第二話:少年はすべてを思い出す

『精霊の眼を手に入れろ』


 その心の声に突き動かされるままに、俺は街を抜け出し森の中を進む。

 日が暮れてきている。

 夜の森は怖い。視界が限定され、魔物が活性化する。

 防壁に囲まれた街の外に出た以上、いつ魔物に襲われてもおかしくない自殺行為だ。

 だというのに恐れがない。

 鞄に入っていたナイフを取り出し、近くにある木の皮を剥がし、絞って樹液を体に塗りたくる。この樹液の匂いをこのあたりの魔物は嫌う。

 そして、樹液を嫌わない魔物は火を嫌う習性がある魔物と、自分のテリトリーに入ってこない限り襲ってこない魔物にわけられる。

 樹液の匂いを漂わせ、松明を持つ。さらにテリトリーを示すための魔物が木の幹につけた傷を見逃さない。それだけのことを守れば、この森を抜けられると声が教えてくれた。

「いったい、俺は何なんだろう」

 わからないまま、歩き続ける。もしかしたら、俺は気が狂ったのかもしれない。

 だとすれば、俺は夜の森の中で襲われて死ぬだけだ。声が幻なら、こんな魔物対策はまるで意味がない。朝を迎える前に魔物の餌になる。

 石モグラのときは声を信じたおかげでアンナさんを救えた。そして、今回無事に夜を越えることができれば、精霊の眼のことも心の底から信じられる。

 だから、前に進もう。今は時間がない。

 距離を考えると、今から全力で森を踏破しないと辿りつけない。

 俺はもくもくと森を歩き続けた。


       ◇


 街を出てから四日たった。

 あと一日しか猶予がない。星の巡りが合わさる一瞬のタイミングでしか精霊界とつながらない。昨日から一睡もせずに森を歩き続けている。

 体に疲労がたまっている。

 眠っていないだけでなく、食事にも問題があった。山菜や森で狩った獣ぐらいしか食べてないので体が弱っている。視界がかすんでいく。ここに来て確信した。

 俺は、あの声を心の底から信じている。じゃないと、ここまで無理はできない。

 歩く、歩く、歩く、そして五日目の夜、ようやくたどり着いた。木々の間に美しい湖があった。星が空に輝き始める。

 俺のなかにないはずの星読みの力で、正確に星の並びを読み取る。

 今まさに門が開かれようとしていた。

『なんとか、間に合ったようだな。さあ、すべてを見通す眼を手に入れろ。そうすれば、俺はすべてを思い出す』

 湖が星の光を吸い込んでいく。

 始まった。

 俺の口が開く。

「―――――――――――――――――」

 紡がれるのは、旧い精霊の言葉。

 たまに妖精界から紛れ込んだ精霊たちが、恩を受けた者に与える祝詞。

 それは、精霊が恩人とその子孫への恩返し。

 精霊たちは精霊界とつながるこの場所にたどり着き、星の並びの秘密、そして祝詞の三つを揃えたものに、力を与える。

 

 もちろん、俺の祖先が精霊を助けたわけではない。

 先祖が精霊を救った者から奪った知識を利用しているだけだ。

 たまたま俺の住んでいる村からたどり着ける場所に精霊界とつながる場所があり、星の並びが揃うタイミングであり、精霊の祝詞を知っているから来ただけ。

 なぜ、こんなことを知っているかはもう考えない。

 きっと、【精霊の眼】を手に入れればすべての答えがでるから。

 湖がまばゆく光り輝いた。

 ため込んだ星の輝きを一斉の解き放ったのだ。

 湖の中央に、青の柱が現れ、空間が裂ける。そこには美しい女性がいた。

 体にぴったりと張り付く、半透明の蒼い羽衣を纏い、透明な羽をはやした美女。

 その美女はゆっくりと口を開く。

「我は【星の精霊】。人間の子よ。旧き盟約に従い、我が友が君の祖先から受けた恩に報いるため、精霊の力を与えよう。何を望む?」

 精霊はすべてを砕く腕、嵐を超える足、千里先まで聞こえる耳、何もかもを見通す眼を候補としてあげた。その答えは決まっている。

「眼を、すべてを見通す眼をください」

 震える声音で俺は言葉を絞り出す。

 すると【星の精霊】は俺の目の前に、ゆっくりと浮遊してきた。

 そして顔を近づけてくる。思わず、俺は目を閉じる。

 二回、瞼に柔らかい感触があった。

「人の子よ。精霊との契約の証、その眼に記した」

 目が熱い。痛みではない。熱いのだ。湧き上がる力を感じる。

 瞳を開ける。

「これが、精霊の眼」

 俺は絶句する。大気に漂うマナ、龍脈の流れ、目の前にいる精霊のステータスや特殊能力、真の名前まで見えてしまう。

 なんて、すごい目だ。それに声が言っている。これは、俺が目覚めるクラスに絶対に必要なものだと。湖を見つめる。

 その水面は俺の顔を映す。俺の眼が翡翠色に光っていた。

 そして、鏡に映った俺のことを見通す。

「そうか、そうだったのか」

 世界の本当の姿が見えた。俺はすべてを思い出した。

 過去の絶望を、二度目の世界を願う渇望を。

 たとえ、記憶が消えても魂に刻み込んだものは消えていない。

 霧が晴れる。歴史が戻り、消え去った記憶。だが、魂に刻まれた傷から記憶が復元される。 俺は、自分を取り戻した。

「ありがとう、【星の精霊】」

 俺が礼を言うと、【星の精霊】は微笑んで消えていく。

 これで精霊の眼……いや、翡翠眼を得て事前準備はできた。

 二日後には、回復術士のクラスを得て、そして【勇者】の証が右手に刻まれる。俺は世界に十人しかいない勇者に選ばれるのだ。

「まずは、歴史をなぞってみよう。知識はあっても技能は消えてしまった。前世の通りなら、薬漬けにされて、壊れた歴戦の勇士たちを無理やり回復ヒールさせられる。歴戦の戦士たちの技能を模倣【模倣ヒール】するのは悪くない」

 そして、なにより。

「俺は約束したからな。今度は俺が、あの女のすべてを奪ってやると」

 一人の女性を思い出す。薄桃色の髪、誰よりも愛された王女。【術】の勇者フレアを。

 村に急いで戻ろう。彼女と再会する。それが第一歩だ。

 水面に浮かんだ俺の顔は、純朴な少年のものではなく歪に歪んだ鬼の顔だった。

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