第七話:回復術士は復讐の炎を燃やす

 剣聖クレハ・クライレット。

 その名をジオラル王国に住んでいて知らぬものはいない。

 クライレット家は最強の剣の一族。ジオラル王国の剣として恐れられている大貴族だ。

 彼らの行動はすべて最強の剣士を作ることに向けられている。強い血を取り込み続け、剣士に特化した子を輩出し続ける。それはもう狂気に近い。噂では外に取り込むべき強い血がないと判断した場合、血を薄めないために近親婚すら平然と行う。

 数百年もの間、剣を極めるためだけに特化した血筋は、クライレットの子たちにとあるクラスを発現させた。

 その名は……剣聖。

 血と育った環境が、目覚めるクラスと関係があるということは研究でわかっている。

 この世界で唯一剣聖というクラスを得た者。それがクライレット家だ。

 さらには、その恵まれたステータスとクラスだけはなく、クライレットの剣は純粋な剣術としても最強。その剣技の数々は、もはや芸術と言っていい。それも飾っておくたぐいのものではない。無数の実戦に裏打ちされた血と鉄によって研鑽されたものだ。

 そのクライレットの中でもクレハ・クライレットは、史上最高の天才と呼ばれている。

「クライレットの剣は何としても手に入れたいな」

 当時の俺は、あまりにも未熟でクレハを【回復ヒール】した際、彼女の経験を脳裏に深く刻みことができなかった。苦痛と恐怖でそれどころではないうえに、【回復ヒール】の熟練度も足りなかった。その後の無数の経験によって剣聖の経験は押し流され、せっかくの世界最高の剣を得る機会を無駄にしたのだ。

 だが、今回はそうならない。

 確実に、クライレットの剣を我が身につけよう。

 剣聖という、エキストラクラスのスキルを得ることはできない。

 だが、剣聖の技能だけでもコピーできれば剣聖本人に及ばないまでも、多数の近接職を圧倒できるだろう。


       ◇


 いつものように部屋で座学にいそしんでいると、使用人が呼びにきた。

「【癒】の勇者様。剣聖様がお見えになりました。ライナラの間にて、お待ちになられております。【癒】の勇者の力を存分に見せください」

 俺は苦笑する。一度目の俺は、このときやる気に満ち溢れていた。

 おろかにも、フレアの外面に惚れ、使用人たちとの関係をもち肉欲におぼれ、自身がまるで英雄だと思い込み、彼女たちにいいところを見せたいという気持ちでいっぱいだった。

 今も、やる気に満ち溢れている。だが、それは純粋に剣聖の技能目当てだ。

……レベルのほうもぎりぎり【模倣ヒール】を使用できるところに至っていた。

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種族:人間

名前:ケヤル

クラス:回復術士・勇者

レベル:5

レベル上限:∞

ステータス:

 MP:27/27

 物理攻撃:10

 物理防御:10

 魔力攻撃:16

 魔力抵抗:18

 速度:17

素質値:

 MP:110

 物理攻撃:50

 物理防御:50

 魔力攻撃:105

 魔力抵抗:125

 速度:120

 合計素質値:560

技能:

・回復魔法Lv2

スキル:

・MP回復率上昇Lv1:回復術士スキル、MP回復率に一割の補正

・治癒能力向上Lv1:回復術士スキル、回復魔法にプラス補正

・経験値上昇:勇者専用スキル、自身及び、パーティの取得経験値二倍

・レベル上限突破(自):勇者専用スキル、レベル上限の解放

・レベル上限突破(他):勇者専用スキル、魔力を込めた体液を与えることで、低確率で 他者のレベル上限+1

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 俺はレベルを5まであげていた。

 魔物と戦っていないのにレベルがあがっている秘密は、俺の第四の【回復ヒール】である【略奪ヒール】にある。

回復ヒール】を使用すると対象に魔力を注ぎこむ際に、魔術的なパスがつながる。

 パスは双方向だ。その気になれば経験値と魔力を奪うことができる。もっとも、レベルに変換され肉体の一部になった経験値を奪うことはできない。できるのは次のレベルに至らない浮いている経験値を奪うこと。

 夜、俺を襲って調子に乗っている女が無防備な痴態を晒している間に経験値を奪ってやった。

 そうして、最低限【模倣ヒール】を行えるところまで強くなったのだ。

略奪ヒール】があるから安心して拘束されるという判断ができる。

 家畜のように、無理やり多数の人間を癒すことを強要されながらでも、経験値を奪い続けレベルを上げ続けることができる。そして、目ぼしい技能をすべて手に入れ、確実に脱走できるレベルに至ったとき、俺は前世の約束どおり、フレアのすべてを壊して、今度は俺がおもちゃにしてやると決めていた。


       ◇


 剣聖クレハ・クライレットに会うために訪れたライナラの間。

 ライナラというのは、この国の象徴とされている青みがかった白い花。気高く美しい花を愛さない国民はいない。

 ライナラの間は、室内庭園だ。色とりどりの花が咲き乱れる城内でもっと美しい場所。

 フレアの趣味で作らせたと聞いたことがあるが、あの女、性格は悪いが趣味はいいらしい。いや、壮絶な無駄遣いなので、やはり趣味が悪いか。

 そんなことを考えていると、先客がこちらに気付いたようだ。

「こんにちは。もしかしてあなたが【癒】の勇者様かしら」

 動きやすく飾り気のない白の騎士服を身にまとった少女が声をかけてくる。

 その隙のない佇まい。肌を刺す剣気。流麗な所作。

 もし、彼女を知らないものでも、彼女が何者かを確信するだろう。

「俺が【癒】の勇者ケヤルだ。王に君を癒すことを命じられた。噂には聞いている。出会えて光栄だ。【剣聖】クレハ・クライレット」

 間違いない、彼女こそが最強の【剣聖】。

 銀色の長い髪、無表情だが可憐。そんな少女が【剣聖】だなんて。実際に見るまで誰も信じないだろう。

「私のことを知っているみたいね。改めて自己紹介させていただくわ。私はクレハ・クライレット。元【剣聖】よ」

 彼女は元と言った。

 その理由は単純だ。彼女の右腕は存在せずに服がだらんとしている。

 高位魔族。勇者ですら単独では挑まない相手を倒した代償に彼女は剣を失った。

「さっそく、治療をしようか」

「ええ、お願いするわ。エリクサーですら治せなかった。頼れるとしたら、あなたの力ぐらいしかないの」

 クレハは下唇を噛みしめた。クライレットは剣にすべてを賭した一族。

 剣が使えない以上、彼女に存在価値の一欠けらすら存在しない。

 いや、一つだけある。子を作ること。彼女はこれから強い子を残すためだけに生きることを強制される。最強の【剣聖】だ。そのことが逆に彼女を苦しめるだろう。

「クレハ、背中を向けてくれないか。【回復ヒール】をするためには背中を見る必要がある」

 クレハは頷き、背を向けた。背中を見る必要があるというのは真っ赤な嘘だ。

 本当の目的は【翡翠眼】を使うため。

 他の相手ならいざしらず、彼女を相手に【翡翠眼】をばれずに使うのは不可能だ。

 さあ、剣聖の力を見せてもらおう。

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種族:人間

名前:クレハ

クラス:剣聖

レベル:45

レベル上限:51

ステータス:

 MP:169/169

 物理攻撃:122

 物理防御:86

 魔力攻撃:70

 魔力抵抗:86

 速度:103

素質値:

 MP:91

 物理攻撃:128

 物理防御:90

 魔力攻撃:72

 魔力抵抗:90

 速度:109

 合計素質値:580

技能:

・神剣Lv5

・見切りLv5

スキル:

・神剣能力向上LV3:剣聖専用スキル、神剣の速度・威力に情報補正

・気配感知LV3:剣聖専用スキル、見切りの感知範囲・感知速度に情報補正

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 強い!?

 なんだこれは、完全に壊れている。

 合計素質値が勇者レベルだ。それに、このレベル上限の高さ。五十台なんて聞いたことすらない。素質値の配分も芸術的だ。剣聖として必要なものだけが高く、必要のないものは低い。

 さらには、剣を使う技能の中でも最上位である神剣。

 近接戦闘において、圧倒的な優位性を誇る見切り。

 それらをスキルで強化している。

 化け物。間違いなく、剣聖に一対一で勝てるわけがない。

 勇者でも彼女に勝つにはレベルで圧倒するか多人数で挑むしかないだろう。

「もう、いいかしら?」

「ああ、十分だ。治療を始めよう」

 早く、神剣と見切り技能を我が物にしたい。スキルまでは【模倣ヒール】できないが神剣と見切りだけでも十分だ。

「ちょっと待ってください!」

 治療を開始しようとすると、【術】の勇者フレアが駆け込んでいた。

 老人を一人連れている。

「フレア、いったいどうした?」

「ケヤルさんが実際に【回復ヒール】を使うところを私も見たくて」

 思い出した。たしか、一度目もそうだった。隣に付き従っている老人は、魔術の研究主任。

 大なり小なり勇者によって次元が一つ上昇したクラスのスキルは、特異性が存在する。

 それを確認するために魔術の研究主任を連れてきたのだろう。

「ああ、好きに見てくれ」

「私も構わないわ」

 断る理由もないし、断れるとも思わない。さあ、始めようか。

 表向き、最初の【回復ヒール】だ。壮絶な痛みが俺を襲うだろう。

 今の俺は痛みを知識として知っていても、まだこの世界では経験していない。

 耐えきれるかは五分五分。ある程度繰り返せば痛みの耐性もできるだろうし、脳内麻薬を自前で生産できるようになる。

 しかし、今は期待できない。痛みと真っ向から戦うしかない。

 はじめから奥歯を強く噛みしめておく。

「いくぞ、【回復ヒール】」

 その瞬間だった。

 剣聖クレハ・クライレットのすべての経験が俺を襲う。

 虐待としか思えない幼少期からの訓練。

 血に彩られた日々、幾千、幾万の戦場。

 疲れ果てた体。敵と自分の血に染まる日常。

 当然だ、クレハは十代。十代でレベルが四十を超える。そんな人間の日常は平凡であるものか、毎日が地獄だ。殺して、殺して、殺し続けて……。

 痛い、苦しい、怖い、助けて

「あっ、あっ、あっ」

 声が漏れる。焦点がぶれる。

 クレハ・クライレットの生涯で味わった地獄を一瞬で味わい尽くす。涙がこぼれる。喉をかきむしりたい衝動をこらえる。一度発動した【回復ヒール】は自分の意思では止められない。

 俺という存在は壊れかけながらもその役割を完遂した。

 クレハ・クライレットの右腕が復元される。それも、全盛期の筋力を維持したまま。その腕に染み付いた経験、くせ、反射行動まですべて完璧に再現。

 それを終えたとき、俺は全身を痙攣させながら、涙とよだれを垂れ流して倒れる。

「治った、本当に治ったというの、私の腕が。すごい。奇跡よ。これでまた戦えるわ」

 クレハ・クライレットの声が響き渡る。俺はそれを遠目に見ていた。


 痛みを覚悟していたが、これほどとは。

 まあ、これでも一度目は気絶したが、今は意識がある。多少は進歩している。なにせ、まだ意識はあるのだ。おかげで、しっかり【模倣ヒール】はできた。神剣と見切りは俺のものだ。

「ありがとうケヤル。っ、あなた、大丈夫!?」

 喜びで視野狭窄になった状態から回復したクレハは、ようやく俺の状態に気付いたようだ。慌てて助け起こす。意外に、まともな人格だ。

 俺は失神したふりをする。目的はフレアの油断を誘うためだ。

 目を閉じつつ、耳を澄ませる。クレハは部屋を追い出された。治療の邪魔だという名目だ。

 去り際にクレハはうれしいことを言ってくれた。

「ケヤルが起きたら伝えて、剣を再び与えてくれてありがとう。絶対にこの恩は忘れない。クレハ・クライレットの全能力をもって、いずれ恩は返すから」

 本当にいい子だ。さて、残ったフレアはどうだろう。

 そんなことを考えていると、フレアは口を開いた。

「唯一の取柄の【回復ヒール】すらろくに使えないなんて、これは駄目かも。リサイクルできそうな人材をリストアップしたのに、無駄骨になりそうですわね」

 俺に意識があることに気付かず、フレアはようやく素の彼女を見せる。

 それとは対照的に研究主任の老人は、いやに楽しそうだった。

「フレア王女、これは、これはすごいですぞ。この男が使ったのはただの【回復ヒール】ではない!!」

「ただの治療よね? 何が違うの」

「根本的に違う、次元が違うのです。本来の【回復ヒール】というのは、自己治癒能力を魔力によって活性化させるもの。つまり、人体が自力で治せる傷しか治せない。抉られた目は戻らない、千切られた腕は戻らない!! だが、彼の【回復ヒール】は違う。分解・再構成。無からの創造、あるいは時間の回帰。いずれにしても、神の領域だ!! 興奮しますぞ。きっと、彼が異常なまでに苦しんだところに秘密があるに違いない。そんな反応を見せた回復術士は初めてだ! 調べたい、これを解明できれば、私は、私は!」

 あっ、この人やばい。失神したふりをしながら俺は恐怖を感じていた。

「そう、ならコレを使えるようにすることね。薬だろうが、洗脳だろうが、なんでもいいわ。どうせ、苦痛を原因に【回復ヒール】を拒絶するから。せめて、英雄を二十人ぐらいは【回復ヒール】できるようにすること、それまではもたせなさい。そのあと、完全に壊れようがかまいません。十分に元をとったあとですし」

「御意に、たくさんデータとれるように優しく壊してあげましょう。ふふふ、苦痛と恐怖を感じるなら、魔術で催眠状態にしたあと、薬で快楽漬けにしてやるのがいいでしょう」

 そうして、俺の運命が決まっていく。この段階でフレアは俺に見切りをつけやがったのか。

 よくわかったよ。

「あとは任せましたわ。まったく、こんな使えないのが同じ勇者だと思うと虫唾がはしりますわね。元をとることにすら、手間をかけさせるなんて」

 フレアが去っていく。

 俺は、笑いをかみ殺すのに必死だった。

 心の底から嬉しかったのだ。

 どうしようもないほど!

 あの女はクズだった

 ああ、ありがとう。本当にありがとう。一週目と変わらず、正真正銘のクズでいてくれて! 

 これで、何の躊躇もなく、いっさいの容赦なく。俺は復讐できる!!


 おまえのリストアップした英雄をすべて【模倣ヒール】したとき、それがおまえの最後だ。

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