KOKORO NO TUNAGARI

Siguma

第1話

──まだ諦めるわけにはいかない。


何をするにも倦怠期は存在する。そして私はその倦怠期真っ只中だ。


執筆。


プロット書きから始まって一つの作品を作り上げる。私はその執筆という仕事に憧れていた。

ある有名作家はただの言葉の連なりで人々を恐怖させ、またある作家は主人公の一言で多くの人の涙を誘う。


たかが一言。されど一言。


あのは、そう言っていた。


彼女の言葉は私を小説家の道へと足を踏み入れるきっかけを作ってくれた。だからこそ、私は彼女にお礼を言いたかった。謝りたかった。笑って欲しかった。

しかしその願いはもう叶わない。


頬に涙が流れる中、私はペンを握り再び書き出す。

どうか安らかにお眠りください。

そう思うと同時に、あの日の悲しみ、喪失感が蘇る。

こんなことに負けちゃいけない。



□□□



──桜って綺麗だと思わない?


あの日も今と同じ10月だった。

紅葉の中に光る数本の桜の花に導かれて行った、今まであることさえ知らなかった公園。

ちょっとした丘の上にあるこの公園は近所ではそこそこ知名度のある公園だった。後に両親に聞いた話だが、春になると約二百本の桜が開花するため、花見をするために訪れる人も少なくないらしい。


「あの日からもうそんなに経ったんだね……」


まるで隣に『彼女』がいるかのように私は呟いた。

ザァァァァァ────と降ってきた雨が私の心を濡らす。


「が─んのなかの────だけど、あなたたちにで───」


言葉が連なり文章となるように、断片的な記憶があの日の思い出を呼び起こす。


「こと こころから嬉しく思うよ、────でわかるあいやおもい、ずっとわたしのむねの──にあるたからものだよ」


目からこぼれた涙が頬を伝い道を作る。


「あ───う、───とう、さい─────いでを」


私は歌っていた。彼女の愛した人の詩(うた)を。



△▼△▼



「秋なのに……桜が咲いてる?」


紅葉の中に混じる一本の桜を見て私は呟いた。

桜といえば春の醍醐味と言っても過言ではない『花見』の主役である。何故それが10月になった今、咲いているのか。それが私には分からなかった。


「染井吉野、八重桜、支那実桜、江戸彼岸、糸桜、緋寒桜、寒桜、丁字桜、冬桜……」


知る限りの『桜』を連ねる。

なぜか分からない。だが私はたくさんの桜の名前を憶えている。


「霞桜、大山桜……他にも沢山ありますね」


クスリと笑う声が聞こえて私は振り返った。

そこには車椅子に乗った女性とそれを引いている少女の2人。

車椅子の女性が口に手を当てて笑っているのを見て、さっきの声は彼女のものだと察する。

私は彼女に軽く頭を下げた。雨が弱くなりポツポツと地面を

濡らしていく。


「お久しぶりですね」


私の心中を察しての行動か、彼女はイタズラな笑を浮かべている。曇っていた空から数筋の光が差してきた。


「さく姉ぇ、山桜もあるよ」

「あらあら、言い忘れたわね……ありがとう───」


車椅子の女性の名は桜子さんというらしい。車椅子をひく少女の名前を言った気がしたのだが、うまく聞き取れなかった。

彼女たちが無言になって上を見る。私もつられて見上げることはしなかった。

しかし私には分かる。昨日から降り続けた雨が桜を輝かせていることを。


「桜って綺麗だと思いませんか?」

「えっ?」


私は桜子さんのことを見た。少々の水が周りに飛び散る。勿論だがそれに気づけた者などいない。

彼女はまだ頭上に咲く、満開の桜を見ているようで、その表情は晴れやかな、それであって悔しそうな顔をしている。

その姿は桜そのものとさほど変わらない。それほどまでに美しかった。


「この桜──十月桜の花言葉知ってます?」


花言葉。私は普通の桜の花言葉ぐらいは知っている。


『精神の美』

『純潔』


「普通の桜の花言葉は知ってますけど……流石に十月桜?は分かりません」


私は正直に答えた。ほのかに朱を差した白い花弁が私の頭に舞い落ちる。


「この十月桜の花言葉は──と──なんですよ」


彼女は嬉しそうに語った。まるで自分のことを話す子供のように。

確かにこの桜はそうかもしれない。本来なら春にしか咲かない花が秋にも咲く。それはとても──だ。

彼女はそれから数分車椅子を押す少女を見て微笑んだ後、あっ、と何かを思い出したかのような顔をした。


「桜の花言葉に『純潔』というのがあるのですが、正確には染井吉野の花言葉なんですよ」


楽しそうに桜子さんは笑った。


「そうなんですか?ずっと桜の花言葉だと思ってました」


まさか染井吉野の花言葉だったとは、思いもよらなかった。

ほかの桜にも花言葉がちゃんどあるのだろう。

私は彼女に軽く会釈をするとその場から歩き出した。



△▼△▼



それから2週間たったあの日、私は公園のべンチから桜を見ていた。今から3日前に散った桜が地面にへばりついている。


雨が降っていたのだ。


あの日、このあたりで大雨が降った。その雨は公園のすべての桜から花を奪い、地面に散らしてしまった。


この日から車椅子の女性は公園に現れなかった。



「あの日からもうそんなに経ってたんだね……」


口を開き、ウタう。


「が─んのなかの────だけど、あなたたちにで───こと こころから嬉しく思うよ、────でわかるあいやおもい、ずっとわたしのむねの──にあるたからものだよ、あ───う、───とう、さい─────いでを」


懐かしいウタ。私の長年の人生で緊張した心身を解すかのようなウタ。あの日はただ『ウツクシイウタ』としか思わなかったのに、このウタには力があったのだと感心する。


なにかに囚われたかのように心を奪われていた私は我に帰った。

娘は不思議そうな表情(かお)で私の顔を覗いてくる。

頬を触ると水滴が手をぬらした。

私は不思議と混乱しなかった。何故自分が泣いているのか、そんなことさえ考えられず、ただ、一言。


「し──てき───ろ、と、か──う」



△▼△▼



サァァァと風に靡く木の葉。紅葉の葉が私の頭に落ちてきた。


「心の繋ぎ」

「あんたさ、何言ってんの?……あー、分かった。あの先輩と付き合いたいのねー。確かにに格好よくて成績優秀でスポーツ万能だけどさ、オススメしないよ?」


私の独り言に友達は出鱈目を言う。たわいない、たったこれだけの会話。


「ちょっと!?何泣いてんのよ?いや、別にあたしは彼氏の横取りなんてしないよ!?」


彼女は私の涙に的外れなことを言う。それがなんだか面白くて、くすり。と笑った。何笑ってるのよ……と迷惑そうな、それであって楽しそうな顔をしている。


「私達……生きてるんだなぁって思ったら、ね」

「生きてるって……何当たり前の事言ってるの?頭打った?脳みそ売った?」


彼女の冗談に私は首を横に振る。上を見ると満開の桜が。


「は?なんで桜?今秋なんですけど。季節外れにも程があるんじゃないの?あれ?私の目がおかしいの?」

「ううん。違うよ。これはね、十月桜って言うんだ」


頭上には白く光る桜の花が咲き誇っていた。紅葉の中に光る桜は美しく輝く。


「そういえば花言葉って何なのかな?」


花言葉……誰かが少し前に教えてくれた気がする。

一般的な桜の花言葉は『純潔』。つまりは純白。

綺麗な桜にはお似合いの花言葉だと思う。


「うーん……美……って感じ」

「え?」


彼女がふと呟いた言葉に私は驚く。


「だって美しいじゃん?赤く染まる木々の中に純白に光る桜って、汚れを知らない赤ちゃんみたい」

「赤ちゃんって……まあ、たしかにそんな感じだけどさ」


見上げた私の表情は雲一つない晴天のように清々しかった。

今まで見てきていた世界は曇っていたかのように、別の世界だったかのように感じるほど明るく見える。


「生きてるって、良いよね」


当たり前なんかじゃない。生きたいと思っても死んでしまう人だっている。


「全く……今日のあんたほんとおかしいよ?」

「えへへ……ゴメン。じゃ、行こっか!」

「ちょっと、待ちなさいよ!」


私たちは走り出した──────



□□□



「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


私は勢いよくシャープペンを机に叩きつける。ポキッと音がしてシャープペンの芯が折れる。


「納得いく作品ができないよぉぉ……」


私は小説を書いていた。あの日、ゲームで出会った少女をモデルにした物語。

しかし、初めて書く小説だ。文章力のない私にとってそれは難題だった。


私はベッドにダイブし、うううーと呻く。


「はあ……頑張って書かないと……」


私は早くも立ち直り、机に戻ろうとした。


「うぇっ!?」


急に目の前に何かが落ちてきて、咄嗟に目を瞑る。

ぽとりと何かがおでこに落ちてきた。


恐る恐る目を開ける。



サァァァァァァァァァァァァ────



窓の外から音が鳴る。

私は額に落ちたそれを指で摘んだ。


それは1枚の桜の花弁。

別に10月という訳では無い。

今の季節はは春。


「待っててね……よしっ!」


起き上がり、ペンを持ち、新しい紙を取り出して……涙を拭う。

これで書く準備は出来た。



サァァァァァァァァァァァァ────


未だに桜は風に靡いていた。

まるで、私を急かすように────

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KOKORO NO TUNAGARI Siguma @alisia1999

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