リコルドパスト【惚れ惚れショコラケーキ編】
黒幕横丁
前編
上箕島市のアーケード街にある、仕出し屋『リコルドパスト』、私、雫
いつもは仕出し屋としてお弁当の注文を受けると、作って、依頼者へ配達するという仕事をしている。
しかし、このリコルドパストには仕出し以外にも特別なメニューがあるのだ。
それは……。
「師匠、これまた広いおうちですねー」
私は依頼者の住所が書かれたメモとスマホの地図アプリを見ながら、目の前にそびえ立っているまるでお城のような豪邸を見て唖然としていた。
「そうだね。依頼者さんはこの家のご令嬢だそうだよ」
私の師匠こと、
「ご、ご令嬢ですか!? 私、なんだか場にあってない服を着ているような気がします」
私はキョロキョロと自分の着ている服を確かめる。一応、人に会っても大丈夫な服を着ているけど、ご令嬢が相手と知っていればもっと頑張ってみるんだった。
「大丈夫だって。宙ちゃんは十分素敵だから」
師匠はそう優しく笑う。師匠はいつもこんな風に私の心を鷲づかみにするセリフを言ってくるのだ。
「師匠、今からダッシュで市役所へ婚姻届を取りに行っていいですか?」
「毎回言っているけどね、宙ちゃん。それで大事な結婚を決めるっていうのは駄目なんじゃないかなぁ? 宙ちゃんの大事な人生だよ?」
師匠はそう言って断ってくる。
私が求婚を迫り、師匠がソレを断る。それがワンセット。
私はこんなに師匠のことが大好きなのに、師匠はそのことに全く気が付いていない。所謂、師匠は鈍感さんなのだ。
「もう、いいです。呼び鈴押しますよ?」
私は少し頬を膨らませて、豪邸の呼び鈴を押す。すると、インターフォンから『どちら様でしょうか?』という声が聞こえた。
「すいません。
すると、『あー、お嬢様が依頼をされた方ですね。少々お待ちくださいませ』と声が聞こえ、インターフォンがガチャンと途切れた。
数分後、玄関から現れたのは漫画の世界でしか見たことの無いようなロングスカートのメイド服を着た女性。
「お待たせいたしました。どうぞ」
メイドの女性は深々とお辞儀をして、私達を館へと招き入れる。
私と師匠はそのメイドさんをじっと凝視していた。
「いかがされましたか?」
メイドさんは私達が中々館へ入らないことを不思議に思い、訊ねてきた。
「いやっ、本当にメイドさんっているんだなぁーと思いまして、ねっ、ししょー?」
「えっ? あ、う、うん。そうだね」
私達二人で凄くたどたどしい答えを言うと、メイドさんはフフッと笑った。
「確かに今のご時勢、こんな姿は珍しいかもですね。私が趣味で着ているものなんです。さぁ、中にどうぞ。お嬢様が待っていますので」
「あ、そうでしたね。お邪魔しまーす」
私と師匠はぎこちない足取りで館の中へと入っていった。
コンコン。
メイドさんは館の中のとある一室のドアをノックする。すると、
「どうぞ」
凛とした声が返ってくる。
メイドさんがドアを開けると、その部屋に居たのはベッドに腰掛けている20歳くらいの女性。
「ようこそ、お待ちしておりました。あと、こんな姿でごめんなさい。事情がありまして、ベッドから出られなくて」
女性は申し訳無さそうに私達に謝罪。
「いやいや、別に気にしておりませんので、大丈夫ですよ! えっと、依頼人の斐川優貴様であっていますよね?」
「はい、そうです」
優貴さんはニッコリと微笑む。
「ご依頼の内容は何でしょうか?」
私が優貴さんに尋ねると、優貴さんはメイドさんに目で何やら合図を送った。
「私はこれにて失礼致します。何かあったら何なりとお申し付けください」
スカートの裾を摘んで軽く会釈をすると、メイドさんは優貴さんの部屋から退室していった。
「依頼は、私の初恋の人が作っていたショコラケーキをもう一度食べてみたいんです」
「ショコラケーキですか?」
「はい。私がまだ元気に歩くことが出来た頃、とは言っても幼い頃ですが、父の出張に同行した時に連れて行ってもらった海外のケーキ屋さんで食べたモノなのです。そこの店長さんに幼い頃の私は恋をしてしまいまして……」
優貴さんは耳を赤くしながら思い出話を語る。
聞いている私の方も優貴さんにつかれて顔を薄紅色に染めてしまう。
「父の仕事が一段落して日本に戻る日に私は思い切ってその店長さんに告白しちゃったんです。すると、いつでも待っているよと言ってくれたんです」
「それはロマンチックな話ですね!」
優貴さんの話に私はまるで女子トークに参加するようなノリで加わる。
「はい。ですがその後いろいろとあり、このような体になってしまって海外へ行くことさえも出来なくなってしまって。そんな時に、リコルドパストさんのことを噂で知って、せめてあの人の作ったケーキでも食べることが出来たならと思って連絡したんです!」
「はい、優貴さんの記憶を元に僕がお作りしますよ」
そう、リコルドパストの特別なメニューとは、師匠が依頼人の記憶を読み取って、その記憶を元に味も完全再現した料理を出すというものなのである。
どうやって記憶を読むかというと、
「では優貴さん、右手を出してください」
「こうですか?」
優貴さんは師匠に向けて、右手を差し出す。師匠はその手を自分の両手で挟み込むようにして包んだ。
そして、糸目の師匠はすうっと目を見開く。綺麗なワインレッドの瞳が姿を見せ、包んでいる優貴さんの右手を凝視する。
師匠は依頼人の右手に触れ、目を開眼すると、脳内に触れている人間の過去の記憶を読み取るという能力を持っている。
その能力を活かし、このサービスを行っているのだ。
「はい、読ませていただきました」
師匠はそう言って彼女の手を離す。
「三日ほどお時間を頂きますが大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です」
優貴さんは嬉しそうに答えた。
「では、三日後にお届けにあがります。楽しみにしていてくださいね」
「師匠、今回はやけに時間をかけるんですね?」
依頼人の家を出た帰り道、私は師匠に訊ねた。
いつも依頼人のオーダーには一日しかかけない師匠が今回は三日も要するというのだ。まさか、今回はそれほど大掛かりということなのか?
「大掛かりというわけではないんだけど、ちょっとここら辺に売っている材料じゃ足りないものがあってね」
そう言って師匠は携帯を取り出し、何やら何処かへ連絡を取るようだ。
「あ、僕だけど。ちょっと買って来て貰いたい物があって。後でメールするんだけど、いつ頃持って来れらるかな? 明日? 了解、待ってるね」
そう言って師匠は電話を切った。
「もしかして、連絡した人はあの人ですか?」
「うん、あの人だよ。さ、僕達は残りの材料を買いにスーパーへ行こうか?」
「はい!」
わいわいと私達は話しながら、材料調達へと向かった。
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