始まった殺し合い
ヴァチカンとソフィアさん達が帰って一週間。
私は毎日、この遊歩道をタマと一緒に散歩していた。
「遊歩道が出来たおかげで散歩コースに困らなくなったわねぇ」
遊歩道をグルッと一周するのを散歩コースに組み込んだのだ。
――アスファルトと違い、熱くないのが良い
タマも気に入ったようで、よく一匹で遊歩道を散歩してる。
海神様や死と再生の神様、地の王とコミュニケーションを取りながらだ。
国滅ぼしの大妖が神々と談笑する様は異様だが、これも平和の証。
葛西は前日に凄い呑んだようで、夕方に帰った。
灰色狼が呑み過ぎだ、と叱る様を見た北嶋さん。
「ポメラニアンがギャンギャン騒いでるぞ。餌食いたいんじゃないのか?」
思い切り見当違いな事を言って灰色狼に吠えられていた。
ヴァチカン達はバスで空港に向かった。
だが、教皇が乗ってきたグリフォンを置いてはいけない。
まだ酔いが覚めない教皇をグリフォンに乗せるのは危険だと、アーサーがグリフォンで帰る事にした。
――ネロ以外を背に乗せる事は気に入らぬが、致し方ない
黄金のグリフォンは渋々と了承したが、これは驚くべき事らしい。
教皇のグリフォン、ステッラは、教皇以外には決して懐かず、背に乗せる事など有り得ないらしいのだ。
これはステッラが多少なりともアーサーを認めたからだと思った。
北嶋さんと戦ってからの彼は、何か一回り、二回り強くなったような気がする。そこら辺が関係していると思う。
「なんだ無表情。お前、雉に乗って帰るのかよ?大丈夫か?」
そう、おかしな心配して、ステッラに嘴でつつかれそうになっていた。
どうやら魔力を避けて視ると、それはアジアの極楽鳥のように見えるらしい。
だから鏡をかけろ、と何度も言ったのだが。
いつもと変わらぬ日常に戻った私達。
北嶋さんは毎日のように婚約指輪を買いに行こうと誘ってくる。
だが、私はそれを断った。
「北嶋さんのご両親は確か亡くなったんだよね?私はご両親の墓前でご報告してから指輪を貰いたい」
これは逃れる為でも無く、本心でそう思った。
私の両親の方、と、言うよりも父の方に、師匠に弟子入りする時に「そんな胡散臭い宗教に入るならば出て行け」と言われ、私は半ば勘当同然で師匠に弟子入りした。
何度も何度も、宗教じゃないと説明しても無駄だった。
弟子入りした後、何回か手紙を送ったが返事は無かった。
今は理解できなくても、いずれは知って欲しい私の居る世界。
いずれは実家に行こうと思うが、今はまだその時じゃないような気がする。
だから北嶋さんのご両親には、最初に報告したいのだ。
私が自分の父に理解して貰えない、今の私の世界の事も。
「あ~~…俺の実家か~~あ~あ~……」
北嶋さんは何故か唸っていた。色々あるらしい。
実家に行く事を前提とした婚約指輪の受け取りは、確かに筋が通っているような気がするのか、北嶋さんは今でも「あ~…あ~…」と唸っている。
まぁ、彼の決心が固まったら、指輪を貰おう。
それまでに生乃達にはちゃんと報告しなければならない。
生乃達も北嶋さんを好きなのだから。
全てにケジメをつけて、私は彼の物になると決意した。
それまではお風呂を覗いたらパンチ!部屋に勝手に入るならパンチ!執拗にベタベタしたらパンチだ。
だから北嶋さんは相変わらず鼻血を噴射している。
可哀想だがこれもケジメ。
今は少し工事の後処理とかで忙しいから、それが終わったらちゃんと生乃達に報告するから、それまで待って?
「実家の事もあるからなぁ~…あ~…あ~…」
北嶋さんも唸りながらも了承してくれた。
北嶋さんに何があったのかは不明だが、それももう直ぐで明らかになるだろう。
そんな時、家に一本の電話が入った。
「はい、北嶋心霊探偵事務所…」
電話を取り、名乗ると同時に電話向こうから、興奮したように、叫びながら話し掛けてくる相手。
『北嶋はいるか!!出してくれ!!』
ヴァチカンのアーサーだった。
一体何があったのかと聞く。
『リチャードが殺された!!リリスの手の者に!!』
リリス………遂に行動を起こしたか………
驚きよりも、漸くと言った感が強かったので、自分でも驚く程冷静だった。
『ヴァチカンはリリスと戦争になった!!北嶋や葛西にも気を付けるよう言ってくれ!!』
解った、ありがとう、とお礼を言い、電話を切る。
もう直ぐ…もう直ぐで魔女と本気の対峙をする事になる…
残り一柱、早く見付けなければならない。
私は北嶋さんを少し急かす事にした。
少しでも早く実家に行けるように。
少しでも早くちゃんとした形で婚約できるように。
私がいつ死んでも大丈夫なように。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そこはヨーロッパのとある片田舎。
主要産業は農業で、ワインの為の葡萄を作る事を糧としている農村。
この田舎に悪魔が出没し、人間を襲うと報告を受けたヴァチカンは、段々と孤立していく三銃士のリチャードを送る。
リチャードならば悪魔を撃退するに容易だろうとの判断だが、リチャードにとっては体の良い左遷のように感じていた。
「ちっ!ヴァチカンの三銃士のリーダーともあろう者が、こんな辺鄙な所に…異教徒に毒された教皇が、俺を嫌って辺境に追いやったんだ!!」
憤慨しているリチャードだが、自分は聖騎士。悪魔に困っている善良なカトリック教徒を救わなければならない。
リチャードは使命感のみで、その村にやって来た。
滞在する場所も限られている田舎だが、運良く一軒屋が空いていたので、そこを借りて悪魔を捜す事にした。
悪魔は狡猾かつ用心深い。
捜し出すのに何日掛かるか解らない。
一軒屋は少し古かったが、それでも他人の家に厄介になるよりは気を遣わずに済む。
リチャードは取り敢えず荷物をそこに置き、悪魔を捜す為に外に出る事にした。
少しガタつく扉を開けたリチャード。その目の前に、一人の大柄な白人が立っていた。
リチャードは身構えながら問い掛ける。
「この村の住人かい?悪魔が出没する場所を教えてくれないか?今からそこを調査するんだ」
大柄な白人はスッと指を差す。
方向はリチャードを向いている。
「?」
振り向くリチャード。だが、そこには何も無い。自分が出て来た、借りた家の玄関だけだ。
大柄な白人は口元を歪ませながら笑う。
「そこの家に出るんだよ。偽善者と言う悪魔がな…」
咄嗟に腰からマシンガンを抜くリチャード。
「貴様!何者だ!!!」
マシンガンを大柄な白人に向けた刹那!自分の腹部に違和感を覚える。
そしてゆっくり腹部に目を向ける。
「ごおっっっ!!!」
リチャードの腹にはナイフが突き刺さっていた。
いや、ナイフじゃない、何か剣のような、それも片刃の物だ。
たまらず膝を地に付けた。拍子に刃が腹から抜け、鮮血が噴き出した。
自分の横に、自分の腹を貫いた剣がブラブラと揺れている。
リチャードは苦痛に顔を歪ませながら、ゆっくりと剣を持っている人間を見る。
「貴様…あの時リリスの隣にいた日本人………!!」
刺したのは、リリスの配下の松山 主水だった。
松山も口元を歪ませながら笑う。
「あの時の決着を付けに来たぜ…お前の死が戦争の火蓋だな!!」
大柄な白人が、踞っているリチャードの顔を蹴り上げる。
「ごっっっ!!」
身体が跳ね上がるリチャード。
「グリゴリー・ラスプーチンだ。お初にお目にかかる。名乗ったばかりだが、もう死ね」
ラスプーチンはリチャードの胸に手を置く。
スズズズズ
ラスプーチンの手が胸を貫いて行く。一滴の血も出さずに。
「貴様等!貴様らああああ!!!ごふっ!!」
リチャードは大量の血を口から噴き出した。
ラスプーチンが手を抜くと、潰れた心臓が身体から飛び出して、リチャードの身体を血で洗っていた。
「死に方には拘らないだろう?斬られて死んでも、心臓を握り潰されて死んでも、きっと君は天国に行けるよ。フッフッフ…」
動かなくなったリチャードを其処に置き、二人は忽然と姿を消した。
どうせ殺したのはリリスの手の者だと解るだろうから、ヴァチカンにわざわざ犯行声明を出す必要も無いからだ。
北嶋勇の心霊事件簿10~ソロモンの指輪~ しをおう @swoow
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