酒はのんでも、のまれるな
鈴木すずき
あるこーるってなんですか?
「――どうして、こんなことに」
屍のように、周囲のフレンズはみな、倒れ伏している。
まさに、死屍累々とした光景を前にして、少女はひとり、空を見上げていた。
なにを、間違えたのだろう。
なにが、いけなかったのだろう。
それさえも、少女にはわからない。
ああ、少女――かばんは。
視線を落とし、直ぐ横に倒れ伏すサーバルに目を向ける。
数瞬、数秒、数分と、時間が経とうとも、彼女は目を開けることはなく。
寂しげに回る観覧車がだけが、静かに音を立てていた。
■ ■ ■
「もっとたくさんあったほうが、きっと楽しくなるよ!」
サーバルの発言がすべての始まりだったように思える。
ゆうえんちで宴を開催するに当たって、そこに並べられるのは数種類のジャパリまんや、料理と呼ばれる食材を煮たりして作ったものだ。
かばんにはそれだけでも十分に豪勢な品揃えだと思えたが、サーバルはそれに満足せず、他にももっと集めようと提案した。
「ラッキーさん、なにか集められるようなものはあるでしょうか?」
最近、サーバルは忙しいようで今までのようにずっと一緒にいるということができていなかった。そのため、かばんはサーバルと一緒に何かできるというだけで、なんだか楽しげな気分になり、声色高めにラッキービーストに問うた。
「少し移動することになるけど、森林に行けば、なにか果実が見つかるかもしれないよ」
かばんの手首に収まっているラッキービーストが、そんな提案をする。
それをサーバルとかばんは了承し、彼女らはラッキービーストの先導の許、森林へと進んでいった。
「遠足だー! たのっしみー!」
「こうやって歩いて進んでいくと、最初のころを思い出すね」
「えへへー! そうだねー!」
そうして、果実らしきものを見つければ、その都度サーバルが木に登り、回収していく。
時には、赤みがかった潤いを見せる果実を見つけ。
「ボス! これはなんだろう!」
「ラッキーさん、なにかわかりますか?」
「これはマンゴーだね、食用に適しているよ」
時には、どこか刺々しくも見える変わった果実を見つけ。
「また見つけたよ!」
「わぁ、面白い形してるね」
「それはドラゴンフルーツだね、咲かせる花は白くて綺麗なんだ」
そして、その果実を見つけた。
「また新しいの見つけたよ! これはなんだろう!」
果実の大きさは、指先で摘むように持つことができるほどだったが、どうやら量はあったようで、両手いっぱいにその果実を持ってきたサーバルが木から飛び降り、現れる。
かばんがラッキービーストに問えば、答えが返ってきた。
「それはマルーラフルーツだね、これも食用として利用することができるよ」
「よかったー! これだけあれば、きっとみんな満足してくれるよね!」
「そうだね、サーバルちゃん、いっぱい集めたもんね」
「――ただ、アルコールが含まれているから、注意が必要だよ」
満足そうに会話をしていたふたりに、ラッキービーストはそう続けた。
「あるこーる? なんだろう、かばんちゃん」
「僕もわからないや……えーっと、ラッキーさん、そのアルコール、というものがあるとどう注意がいるんでしょうか?」
「フレンズがアルコールを摂取したデータがないから、正しくはわからないけど、血中のアルコール濃度が高まると、フレンズも酔っ払ってしまうと思うよ」
「酔っ払う、ですか……? そうなってしまうと、何が起こるのでしょう?」
「気分が高揚したり、気が大きくなったり、感情の抑制が効かなくなったり、色々あるよ」
「うーん、ボスの言うことは難しいなぁ……かばんちゃん、わかった?」
「そう、だね……それを食べると、楽しい気分になる、ってことかな?」
「ええー! すごーい! ならいっぱい持っていこうよ! みんなきっと喜ぶよ!」
「……大丈夫ですよね、ラッキーさん?」
「食べ過ぎには注意だよ」
「あはは! 当たり前じゃないボス! どんなものでも食べ過ぎたら、お腹いっぱいで動けなくなっちゃうんだから!」
「でもサーバルちゃんは結構、ジャパリまんつまみ食いしてるから、食べ過ぎちゃうかもね」
「も、もー! 大丈夫だってー!」
笑い合いながら、ゆっくりとした進みで森林を抜けていく。
しかし、なんだかかばんには、少しだけ心に小さな不安があった。
アルコール、というものは聞いたことがなかったし、酔っ払うという現象も初めて聞いた。
だが、なんだろうか。
彼女がヒトのフレンズだから、だろうか。
このアルコールというものは、どこか甘美な響きがあって。
ヒトを、駄目にしそうな感じがする――。
――そして。
『いただきまーす!』
集まった多くのフレンズたちが、思い思いに食べ物を口にしていく。
元から上下関係など無いに等しいフレンズたちだが、今日は殊更無礼講に、種族の垣根なく、みなが仲良く、思い思いに食事に手を付け、笑い合う。
ああ、実に美しい光景だ。
素晴らしい、フレンズたちのふれあいだ。
文句のつけようのない大団円が、ここにあった。
……ここまでは、だが。
はじめの変調は、さほど誰ひとりとして気に留めないような、些細なものであった。
「あははー! おもしろーい! おもしろーい!」
ゆうえんちのアトラクションを乗り回す、コツメカワウソ。
傍から見れば、平常運転からさほど逸脱しているようには見えなかったため、さほど、どのフレンズも気に留めることはなかったが。
「……なんだかカワウソさん、少し元気すぎるような」
かばんがポツリと呟く。
少しだけ陰る、不安の予感。
けれども、反応するまでもない程度の差異。
しかし、取り返しがつくとしたら、まず、この瞬間だった。
それからも、宴は続き。
そして、場は混沌と化す――。
――ずっとねぇ、ずっとねぇ、お客さんが来てくれなくてねぇえぇぇぇ……。
――あれ、ツチノコが2人いる……でもまあ騒ぐほどでもないか……。
――われわれはぁ……かしこぃのでぇ……ひっく。
――ここでギロギロは超パワーに目覚めてセルリアンをバッタバッタとなぎ倒すんだ……。
――はぁ、はぁ……最高……PPPマジやばい……きてる……。
――そう、私こそが名探偵……ふふ、今日も事件を華麗に……。
――ほらー、服を脱ぐとツルツルになるのよ、すごい発見よねこれー。
――ほんと、アライさんはすごいよー、もー、アライさーん、アライさーん。
混沌と化した、その場で。
唯一、マルーラフルーツを口にしていなかったかばんは戸惑いの最中に立つ。
「サーバルちゃん、どうしよう……」
そして、困り顔のまま、共に苦難を乗り越えてきた、相棒とも言える彼女に声を向ければ。
――むにゃむにゃ。
丸まって、それはもう気持ちよさそうにしていて。
「どうして、こんなことに……」
もはや、彼女に為す術はなかったのである。
「どうしよう、これ……」
騒ぐだけ騒ぎ、後は寝こけてしまったフレンズたちを前にして、かばんは呆然と呟く。
そのとき、腕についているラッキービーストが機械音を発し、目の前に映像が投影された。
『あー、でも、本土に戻ったらお酒が呑めるのは嬉しいですね』
『ミライさん、お酒って?』
『えーっと、そうですね、アルコールが含まれている飲み物で……』
映像の中の女性――ミライは悩むように口にした。
『多くの人たちを破滅に追い込んできたものかな?』
茶目っ気たっぷりに、冗談目かしくいう、その言葉に。
かばんはただただ。
ああ、もう、アルコール――そのお酒というものには、関わらないようにしようと。
ただただ、そう思うのだった。
酒はのんでも、のまれるな 鈴木すずき @Susuki_Suzuki
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