第一話:少年は夢を見る

 俺は、ベッドから跳ね起きた。

 全身汗だくで気持ち悪い。

「はあ、はあ、はあ、また、あの夢か」

 俺がよりにもよって勇者となり魔王と戦う夢だ。

 何度、この夢を見たのかわからない。

 自分の身の程は知っている。ただの村人でそれ以上でもそれ以下でもない。

「もう、日が昇るのか」

 窓のほうを見ると、夜が明けていた。

 ちょうどいい、起きて仕事に出かけよう。

 寝間着から着替え、身支度を整える。

 机の上にあったリンゴを一つかじる。これが俺の朝食だ。

 大きな籠を背負い、仕事道具の入ったポシェットを肩にかける。

「行ってくるよ。父さん、母さん」

 そう、つぶやく。

 返事は期待していない。すでに俺の両親は魔物に襲われて死んでいるのだから。これは、ただの習慣だ。


 ◇


 家の外にでる。

 俺のいる村はあるていど大きく、商業地区、居住区、農業地区、の三つに分かれている。

 居住区は、水路が張り巡らされ緑が溢れている。

 そこから農業地区に移動する。

 俺はリンゴ農家として、生計を立てていた。

 両親が死んで天涯孤独の身になったが、両親が残してくれた家とリンゴの果樹園のおかげでなんとか生活ができている。

 果樹園にたどり着いた。

「やっと、収穫だな」

 俺はリンゴの木に実った果実を見てにやりと笑いカゴを背負う。これで飢え死にはしないで済みそうだ。

 木によじ登っては、次々に赤いリンゴを籠に入れていく。

 だが、なぜかこうしている間にも変なむな騒ぎがする。

 自分の中に声が響くのだ。

 このままでいいのか?

 もっと他にすることがあるのではないか?

 強くならなくていいのか?

「まだ、クラスにすら目覚めていないのに。俺も気が早いよな」

 人間は十四になって成人すると同時に、クラスに目覚める。

 そのクラスに応じて、各種パラメーターが強化される。

 クラスを持っていない人間はまともに戦えない。

 さらに、与えられたスキルによって得られる技能も決まる。

 たとえば、クラスが剣士なら剣技能が習得可能かつ、熟練度が上がりやすい。逆に魔術師なら剣技能を得ることができない。

 剣技能がなくても剣を振れるが、技能持ちには絶対にかなわない。攻撃に速度補正も威力補正もない。

 俺の十四の誕生日まであと七日。

 もし、そこですごいクラスを得ればこの街を出て旅に出ようと決めていたし、微妙なクラスならこのままリンゴを守って生きていく。

 ちょうど、今はリンゴの収穫期。一年の成果が金になる時期だ。冒険に出るときの軍資金には困らない。

 わずかながらの希望を胸に、俺はもくもくと、リンゴの収穫を続けた。


       ◇


 収穫と世話がある程度終わるころには日が沈み始めていた。

 そろそろ家に戻ろうと決めたとき、悲鳴が聞こえた。

 まさか!? 

 俺は焦燥感にかられるように悲鳴のほうに向かった。

 そこは一面の小麦畑だ。小麦畑に存在しないはずのものがいた。

「防壁を超えて、魔物がやってきたのか!?」

 俺は驚きの声をあげる。

 石の甲殻で包まれたやけに短足のイノシシの化け物が人を襲っていた。

 あんなの、ただの農民たちにはどうしようもない。

 農民たちは、大人でクラスを持っている。だけど、戦闘向けのクラスじゃないから、農民になったのだしレベルだってあげてない。魔物と戦えるはずがない。

 しばらくしたら、自警団の人がやってくる。そうすれば倒してくれるはず。

 だけど……。

「アンナさん」

 見知った顔がいた。彼女は天涯孤独の身になった俺をことあるごとに気にかけてくれた。

 子供がいない夫婦で、俺のことを子供のようにかわいがってくれた。

 そのアンナさんが躓き、逃げ遅れている。ゆっくりと石のイノシシが近づいていく。このままだとあいつに喰われる。

 俺が行っても、どうにもならない。戦闘向けのクラスじゃないどころか、クラスに目覚めてもいないじゃないか。

『それは違う。あの程度の魔物をなぜ恐れる。俺はあの魔物を知っているだろう? 知識は武器だ。ステータスだけが強さではない』

 頭に声が聞こえた。いつも強くなれと急かす声。

 それが、いつもと比べものにならない強さで脳裏に響いている。

 次の瞬間には走っていた。

 そう、なぜか俺はあの魔物を知っている。

 あの魔物はイノシシじゃない。

 ロック・モール。

 モグラの化け物だ。だから、街を覆う防壁を下から穴を掘ることで侵入することができたのだろう。

 奴には致命的な弱点がある。

 目が退化してほとんど見えない。獲物を見つけるために、鼻先にあるアイマー器官に頼っている。それで地面に伝わる振動を感知して餌を見つける。

 その器官だけは石で覆われていないむき出しの弱点。石で覆うと感覚の鋭敏さが失われるからだろう。

 狙うならそこだ。非力な俺でも傷つけられる。

「はあああああああ!」

 俺は全力疾走、そして跳躍。

 地面に伝わる振動で敵を見つけるなら、空中に躍り出れば見つからない。

 巨大な石イノシシ……いや、石モグラの首筋にとりついた。

 この瞬間までやつは俺に気付いていなかった。作業用ナイフをむき出しの弱点である鼻のアイマー器官に突き刺す。

「キュイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 石モグラは暴れ、俺はあっさりと振り落とされる。

 奴の鼻をにらみつける。

 俺のステータスじゃ、傷をつけるのが精いっぱいで倒すことなんてできない。

 急所に全力でナイフを突き刺して、殺せないならどうしようもない。

 俺は奥歯を噛みしめる。

『俺の目的はなんだ。あの女を助けることだろうに、なぜ倒そうとする? さっさと目的を果たせ』

 呆れた声が俺の内側から響く。

 その言葉に我にかえり、慌ててアンナさんのほうに向かい助け起こしてその場から離れる。

 石モグラは、めちゃくちゃに暴れまわっているが、俺もアンナさんも感じ取れていない。

「ケヤルくん、そっ、そのありがとう。でも、あの魔物を怒らせて大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。あいつはもう何も見えていないから」

 唯一の感覚器官を損傷したあいつは、俺たちを見つけられない。

 それで十分だ。俺はあいつを倒すのが目的じゃない。アンナさんを助けることだ。それは達成した。あとは放っておけば、自警団がなんとかしてくれるだろう。


       ◇


 あのあと、しばらくして戦闘向けのスキルをもった自警団が現れて石モグラを倒してくれた。

 俺はみんなにアンナさんを助けたことを褒められ、そして無茶をしたことを怒られた。

「小さいころから、勇者になってみんなを助けたいって言ってたけど、本当にケヤルなら勇者になっちゃうかもね」

 アンナさんが俺をしかった後、そんなことを言って笑った。

 勇者になってみんなを救う。それは俺の夢だった。俺は両親を魔物に殺された。だから、こんな悲しい想いをする人が現れないように、強い勇者になると決めた。

「おい、ケヤル、あんな凶暴な魔物怖くなかったのか?」

 力自慢の大男アインスが問いかけてくる。

「怖いとは思えなかったんだ」

「おいおい、それはそれで問題だぜ。無茶はすんなよ」

 あの石モグラと戦ったとき、心は妙に冷めている。

 無茶をした実感がない。できて当たり前だという確信があった。魔物と戦うなんて初めてのはずなのに、落ち着いている。それがまるで日常の一コマであるように。

 俺の連日の夢と何か関係があるのか?

 そんなことを考えていると、脳裏に声が響いた。石モグラと戦ったときに聞こえた声だ。

『強くなれ、誰も信じるな。俺は強くなるためのすべを知っている。何人もの冒険者の経験を、賢者の知恵を覚えている。そのすべてを使って、一秒でもはやく強くなれ、まずは眼を手に入れろ。精霊の眼を。森羅万象を見通す眼を』

 なんだこれは、ここまで、はっきりと声が聞こえたことなんてなかった。

 俺を取り囲む村人たちに挨拶をして、その場を離れる。

 一人になった俺は走り出した。

「いったい、これはなんなんだよ!」

 何かに突き動かされるように足が自然に動く。

 俺は知っている。

 街の近くの森の中に精霊界との接続点があり、旧き言葉、精霊との契約の祝詞を知っていれば、精霊との契約の証、世界最高の眼を得られる。

 石モグラのときと同じだ。なぜか知っている。

 そして、精霊界とのつながりが強くなる星の巡りは、五日後。それを逃せば次は三十四年後になるということを。

 常識的に考えれば、気が狂っただけ。でも、俺は内なる声を無視できなかった。

 無視をすれば最後、何もかもを失ってしまう気がして。

 弱いことは罪だ。そんな脅迫概念があった。

『目を手に入れれば、すべてを思い出す。俺は繰り返すわけにはいかない。次は幸せになるんだ』

 気持ちがどんどんはやる。

 そこに行けば、精霊の眼を手に入れれば、すべてがわかる気がする。

 俺は、リンゴを数個鞄にいれて、着の身着のままで街を出て、知らないはずの知っている場所を目指し走り出した。

 そして、俺はようやく気付いた。

 なんだ、俺。

 笑っているじゃないか。

 そうか、そうなんだ。俺は期待している。この声に従って辿り着く場所を。


 さあ、行こうか。俺を取り戻すために。 

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