後編
次の日、朝っぱらからリコルドパストの扉が勢い良く開かれる。
「タッダシー! たのまれたもの持ってきったよー!」
入り口から勢いよく現れたのは師匠の古くからの親友である、
彼は日本とフランスのハーフで、金髪碧眼とすらりと伸びた長い足が特徴のまるで洋画に出てきそうな感じのそんな男性で、大道芸で世界中を飛び回っているのだ。
「あー、雫ちゃん! おひさー!」
そう言って私を思いっきりハグする雅人さん。
「あ、雫ちゃんを抱きしめたら、タダシーが妬いちゃうねー」
「いや、妬きませんから大丈夫ですよ」
師匠がスッパリと否定すると雅人さんは私に耳打ちをしてくる。
「……まだ鈍いままなの?」
「そうなんですよ、私、結構師匠にアタックしているのに」
「頑張れ雫ちゃん、俺、応援してるから!」
ぐっと拳を掲げてくれる雅人さん。彼は私の恋を応援してくれる良き理解者である。
「ありがとうございます」
「雅人、頼んでいたものをコチラに下さい」
「あ、そうだったー」
雅人さんは師匠に持ってきた紙袋を手渡した。
「師匠は雅人さんに何を頼んだんですか?」
私は師匠の元へと行き、紙袋の中身を確かめる。
それは真っ赤に輝くジャム状のものだった。
「イチゴジャムですか?」
「ラズベリーピューレだよ。コレをクリームに練りこんで使うんだ。雅人ありがとう。ここら辺では取り扱ってないからさ」
「お安いごよーってことよ。まぁ、お使いの駄賃はキチンともらうけどねー」
そう言って雅人さんは店内の椅子に腰掛け、店内に響くような透き通った声で叫んだ。
「我、試食を所望する!」
「はいはい、じゃあ雫ちゃん一緒に作ろうか。試作品」
師匠は雅人さんの要求に苦笑いを浮かべながら応じ、私と一緒に厨房へと入っていく。
厨房に用意されているのは、薄力粉・砂糖・卵黄・卵白・生クリーム・ピュアココア・冷凍ベリーミックス、そして雅人さんが買って来てくれたラズベリーピューレ。
「いたって普通のケーキですね」
「そうだねー。じゃあ、雫ちゃんは薄力粉と卵黄と砂糖とピュアココアをモッタリするまで混ぜてくれるかな?」
そう言って師匠は私に材料とボールと泡だて器を渡す。
「はーい」
師匠に指示された通りに材料をかき混ぜていく。
「ところで師匠?」
「なんだい?」
師匠は卵白をかき混ぜながら私の声を聞く。
「優貴さんの記憶を覗いた時に、その初恋の店長さんの姿を見たんですよね?」
「うん、見たよ」
「どんな感じだったんです? カッコよかったですか?」
「そうだねー。爽やかそうな人だったよ」
カシャカシャと泡だて器を軽快に回しながら師匠は答えた。
「なるほど、見てみたいなぁ、その人」
「名前も見えたし、後で検索すれば出てくるんじゃないかなぁ?」
「え、見てみたいです!」
「じゃあ、さっさと試作品のケーキを作り上げるとしよう」
「はーい」
モッタリとするまで混ぜたタネに師匠が混ぜたメレンゲを数回に分けて投入して、師匠はさっくりと生地を混ぜていく。
そして、スポンジ型に流し込んで、170度のオーブンでスポンジを焼いていく。
焼いている間に生クリームを泡立ててホイップクリームを作り、そこに雅人さんに買って来てもらったラズベリーピューレを投入して更にかき混ぜると……、
「すごい、桃色のクリームになった」
綺麗な桃色のクリームが出来て私は目を輝かせる。
「味見をしてみるかい?」
師匠はティースプーンでクリームを一掬いし、私に渡してくれた。私がそのクリームを口に入れると、ラズベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。
「ししょー、なんだか恋に落ちちゃったみたいな感じです。すっごく、美味しいです!」
「うん、良かった」
にこやかに笑う師匠に私はラズベリークリームの相乗効果でノックダウン寸前だったのは言うまでも無い。
スポンジが焼きあがって、取り出すと真っ黒いスポンジが姿を現す。
「これは、真っ黒焦げになっている訳じゃないんですよね?」
「ピュアココアで黒く色づけしたからね。焦げているわけではないよ」
怪訝そうにスポンジを見る私を師匠は笑う。
スポンジの荒熱を取ってから、ナイフで横方向二等分にスライスしていく。
スライスした一枚目の一番上へ先ほど作ったラズベリークリームを乗せ、均等にならし、その上にベリーミックスを乗せていく。
「まるで、宝石箱をひっくり返したみたいですね! きれい」
私はキラキラと輝くベリーミックスに心奪われていた。
その上にもう一枚のスポンジを乗せて、さっきと同じ様にラズベリークリームを乗せてならしていく。
そして、一番上には格子状にラズベリーピューレをかけていく。
「完成っと」
ピンクと赤い格子のコントラストが綺麗なケーキを完成した。
「さて、試食会を始めようか?」
師匠と私、そして雅人さんの三人分のお皿とフォークを用意する師匠。
すると、
「待ちわびたぞ!」
と雅人さんが我慢できずに厨房から出てきた。
「雅人も待たせてゴメンね。さ、始めよう」
ケーキが綺麗に切り分けられ、お皿に乗る。ラズベリーのピンクとチョコの黒、相反しそうな二色だけど、こうして一緒になってみると大人っぽい配色で好きだ。
「いっただきまーす」
ケーキをフォークで一口サイズにカットして、口の中へ放り込む。
すると、チョコのほろ苦さとクリームやベリーミックスの甘酸っぱさが仲たがいすることなく一緒に口の中へ溶け合っていく。
「んー、幸せ」
ホクホクの気持ちで私はショコラケーキを食べていく。
「コレなら、優貴さん喜んで貰えますよ!」
「だと、いいね」
三日後、私は優貴さんの家を訪ね、依頼されたショコラケーキを届ける。
「これです。まさしく私が食べたケーキです」
箱を開けた途端に優貴さんは嬉しそうに目を輝かせた。
メイドさんにケーキをカットしてもらい、口にいれる。
「本当に記憶だけで再現できるんですね」
ケーキを食べながら彼女は涙を流す。
「はい、師匠は凄いですから。あと、これを優貴さんへって師匠が」
私は師匠から渡されたメモを優貴さんに手渡した。
「これは?」
「優貴さんの初恋の相手が住んでいる住所です」
「えっ? そんなものをどうやって」
優貴さんはビックリして私の方を見る。
実は試食会の後、師匠と優貴さんの初恋の相手を検索していると、雅人さんがその人と友達ということが判明。すぐに国際電話で優貴さんのことを伝えると、住所を教えてもいいよという許可を貰ったのだ。
「その人、優貴さんの事を覚えているとのことなので、エアメール、出してみてはどうですか?」
「はい。何から何までありがとうございます。本当に、嬉しい……」
優貴さんは初恋の相手の住所が書かれた紙を胸にぎゅっと抱いて、しばらく幸せに浸っていたのだった。
リコルドパスト【惚れ惚れショコラケーキ編】 黒幕横丁 @kuromaku125
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます