なつよる、テロリスト【完結】

成瀬なる

誰だって恋をする

 提灯の淡い灯りに照らされて、蛙の声と祭囃子が遠くから聞こえてくる夏夜なつよにいる彼女は、ただただ綺麗だった。夜に溶けてしまいそうな群青色の浴衣も、少しだけ紅葉した頬も右手に持つ一匹の金魚も、全てが綺麗だった。

 それに比べて僕は、七分丈のシャツに黒いパンツと夏祭りと彼女には、不釣り合いの格好だ。意味のない罪悪感を感じる。

「急に呼び出してごめんね。 迷惑じゃなかったかな?」

 僕は、優しく彼女に聞いた。

「ううん、大丈夫だよ。 私も、遅れちゃってごめんね」

 彼女は、誰にでも向けている笑顔で、僕にそう言った。とても憎いと感じた。その笑顔が、僕だけに向けられているわけでなく、その上、僕だけに向けられるわけがないという結果の見えている欲望がそう思わせていた。

 僕は、弱い。誰がどう見えても、自分でさえも、弱さを自覚していた。抗うことのできない弱さは、きっと、これからもずっと僕の側に居続けるのだと思う。

 でも、僕は、今日、テロを起こす。

 弱い僕を、テロリズムという皮を被り、彼女に銃口を向けるのだ。

 スマホをいじり始めた彼女へと胸にしまっていた銃を向けた。

「あの少しだけいいかな?」

 彼女は、スマホから視線を外し、首を傾げながら僕を見る。

 呼吸が乱れ、銃が震え、狙いがうまく定まらなかった。あとは、引き金を引くだけで、彼女の心臓を打ち抜くことが出来る。

 ――僕は、テロリストだ。

 一度、深呼吸をして、引き金を引いた。

 重い銃声が鳴り響いたと同時に、夜空が火の華で彩られた。

 

 僕は、今夜、告白テロを起こした、とてもずるいやり方だ。

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