カフェは明日も

大葉区陸

カフェは明日も


 ジャパリパークには何が何やらわからぬものが多い。少なくとも、そこに住む者にとっては判然としない場所や物が数多にある。

 しかしそれは絶対でもない。場所により、フレンズにより、そして物と機会によりそれがなんなのか知って考える事はできる。


 さて、この場所はじゃんぐるちほーの奥より向かった「こうざん」の更に奥、何時からあるのかはもはや誰も知らないジャパリカフェ。

 永らく無人であったはずのその店内に、今は1人の主が穏やかに座っている。ふわふわと、淡い色の髪がゆらめく頭に合わせなびいている。

 彼女の名はアルパカ・スリ。

 フレンズである。


 店の中で座り込んだまま、空気の澄んだ場所で差し込むお昼の柔らかい日差しにアルパカが微睡んでいると、遠くから何かが聞こえてきた。

 歌だ。

 あれは歌だ。気のせいか、昨日も聞いたそれよりよく響いている気がした。

「むにゃ……」

 どこか楽しげなそれはアルパカの目をぱっちりと覚まさせるには充分。

 しばらくすればまた歌い主……トキはカフェに来てくれるだろう。ともすれば新しいお友達を引き連れて。

「うんうん、お客さんが来るようになったのはうれしいよねえ、本当に」

 と背筋を伸ばしながらアルパカはひとりごちる。

 かばんと言う子の作ってくれたカフェの目印があってか、あれ以来鳥系のフレンズはよく気付いてくれるようになった。


 しかし他のフレンズをあまり見かけないのはアルパカからすればやはり不思議な感じがする。

 来ようと思って来れない場所でもあるまいにと……ついつい彼女は自身の基準で思ってしまうのだ。いや、わかりにくい場所ならちょっぴり難しいかなぁとも思うが。

 トキにでも頼んでもう少しふもとの子にも広めてもらおうかなとふと考えが浮かぶ。

 いや、あの大きな歌声ならそれこそ今でもふもとにまで聞こえているかもしれない、なんて。

 とはいえ今となっては皆その気になればロープウェーを使えば大丈夫。まばらに来るフレンズもどんどん増していくであろうという確信がそこにはあった。

 前に来たサーバルと、ボスと、そしてかばんと呼ばれた子。そう、ニンゲンと言うフレンズ。彼女たちと出会った時に色んな物が始まった感じだ。あの子たちは旅をし、そして皆へ話したのだろう。

 それを考えるだけでアルパカはまた少し嬉しく思った。

 自分でも全部は判らないが、とても凄く――良い旅をしたのだろうと思えた。

 たまにやってくるようになった他のちほーのフレンズからもしばしば、各地の見知らぬ話をおぼろげに聞く。そしてあの3人の活躍も。


 ちょっと……ちょっとだけ、私も他の場所を見てみたいなあ。

 ふとそんな考えが頭をもたげた。

 いや、いけないいけない。と、気分を戻そうとちょうど持っていた櫛で軽く髪を整える。うん、ばっちりだ。決まっている。

 アルパカは今や(博士から聞くに)カフェの「マスター」……? とやらである。

 今日も今日とてお客さんが待っているのだと言わんばかりに彼女は心の中でえっへんと胸を張った。とはいえ具体的に誰へ威張るというわけではないが。

 ふと、カフェの扉が開く。来客だ。


「やあ。アルパカはいるかい?」

「いるよぉ」

 と思わず返して客の方を向く。そこには左右で色の違う鮮やかでやや鋭い眼に、尖った耳。落ち着いた色合いのコントラスト。静かな佇まいの中にある悪戯っぽい眼差し。

 いたのはタイリクオオカミだった。

 そしてもう1人。

「いらっしゃいませぇー。えぇとタイリクオオカミさんに、あれまぁふもとらへんの……」

 近場と言えば近場の子が居た。やや丸めの耳とお洒落な斑点、黒いリボンがチャームポイントな猫科のフレンズのお姉さん、ジャガーだ。

 同じくやっと手をあげて挨拶をする。

「なに、セルリアン絡みが縁で会ってね。取材がてら多少来てみようかと言う次第さ」

 とはタイリクオオカミ。ジャガーとも偶然そこのじゃんぐるちほーに来てから出会ったらしい。


「私も橋ができてヒマだったからさー」

 とのこと。

 まず見ない組み合わせに、どこか新鮮な物があって少しわくわくする。

「やっぱり来るのたいへんだったの? どーにもこう……こーつーのべんが悪いって感じらしいとは聞くけど」

 なんて世間話が始まる。

「どーかね。私は結構泳いだりで身体使ってた方だし平気だけど」

「漫画を描くのにも結構体力が必要だからね」

 事実2人ともケロリとしている。意外と肉体派のフレンズ繋がりであった。


「あーやっぱり。ろーぷうぇーの使い方はわかったし後はみんなに広めるのが大事かあ。ところでぇ……漫画って?」

 アルパカは漫画を知らない。そう言えばとジャガーもピンと来てなかったようで首を傾げた。よくぞ聞いてくれましたとばかりにタイリクオオカミはぴ、と指を立てる。

「本だよ。絵を使ったね。見るかい?」

 見る見るーと皆が異口同音で示す。

 いつの間にかひょっこりと来ていたトキやショウジョウトキまで居る次第だ。


 なんだか今日はまだお客さんが来るような気がするなぁ、とアルパカは思った。

 そうだ、かつて来たアライさんやフェネック。果てはキツネの子たちや、普段は忙しいハンターの子らまで……カフェには誰でも、色んな客が来ていいのだ。

 ジャパリパークの各地で似たようなことは起こっているだろう。

 今まであまり会わないはずの者が次々と出会い、そして楽しい事がどんどん増えている。

 これからも色んなお客さんは増えていく気がして、アルパカはどんどん嬉しくなって……

「そうそう、みんなー今みんなの分お茶入れるからねえ待っててねぇ」

 ジャパリカフェの主らしく、そう言った。

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