ジャパリフラッグは濡れてない!

イナ

ジャパリだいけっせん

 もう何人が脱落したのだろう。

 ジャパリまんのロゴが描かれた小さい紙の旗が、ボクの帽子に付けられて小さくたなびいているのを感じる。鬱蒼と長い草が群生しているこの茂みの中に身を潜めている現状で耳元に届く、小さくて乾いた音。この閑散さが実に奇妙で、不気味で、しかしどこかで安心していた自分がいた。

「……」

 ボクは、手元の水鉄砲を構えて強く握りしめる。そして――

「!? な、な……! かばん殿、どうして……!?」

 飛んできた水の塊がボクの右側をかすめた。そして、ボクが水鉄砲から放った一撃は、姿を消して接近していたパンサーカメレオンさんの頭上の旗を濡らしていた。

「どうして、分かったでござるか……!? 拙者、確かに姿を消していたはず……」

 彼女の全身が、透明から徐々に元の色を取り戻していく。彼女は驚愕の表情を浮かべながらボクを見つめ、地面にへたりと座り込んだ。

「ボクは、身を潜めながらひたすら茂みの"音"を注意深く聴いていました。音がした方角や身長を計算して、頭上を狙って水を打ちました」

「……さすが、かばん殿でござるな。完敗で、ござる……」

 彼女は、ゆっくりと崩れ落ちるように横向きに倒れ、そのまま笑顔で眠りについた。

 そろそろだ。夕暮れの時間。西の空が赤く見え始めるこの時間。彼女と約束したあの場所へ――。


 ボクは約束の場所――ジャパリ図書館前の茂みへと赴く。この決戦が始まってだいぶ時間が経った。スナネコさん、ツチノコさん、プレーリーさん……いずれも強敵だった。中でもツチノコさんは、赤外線を感知して遠くからでも正確に旗を狙ってきたから厄介だった。偶然プレーリーさんが掘ったであろう穴に落ちて自滅してくれたから勝てたものの、真向勝負だったら勝率は限りなく低かっただろう。スナネコさんももの凄い速さで追いかけてきたから、彼女自身が途中で飽きてリタイアしてくれなかったらどうなっていたことか……。


 この決戦での出来事を反芻しながら改めて己の強運さを実感する。しかし、これからの対決には、一対一の対決には、運に頼ってはいられない。これは、ボクの成長を彼女に証明する戦いなのだから。


 歩を進めると眼前に人影が次第に見え始めた。しかし――


「やーやーかばんさーん。無事生き残ったみたいだねー」

「かばんさん、アライさんとここで決戦なのだ!」


 そこにいたのは、約束していた彼女の姿ではなく。

「フェネックさん、アライさん……!! あれ、サーバルちゃんは……!?」

「あー。あの子、さっきライオンさんと良い勝負してたよー。でも、あの様子だと勝つのは厳しいんじゃないかなー。良くても、相討ちって感じかなー」

「そんな……」

 ボクは思わず、膝をつきそうになる。しかし、そんな余裕は与えてくれそうにない。

「かばんさん、覚悟なのだー!」

「わたしは最後までアライさんについていくよー」

 二人の猛攻が遅いかかる。二手に分かれ、その角度は大きすぎて、

 ボクは苦し紛れに、フェネックさんに銃口を向ける。しかし、別の角度からボクめがけて走ってくる音が聞こえる。アライさんである。


 ……ここまでか。




「――! アライさーん!」




 ボクの頭上の旗に、があった。あぁ、終わった。ボクは目を閉じ、その場に腰を下ろし――




「まだ終わってないよ! かばんちゃん!」


 凄く聞き覚えのある声。いつも聞いているはずなのに、いや、だからこそ少し話していないだけで、少し離れていただけで、凄く懐かしい響きに感じてしまって、思わず涙が込み上げてきた。


 ボクの旗は、まだ濡れていなかった。そして眼前には、不意をついたサーバルちゃんがアライさんを、そして彼女を庇いにきたフェネックさんもろとも、濡らして打ち負かしている図があった。


 ボクの足元には、よれよれで、湿った紙飛行機が落ちていた。



「待ってたよ、かばんちゃん」


「サーバルちゃん……。うん、ボクも!」


 ボクはサーバルちゃんに、サーバルちゃんはボクに銃口を向け、草木を掻き分けて走り回る。足の速さではサーバルちゃんには敵わない。でも、ボクにだって!


「うみゃみゃみゃ~~!」


 ボクは近くにあった木を登り、上からサーバルちゃん頭上の旗を目がけて水を放つ。しかし、


「甘いよかばんちゃん! うみゃみゃみゃみゃ~~~!!」


 サーバルちゃんはそれを凄い速度でかわしていく。そして、下からボクの旗の遥か上に水を放つ。


 ――この軌道だと水がボクの旗に雨のように降り注ぐ! このままだと危ないと判断したボクは咄嗟に木の枝からジャンプした――


 しかし、その下にはいつの間にかサーバルちゃんが待ち構えていた。まずい、上からは水、下からはサーバルちゃん! 挟まれた……!


 ……サーバルちゃん、考えたなぁ。



 ――このとき、この短い滞空時間の中、ボクには水鉄砲を構える姿勢を取る余裕は無かった。




「あ、あれ……? どうして……?」


 ボクが着地したその瞬間、サーバルちゃんの頭上の旗に水がかかった。

 サーバルちゃんが……?





「フェネック、ありがとうなのだ。フェネックが助けてくれなかったら、アライさんは負けていたのだ。フェネック、大好きなのだ……」



 声のする方に目を向けると、そこにはを手にしたアライさんが立っていた。



「かばんちゃん……決着、つけられなくて、約束、守れなくて、ごめんね……」

「サーバルちゃん、そんな……!」

「かばんちゃん、これを……」



「さぁ! あとはかばんさんだけなのだ! 覚悟するのだー!!」


 ボクはアライさんからなんとか距離を取るように走り回る。しかしこれまでの決戦で体力が切れかけていたボクは、だんだんとその差を詰められていた。


 後ろから二丁の水鉄砲。きっとフェネックさんの想いも込められているのだと思う。そう思うと、アライさんがとてつもなく大きい相手に思えた。ボク一人ではとても歯が立たない、とても大きな相手に……。


 ボクは苦し紛れに後ろを振り返り、アライさんに銃口を向けて水を放つ。しかし――


「み、水が……!」


 このタイミングで水のストックが切れてしまった。瞬間、ボクは草に足を取られて仰向けに倒れてしまう。


「これでおしまいなのだーー!!」


 追いついたアライさんがボクの真上に立った。



 そう、まさにこの瞬間、勝負が決まったのである。



「え……な、なんでなのだ!?」


 上空から降り注いだ水に、その水で自分の旗が濡れたことに、アライさんは驚きを隠せない。


「倒れるときにね、真上に水を打ってたんだ。アライさんが追いついてきてくれるのを予想して」


「え、で、でもかばんさんの水は切れてたはずなのだ!」


「……ふふっ」


 確かに、ボク一人ではとても歯が立たなかったなぁ。



「あの時、サーバルちゃんから借りたんだ。水鉄砲」



 ★★★



「かばんちゃん優勝おめでとー!」

「今回は本当にサーバルちゃんのおかげだよ。本当にありがとう!」

「すっごく面白い遊びだったのだ! この遊びを思いついたかばんさんはやっぱり天才なのだ!」

「そうだねー、またやりたいねー」

「そうなのだ! またフェネックと一緒に戦いたいのだ!」

「……うん、そうだねー…………♪」

「かばんちゃん、水には慣れそう? 港って水がたくさんあるから、慣れておかないといけないもんね」

「うん! おかげさまで大丈夫そうかな♪ そして、やっぱりサーバルちゃんと一緒だと心強いって再確認できた!」

「……えへへ♪ みんみ~♪」

「……あははっ♪」

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ジャパリフラッグは濡れてない! イナ @ina_thicca

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