙を使ったことがない」

「そうですか、よろしければこの場で鑑定紙を使ってください」

 フレアは、自らの従者に声をかけると従者が鑑定紙を取り出してきて渡してくる。

 そして、フレアが鑑定紙の使い方を教えてくれた。

 俺は言われたとおりに鑑定紙を使用した。その結果は、【翡翠眼】で見たものと一緒。ただし、レベル上限と素質値は見えない。

「俺のクラスは、回復術士です」

 そういった瞬間、ほんの僅かフレアの顔が歪んだ。そして眼光に蔑みが混じり消える。新たな戦力として期待していたにも関わらず、使い物にならないとわかって俺に失望したのだろう。

「ケヤルさん、鑑定紙を見せてもらってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 彼女は、笑顔を張り付けたまま、俺のステータスを見た。

 きっと、腹の中ではさまざまな計算をしているのだろう。

 彼女はそういう女だ。

 前の世界で彼女が下した結論は、戦力にならなくてもパーティに入れさえすれば経験値が二倍になり美味しい。

 いくら、数が手に入るからと言ってもエリクサーは貴重だから節約したい。そして、俺自身が戦力として使えなくても、怪我で一線を引いた英雄たちをリサイクルできる。

 そういう冷たい計算の結果、ぎりぎり存在価値があると認めた。もし、そうでなければ俺を殺して、別の勇者が生まれる可能性にかけることを選択しただろう。十人しか同時にできない勇者を新たに作るには、今いる勇者を殺すしかない。

 そのことを知っている俺からすれば、フレアの表向きの笑顔の裏に隠れた素顔が透けて見える。あたりさわりのない話をしているうちに、俺たちを載せた馬車は王都へとたどり着いた。

 俺の記憶どおりに進めば、ここから数日の間、教育を受けたあと、一人の剣聖を癒すように命じられ、【回復ヒール】の副作用である痛みと恐怖に耐えきれず俺は【回復ヒール】の使用を拒否する。しかし、王家はそれを許さず薬漬けにして調教する。

 王家は俺のことを道具としか思っていない。だから、どんな冷酷なこともするのだ。

 だが、今の俺はただ利用されるだけの存在ではない。俺を道具として使うなら、破滅させてやろう。王女が笑顔の裏に素顔を隠しているように、俺も人畜無害な羊の皮を被った復讐鬼を飼っているのだ。


 ……そのことに、奴らはまだ気づいていない。

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